第13話 凛音、鬼バズ
……その配信は、SNSで話題になると、急激に視聴者数が伸び始めた。
☆
ここに、とあるVTuberパーティがいる。
そんじょそこらのVTuberパーティではない。現在もっともダンジョンの攻略が進み、現代最強とも名高い、『オーリオン』の勇者たちである。
新宿ダンジョン第50層。
転移ポイントの近くで休憩している彼らだったが、
「……伊法さん」
「なに? 勇樹」
勇者がウィンドウを見ながら、パーティの魔道士に話し掛けた。
「きみは、魔法の炎を、手に纏わせることができる?」
「うーん。できなくはないけど、難しい」
「どうして?」
「飛んでっちゃうし、魔法の操作ってものすごく繊細だし、維持はもちろん、変形だって大変だよ」
魔道士は火の魔法を使い、何とか手に纏わせてみる。なかなか安定しない。
「こんな感じで、手に纏わせるってことは、火の形を変えるってことでしょ? よほど魔術に精通してないと難しいな」
「魔術か……」
「うん。魔法じゃなくて魔術の方。その術理と感覚を覚える勉強と練習が必要。筋が良ければ一年くらいで出来るけど」
勇者は神妙な顔で、
「そっか……。なぁ、俺たちがレベル9に上がったのって、活動してどれくらいだっけ」
「半年くらいじゃない? 事務所のバックアップもあったしね」
そう、大手事務所のバックアップがあった。だが――
「もしも個人勢で、ソロで活動を初めて四か月で、魔道士レベル9まで上がって、魔法の火や氷の形を変えることができたら、それは――」
「天才」
「だよな」
「……まさか、いるの?」
「いる」
ウィンドウを反転させて、魔道士にも見せた。
そこに映っているのは、活動開始四か月のVTuberで、個人勢でソロで鉄拳魔道士な、紅威凛音が、ボスの悪魔道士と一騎打ちをするまさにその瞬間であった。
☆
配達バッグの中の食品を確認したおじさんに、スクーターのアドが報せる。
「旦那、推しのお嬢ちゃん……凛音さんが大変なことになっていますぜ」
「命の危機ってことかい?」
「いや……目立ち始めているというか……」
「なら喜ばしいじゃないか! 凛音さんは実力の割には知られていなかった、不遇のお嬢さんだ」
「うーん、ま、そうですかね」
「急ごうアド。お客様が待っている」
チューバー最強おじさんは、凛音ではなく、別のパーティに呼ばれていたのだが――。
まだ知らない。
すぐに、彼女のもとへ行くことになるなど。
☆
「これヤバくね?」
「5層ボスにソロで? 魔道士で!?」
「鉄拳魔道士ってなに」
「紅威凛音……個人勢!?」
「あれ? グルティーガーいなくね?」
「うっそだろ! もう倒したの!? 一人で!?」
「個人勢かよ! パネェな!」
「かっこいい。かわいい」
「頑張れー!」
「いけるいける!」
「てか胸」
「デッカ」
「胸がオークの腹の子か」
「意味わからんがわかってしまう」
☆
同時接続数が伸びていく。
107人しかいなかった登録者が、瞬く間に増えていく。
バズっている。
それを、当の本人である凛音は、まだ知らない。
まだ、命を懸けて、戦っている――。
☆
睨み合う悪魔道士と凛音。
魔道士に有利の距離であるが、凛音は魔法が飛ばせないので射程外。なんとしても近付かなくてはならない。
一方の悪魔道士は、凛音の不可思議な戦い方に、未だ混乱していた。霊殻や魔素の感触から間違いなく魔道士であるのに、なぜあの小娘は卑劣にも魔道具や徒手空拳に頼るのか。
この距離で詠唱をしない理由はなんだ? 何を企んでいる?
その逡巡を読み取って、凛音は行動を起こした。
――ここで畳みかける!
右手に炎を纏わせた凛音は、左手を腰のバッグに伸ばす。
「!?」
それを見た悪魔道士が慌てて詠唱を開始。すぐさま完了し、魔法が起動。
「i、Iraito!」
火球が放たれた。
人間が使う小火灯と同じものだ。先ほどから凛音が拳に纏わせているのもこれ。
火炎系魔法の第一階梯。魔道士が一番最初に覚える基礎中の基礎の魔法。
本来はランタンやたいまつに灯りを点ける程度の『着火魔法』であるが、悪魔道士や凛音ほど潜在魔力値が高ければかなりの威力になる。
それを凛音は文字通り肌で味わっている。ほぼ裸になっている左上半身がずきずきと痛む。火傷を治すためにポーションを飲みたいところだが、治す際にも激痛が走るし、なにより、今、この瞬間、相手と向き合っているこの時に於いて、たった一手も無駄にしたくない。
腰のバッグから取り出したのは長い筒状の魔道具。これまでに見せたことのないモノだ。敵の火球が迫るがちょうどいい。いくら魔道士の身体能力が低いとはいえ、レベル9である自分に、ましてや相棒のグルティーガーを屠った自分に、真正面から攻撃を撃って当たると判断したその甘い思考に笑う。
アイテムを、投げた。
着火される。
ぱしゅうううううううう――!
発煙筒から噴き出した白い煙が二者間を満たす。魔素も隠す特別製の煙幕だ。交通整理で使われるのとは大違い。凛音が走る。
悪魔道士の視界は、火球が弾けて白い煙幕が噴き出したところでほぼ無くなった。辺りを包む煙に狼狽しながら、かつん、と左側に聞こえた音へ向かって火炎魔法を放つ。
魔法の火炎が煙を突き破る。見えたのは先ほど使われた閃光手榴弾。悪魔道士は知らない。高価なそれを相手が所持していたのは二つだけであること。それがすでに使用後の空玉であること。
囮。
気付いた時にはもう遅い。
「――小火灯ォ……」
振り返る。自分より遥かにチビな小娘が、地を蹴って跳躍し、頭よりデカい乳房の反動すら利用して右の拳を打っている。
「パァァァァンチッ!!!」
悪魔道士の顔面に、めりぃ、と魔道士の鉄拳が食い込む。喰らって初めてわかる。この小娘、火炎魔法を推進力にしている。それもおそらく無意識に。火球が飛翔するためのエネルギーを、パンチの破壊力に上乗せしている。
なんという野蛮さ。魔道士の風上にも置けない奴。こんな卑劣な小童に敗北するわけには――!
「Gobalaltu……!」
後ろ向きに倒れながら悪魔道士が呻く。その手が、その杖が、凛音を探して動く。まだ死んでない。まだ生きている。
――なんてしぶとさ!
心中で毒づきながらも、凛音の体は勝手に動いている。その詠唱を終えている。ぶん殴った勢いで自身の体はまだ中空。ほんのわずかな滞空時間で次の行動に移れるのは変奏体と職業の賜物だ。
格闘技経験皆無の少女が、職業による格闘補正すらない魔道士が、その戦闘本能だけで最適解を導き出す。
――魔の粒子よ、薙ぎ払え。
煌線系魔法の第一階梯。
閃煌を宿した凛音の左足が、閃光よりも速く悪魔道士の命を刈るべく輝いた。
「閃煌線キィィィィック!!」
悪魔道士の、首が飛ぶ。
飛び込みの勢いと、火炎と閃煌をパワーに変えた凛音の空中回し蹴りは、火属性に強いはずの悪魔道士の頸椎を焼き斬ってその目的を完遂した。
――ばか、な……!
炎熱で無理やり切断された魔道士の頭部が、切断面を焼かれて血も噴き出さずに空中をくるくると飛びながら最期の思考を巡らせる。
――閃煌線の威力ではない……! 使い方もそうだが、なにより威力が一段階以上は高い!!
上下が逆さまになった視界で、首だけの魔物が、瞳に炎のような魔力を宿した凛音を見る。
――こいつ、本当に人間か?
人類種族が小賢しくも作った、誰もが強くなるシステム――職業。
だが、それだけでは説明できない力が、この小娘にはある。
もし。
もしも。
我が主が探している標的であるならば。
「syura……サマ……!」
どぉ、と悪魔道士の肉体が倒れる。首は地面に落ちて、ごろごろと少しだけ転がった。
首と胴体が、ゆっくりと塵に還っていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ずざぁ、と着地を失敗した凛音は、半身を起こしてその様子を見ている。もう立てない。もう疲れた。魔力が空っぽだ。
「うぅ……はぁ……」
頭がぐわんぐわんする。手を付いて息を整える。立ち上がろうとして、やっぱり無理で、ぺたんと座り込んだ。
悪魔道士の塵が、完全に消え失せた。
「やっ…………た…………?」
実感がわかない。
だが敵はもういない。サブウィンドウで自分のステータスを見てみると、一気にレベル15にまで上昇している。
キャップが取れている。レベルアップしている。ということは……勝ったのだ。
勝った。
やった。
「ぃやったーー!!! あ痛てててててて……!」
思いっきり腕を上げたら全身が痛んだ。それでもやっておかなければならないことがある。よろよろと立ち上がり、
「凛音、天才!!」
拳を突き上げた。
コメント欄を見てみる。
『てんさーーーーい!』
『てんさーーーーい!』
『てんさーーーーい!』
『てんさーーーーい!』
いつものコーレスが付いた。よかった、うれしい。常連さんの声援を思い出して勝てたんだよ、と伝えたいが、疲れ果てて声が……。
『やったぁああああああ!』
『すっげーーーー!!』
『おめでとうお嬢!』
「うんうん、ありがとう……みんなの……おかげだよ……」
『すごいものを見た……』
『でっけ……』
『すっげぇな……』
『気づいてないの?』
「……ん? 何が?」
『おっぱい』
『胸』
『服ぼろぼろですよ』
『エロゲのダメージ差分みたい』
「………………」
魔道士のローブであんな肉弾戦をするからである。
自分の体を見てみる。上半身どころか下半身までズタボロになっていて、あっちこっち丸見えになっている。下着だってブラもショーツもぼろぼろだ。さぁっ、と顔面が熱くなる。
「ひんにゃあああああああああああああああああああああああっ!!!!」
叫んだ。
『今日はこれでいいや』
『BANされないうちに見とけよー』
『エロ売りしてないVのエロがいっちゃんエロいんだから』
「最低さいてい最低さいていっ! ばかばかばかばかばかばかー!!」
同接1万人が見ていた。
おっぱいを短い腕で抱えるように隠して、でも隠しきれてなくて溢れちゃってるのをばっちり見ている1万人に向かって、凛音は絶叫したのだった。
※『エロ売りしてないVのエロがいっちゃんエロいんだから』というセリフがありますが、個人的には推しVのエロには興味がないです。Twitter(現X)で流れてきても、見なかったことにしています。
※ただし百合は除く。俺は観葉植物になってるのでイチャイチャしてください。




