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第5話 リリィと凛音



「お待たせしました! チューバーイーツです!」


 東京・品川のはずれ・某マンション。


 おじさんは近くのファミレスから商品を受け取ると、慎重にバックに仕舞って、なる早でここまでやってきた。


 スマホのアプリに表示されている名前は『赤井剛毅』。


 いつも注文してくれる常連さんだ。


 配達案件はチューバーアプリのシステムが自動で割り振るのだが、不思議と、おじさんによく回ってくる。


 なんていうこともない普通のマンションである。品川ではあるが、運河沿いで、さほど家賃も高くない……というのはおじさんのあずかり知らぬことだが。


 おじさんがインターホンに元気よく挨拶すると、「ふぁい」と女性の低い声が返ってきた。


 しばらくして扉が開く。


『いま起きました』と言わんばかりにぼっさぼさの頭をした、黒ぶち眼鏡の、背の低い女性が出てきた。


 寝ぼけているのか、ぽやぽやしたまま商品を受け取った。


「あー、いつもの配達員さんだ。おはようございます」


「おはようございます! こちら商品です~」


 もう昼過ぎだが、きっと夜勤だったのだろう。


「あ、あざまーす。これは……剛毅くんの……まだ寝てるな……」


 剛毅くんというのが、この女性の同居人なのだろう。とおじさんは考える。


「アプリで注文したあと、お休みになってしまったんですね」

「え、ずっと起きてましたけど」


「ご注文されたのは、同居人の方では……? 注文ミスでしたら、キャンセルなさいますか?」

「同居人……? え、あー、剛毅くん、剛毅くんね。そう、ですね。注文してから寝ちゃいました、ハイ。これは私がありがたく食べちゃいます」


「そうですか。それなら良かったです。では失礼します」


 異世界でもそうだったが、おじさんが若い女性と話すのはあまり良くない。まして相手は寝起きの様子だ。とっとと退散しよう。


「あ、えーと」


 そう思ったが、同居人の女性はおじさんを呼び止めた。


「どうされました?」

「いやその……いつもありがとうございます……」


 お客様に頭を下げられ、おじさんも頭を下げた。


「こちらこそ、ご注文ありがとうございます」

「あー違うな。いつも元気で助かっています」


「……?」

「配達員さん、いつ来ても元気いっぱいの笑顔じゃないですか。なんか、見るたびにすげぇーってなりまして……」


「そうですか?」

「はい。癒されます。私も頑張らなきゃなーって」


 チューバー配達員をやっていると、たまにこうしてお話をして頂けることがある。


 だが、こんな風に賞賛されたのは、初めてかもしれない。


「嬉しいです! これからも頑張ります! お客様もお仕事頑張ってください!」


「え、うあ、すっげぇ笑顔。こちらこそありがとうございます」


 へにゃ、と女性が微笑んだ。


 おじさんは再度お辞儀をして、去っていく。


 エレベーターではなく階段を使って、意気揚々と次の配達へ向かった。


――頑張るぞー!



「すっげ……階段で……」


 女性――赤井リリィはそれを見送ると、ドアを閉めて、鍵をかけた。


 もちろん『剛毅くん』なんて存在しない。


 あれは配達用の偽名だ。女の一人暮らしはいろいろと大変なのだ。


 まして自分は――VTuberなのだから。


 決して正体がバレてはいけない。


「おお……美味そう……。ほっかほかだ……」


 受け取ったビニール袋を見る。


 中に入っているチーズ牛丼弁当――は良く見えない。


 手前の脂肪が邪魔している。


 だるんだるんのTシャツから垣間見える、お弁当どころか足元すら見えないくらいほどデカい、身長140センチのくせにバスト160センチもあるバカ乳が、視界を遮っている。


 今でもたまに来る「立ち上がったらつま先は見える?」コメント。デビュー当時、何も知らずに「見えるわけなくないですか?」と返したらチャット欄が大盛り上がりになった。あの変態どもめ……。


 って、待て。


「私、この状態で、しかも前かがみで配達員さんと話してなかった……?」


 うおおおおおおおおおお死ねる!!!!!!!!


 恥ずかしい!!!!!


 なんて見苦しいものを見せてしまったんだ己は!!!!!!!!!


 お弁当を置いて玄関の床を転がる女。


 おじさんはその辺はぜんぜん見てなかったから安心して欲しいのだが、そんなことは知る由もなく「ぐおおおお」とうめいている女。


「……以後気を付けます。冷めちゃうから食べます」


 配信者のサガなのか、誰に言うわけでもなく宣言して、立ち上がり、キッチンへと向かう。


 1LDKのふつうの部屋だ。


 高校を出てすぐ一人暮らしを始めて、まだ三か月程度しか経っていない――あるいはもう三か月も経ってしまった女の部屋である。


 ふつうだ。


 あえて違う点を挙げるとすれば三つ。


 一つ、足の踏み場もないくらい散らかっていること。


 一つ、寝室のベッドの横に、家賃半年分と同等の値段がするゲーミングPC(配信用)が置いてあること。


 一つ、リビングに巨大な棺桶が鎮座していること。


 赤井リリィ――『紅威くれない 凛音りんね』はVTuberである。


 個人勢の。


 大手事務所の棺桶コフィンは広くて大きいのだが、VTuber適性検査をパスした者に政府から無料で支給されるやつは狭くて小さいのだった。


 それでも、都内の狭い1LDKに置くにはデカすぎる。


「邪魔くせぇ……小さいくせに邪魔くせぇ……」


 まるで自分の身長と胸のようだと思った。ほっとけ。


「食べたらダンジョン潜らなきゃ……。今月の稼ぎと視聴者数が……」


 もそもそと用意をする。背が小さくてキッチンが使いにくいのも、胸が大きすぎてしょっちゅうご飯を谷間に落とすのも、もはや慣れた。


「変奏体《Vのすがた》になったら、背が伸びて胸も減ると思ったのに……」


 そんなことにはならなかった。本人の肉体がそのまま反映された。


『ゴブリンより少し背が大きいくらいで、オークのお腹より少し胸が大きい』


 この喩えをチャット欄で見た時は戦闘から一時退却してコメントしたやつを24時間ブロックした。


 切り抜かれてちょっとバズったのがまたムカつく。


 いつものファンはそんなこと言わないから好き。調教した、ともいえるけど。


 食事を終えて、ゴミ袋に投げ捨てて、口は縛っておく。


 次にいつ帰還ログアウトできるかわからない。予定では半日で済むはずだが、ダンジョンは不確定要素の巣窟だ。


 歯を磨き、シャワーを浴びて、服を着替えて、もう一度施錠を確認する。


「じゃ、行きますか」


 棺桶コフィンの横にある箱に携帯食料と水と道具を詰め込んで、自分も棺桶に潜り込む。


 狭い。


 胸が邪魔。


 足元は広い。チビだから。


 中のコンソールを操作すると、しゅこー、と自動でコフィンの蓋が閉まっていく。


 コフィンの中は、まるで宇宙だ。きらきらと不思議な光が散らばっている。魔素マナの輝きだ。


 目を閉じて、頭の中で、呪文を唱える/プログラムを実行する。


――転移。変奏体、変身。


 次の瞬間、コフィンから赤井リリィの肉体が消失した。


 目を開けると、ダンジョン1層の、真っ白な転移部屋にいる。


 VTuber、『紅威くれない 凛音りんね』として。


 周りには誰もいない。転送部屋は、個別の空間になるのだった。


「ふう」


 無事に転送できたことに安堵して、装備を確認。


 赤を基調としたローブと、拳を守るガントレット。動きやすいミニスカとニーソックス。つばの広いとんがり帽子。胸はできるだけ揺れないように縛っている。コフィン横に入れておいた携帯食料は、腰に付いている不思議なポーチに圧縮して収まっている。


 プロのイラストレーターさんに依頼して、衣装デザインを作ってもらったのだ。ひとの想いがこもったものは、魔力的な防御力もアップする。


 PCからコフィンに繋いでデータを転送しておくと、どういう原理かは知らないが変奏体にも反映される。


 Vのカラダに、魔素マナで編まれた衣装を纏う。


 まさに『お仕立て』だ。


 この喜びばかりはVTuberの特権だろう。怪我や後遺症の危険と隣り合わせの職業であるが、小さい頃に憧れた魔法少女みたいなものになれるのは素直に嬉しい。


 配信用PCとコフィンはぶっといケーブルでつながっている。


 この状態から配信サイトでライブ中継が出来るのだ。


 政府支給のドローンカメラを起動させて、サブウィンドウで配信画面をチェック。チャット欄の待機人数はわずかに二人。「もっと胸を強調すれば登録者数も伸びるのに」と何人に言われたことかわからない。


 それは嫌だ、と凛音は思う。


 そういうスタイルを否定する気はない。出来る人はやればいい。ただ自分は違う。


 登録者数93人の、駆け出しVTuberは、元気よく配信開始ボタンを押下した。


 挨拶、


「こんりんね! 皆に元気と拳を届ける魔道士ライバー、紅威くれない凛音りんねです! 今日も張り切ってダンジョン攻略してくよ~!!」


 元気いっぱいに拳を突き上げた。


――私は、『あのひと』に会うために、ダンジョンの最奥を目指す。


 なぜか、チューバー配達おじさんの、元気な笑顔が頭に浮かんでいた。



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