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第4話 勇者パーティ、こまる。


「そういえば、あの六本腕の魔物は『魔王』って呼ばれてたね」


 東京・品川。


 チューバーイーツのデカいバックを背負って、おじさんがスクーターを走らせている。


 ダンジョンに呼ばれることは稀だ。いつもはだいたい地上の、普通のお客さんが相手。


 それでもモチベは変わらない。


 熱々の幸せをなる早でお届けするのだ。


「魔王って、こっちの人たちが勝手に言ってるだけだよね?」


 スクーターが返事をした。


『そっすねぇ。ただの中級モンスターの一種ッスねぇ』


異世界あっちじゃ“竜”の方が怖かったもんねぇ。人類種族の敵って感じで」

『へぇ。俺も飛竜なんでその一種ではありましたが、純血の“竜”はそりゃもう世界の敵って感じで、まさに魔王でした』


「ただ――神々のダンジョンは底が知れない。何が飛び出してくるやら……」

『左様でごぜぇますな』


 十年前、突如として日本各地に出現したというダンジョン。


 ダンジョンで採取できる魔石は、莫大な利益を生んだ。


 人間の生命力――魔力を保管・変換する電池のような役割を持った未知の物質。化石燃料の代わりになりうる魔石・・燃料である。


異世界あっちでは電気の代わりみたいになってたけど、こっちでも似たような使い方をされ始めてるね」

『あっちは魔石文明が始まって数千年を経ていやしたが、こちらの進歩も目覚ましいものがありますな』


 スマホの充電に用いたり。


 エンジンの代わりに車に積んだり。


 お湯を沸かしてタービンを回したりしている。


「夢のクリーンエネルギーだもんね」

『まぁ、そもそも魔素マナを使いこなせる人間が少ねぇんですが、こっちは」


 ダンジョン出現からほどなく、政府はダンジョンおよび魔石を管轄する『異界神筒ダンジョン庁』を設立。


 だが、自衛隊を主とした探索は難航を極めた。魔素マナと魔物に阻まれたのだ。


 しかしそれも、災害発生から間を置かずに、とある政府関係機関から提供された情報により、魔素マナと魔物から身を守るための装置(変奏体《Vのすがた》)が完成したことにより解決。


 適性のある者をカプセルベッドのような装置、通称『棺桶コフィン』に入れて変奏体に変身させ、ダンジョンへ転送した。


 ダンジョンに入ったVTuberには不思議なことが起きた。


職業ジョブ』。


 変奏体《Vのすがた》の状態でダンジョンに潜ると、ファンタジーやRPGに出てくるような職業ジョブの選択を迫られたのだ。


 突然、目の前にウィンドウが開かれ、


・斥候

・武闘家

・戦士

・僧侶

・魔道士

・道化師


 といった項目が出現した。


 上記のいずれかを選ぶと、その職業ジョブの姿へと再び変身する。戦士ならば簡易な鎧姿に。魔道士ならローブを身に纏った姿に……といった具合に。


「変奏体の上に、『透明な服』を着てる感じ。おもしろーい!」――初めて職業ジョブを得た偉大な先駆け(行動力の化物)である『オーリオン』一期生・水鏡みかがみミカンの言葉だ。


 政府はこれを『霊殻れいかく』と呼称。


 ダンジョンに刻まれた魔術システムと変奏体が共鳴し、職業ジョブという霊殻を纏うのであろう、と研究者は語る。


 職業ジョブを得た探索者は、魔物と対等に戦えるようになった。


 魔物にはそれまで、銃弾も爆弾も大した効果がなく、逃げ回るしかできなかった。だが、職業ジョブを得た者による『魔力を帯びた攻撃』であれば通じると判明したのだ。


 変奏体を用いて攻略する者――VTuber。


 政府はダンジョン攻略に支援金を出し、様々なVTuberと事務所ギルドが生まれた。


 人類は深層へと潜っていくが、ダンジョンは未だ、そのすべてを見せない。


 最深部へ辿り着いたものは皆無であり、果てが何層かもわからない。


「ま、VTuberの皆さんが頑張ってくれるのを、応援しよう」

『旦那はすっかり『V』推しになりましたねぇ」


「スパチャだってするからね」

『あんまり使い過ぎちゃダメっすよ』


 などと喋りながら、おじさんはスクーターを走らせた。


 今日はいくら稼げるだろうか。



 時は少し遡る。


 東京・渋谷・某所。


「あの配達員は一体誰なんですか!?」


 高層ビルのワンフロア。『オーリオン』の転移スペースにて、勇者こと皆星みなほし勇樹ゆうきが叫んだ。


 生身に戻っている彼だが、変奏体《Vのすがた》とさほど外見は変わらない。せいぜい、髪と目の色が違う程度だ。勇者の剣や鎧は、もちろん装備でしていないが。


 おじさんが、『勇者と魔王の決戦』に割り込んだ直後である。


 ギルド・オーリオンが所有するビルには、転移スペースがいくつもある。


 ラジオの収録ブースに形状は近い。


 部屋をガラスで区切っており、片方にはモニターやコンソールなどの機材が、もう片方には棺桶コフィンが四つ、並んでいる。


 ダンジョンから棺桶コフィン帰還ログアウトした生身の勇者が、彼らの体調や状況のモニタリングとネット配信を担っている研究スタッフたちに、チューバーイーツ配達おじさんの仔細を訪ねている。


 医療スタッフによる身体検査を終えた他の三名も、勇者とスタッフのやり取りを見ていた。


 変奏体ヴァリアブル・エフェクターでVの姿を得るライバーは二種類いる。


 どこにも属さず、個人で活動する『個人勢』と、


 事務所ギルドに所属する『企業勢』だ。


『オーリオン』は、株式会社王理が運営する、業界最大手のVTuber事務所ギルドである。


 現在150名を超えるVTuberと契約しており、ダンジョン攻略配信のサポートを行っている老舗だ。


 黎明期からVTuberおよびダンジョン攻略を支えている。


 変奏体での負傷は元の肉体にも反映され、時には死亡することもある。その危険性の高さから、探索者は次第に、深層メインの攻略勢と、低層メインの採取勢に分かれていった。


 企業所属の、攻略ガチ勢――そのトップを走るのが『勇者』たちだ。


 職業ジョブには段位レベルの概念が組まれいる。


 魔物討伐や魔石発掘などで霊殻に魔素マナが蓄積されると段位昇格レベルアップし、身体能力や魔力防御力などが飛躍的に上昇し、魔法や戦技といった特殊スキルまで解放されることとなった。


 数年が経過すると、さまざまな条件をクリアすれば、先の六つの基本職より一段上の、上位職へ転職できることがわかった。


 政府ダンジョン庁はこれに注目。


 支援を受けている事務所ギルドの一つであり、最も大規模な『オーリオン』は、第三期オーディションにて、政府ダンジョン庁から提供された情報に従い、上位職へつける適性のある者を選抜し、パーティを結成。


 それが『勇者パーティ』である。


 選抜オーディションに合格した『皆星みなほし 勇樹ゆうき』は、勇者候補としてジョブレベルを順調に上げていった。

 戦士・僧侶・魔道士を経て、更にある条件をクリアし、史上二人目の『勇者』となった。政府とギルドの目論見通りに。


 今や、VTuber《《では》》最も強い男だ。


 その勇者が率いるパーティが、まったく通用しなかった第75層のボス。


 あまたの探索者を返り討ちにし、いつしか『魔王』と呼ばれるまでになった六本腕の魔物を、素手でぶん殴ったおじさんがいる。


 そんじょそこらのおじさんではない。


 本来、変奏体《Vのすがた》にならなければ3分で死ぬダンジョンの、勇者パーティが何度も往復し何日もかけて到達した深層に生身でやってきて、ピザとコーラと一緒に回復アイテムを配達したチューバーイーツのおじさんである。


 意味不明だ。


「初代勇者の美希みきさんだって、『魔王』にやられて引退に追い込まれたんだ……! それを、Vでもない生身のおじさんが……? いったいどうやって……!」


 悔し気に呻く勇者。


「あのおじさんの正体は、わからないんですか……!?」


 オーリオンの研究スタッフは、困惑気味だ。


「我々にも、彼の正体はわかりません……。ただ……」

「ただ?」


 研究スタッフは直属の上司を見る。許可を求めるように。

 上司は頷いた。


「噂は、ありました」

「どんな噂です!?」


「その……VTuberがピンチになるとどこからともなく現れる伝説の配達おじさん……という」


 表情が困惑の色に染まった勇者に、スタッフはおずおずと、

「ご存じありませんでしたか……?」

「は、初めて聞きました……」


「我々も、今日みなさんから聞くまでは眉唾かと思っていましたが、本当にいたんですね?」

「い、いましたよ! みなさんも見てたでしょう!? 配信だってしてたんですから!」


 ダンジョン攻略の際は録画が必須だ。


 配信する必要は無いが、勇者パーティはほぼ全ての探索を生配信している。


 当然、スタッフたちも見ているはずである。


「それがですね……」


 スタッフは困惑の表情で、動画アーカイブを見せた。


「映っていないんです……。勇樹さんの仰った『配達員』がいる部分だけ、靄がかかったようになっていて……」

「そんな馬鹿な!」


 確認する勇者たち。その表情がさらに困惑する。


「偽装魔法……? しかしこんな高度なものは……。伊法いのりさん、きみはできる?」


 勇者は魔道士こと、摩訶まか伊法いのりに尋ねた。ツインテールの女性だ。ハタチを過ぎてこういう髪型をするのはどうかと思いつつも、まぁVTuberだしな、と自分を納得させている職業意識の高い女である。時と場合によってはどんな嘘でもつく胆力があった。視聴者リスナーに夢を見させるのが仕事だと信じている。


「……無理だね。幻惑の魔法はあるけど、せいぜい相手を惑わすくらいだもん。こういった使い方はできないよ」

「ですよね……」


「あのう」

 僧侶・神月しんげつ癒亜ゆあが挙手する。変奏体では長い髪をおろしていたが、今はアップにまとめている。全寮制の神学校を卒業した才女であるが、その性質から、寮生活にはどうしても馴染めなかったという。じゅるり、と涎を飲み込んだ。


「確かに私たちは見ました。ピザも食べましたし、美味しかったです」

「……謎だよな。あのピザ」

「もう一枚食べたかったです」

癒亜ゆあさん、いまそういう話はしていないんだ」


 そうなのですか? という顔をする食いしん坊お嬢様の隣、屈強な男が深く息を吐いた。戦士・猛虎もうこ戦武いさむだ。タフな体に似合わず、絶望的な表情で、今にも泣きそうである。実家は寺だが、霊感は皆無だ。


「タンク役の私がいきなりやられてしまい申し訳なさで死にたいところですが……お二人がそう言うなら、本当にいたのでしょう」


戦武いさむくん、気にしないで。いつも本当に助かってるよ」

「そうだよ。戦武いさむくんがいなかったらとっくに全滅だよ、私たち」

戦武いさむさん。ピザ美味しかったですよね?」

「みんな……ありがとう……ごめん……」


 ちなみに全員、本名は違うが、混乱するのでここでは紹介しない。


 研究スタッフが頷いた。


「アーカイブには残りませんでしたが、勇樹さんと癒亜ゆあさんの証言がありますから、チューバーイーツ最強おじさんは、本当にいるんですね」


「チューバーイーツ最強おじさん……」


 呼び方それなんだ……と全員が思った。



 チューバーイーツ最強おじさんの噂は、SNSでも一気に広まった。

 バズったし、トレンドにも入った。


『謎のおじさん、マジでいるっぽいな』

『Vじゃないんでしょ?』

『情弱がまた騙されてる。政府のVでしょ』

『カナタくんを助けてくれたおじさんじゃん』

『えっほえっほ、チューバーイーツ最強おじさんがいるってみんなに知らせなきゃ』

『いつのネタ?』

『本質情報です。チューバーイーツ最強おじさんの正体、教えます。この動画を見てください』

『↑リンク踏むなよ詐欺だから。仮想通貨の偽ページに飛ばされるぞ』

『これはエッチな話なんですけど、チューバーイーツ最強おじさんって誰だと思う?』

『そんだけ強いなら、魔石で稼いだ金で株やってFIREしそう』


 その全部が、的外れなコメントだった。


 おじさんはいま――


「えっ!? お店閉まってる! うわーキャンセル案件だよ~~~~」


 お店が注文システムを止め忘れたまま臨時閉店しちゃって、お客さんの注文をキャンセルして運営に連絡を入れるという、チューバー配達員あるあるな骨折り損のくたびれ儲けをやっていた。


 今日の売上、4000円。


 あーあ、とぼやくおじさん。


 ドンマイっスよ旦那、と慰めるスクーター。


 そして。



――やっぱり噂は本当だった。


 オーリオンのビルで、勇者パーティとスタッフたちの喧々諤々なミーティングを他人事のように聞きながら、魔道士・摩訶まか伊法いのりは思う。


――『クーポン』……。VTuberのピンチに駆けつける配達おじさん……。本当に来てくれた……。


 伊法いのりは思い出す。瀕死で横たわっているとき、こっそりウィンドウメニューからチューバーイーツアプリを立ち上げ、とある『クーポン』を選択し、あえて適当なメニューを注文したのを。あまりに適当過ぎて、宅配ピザ店のピザをわざわざチューバーイーツで頼んでしまったのを。


 あのクーポンこそ、チューバーイーツ最強おじさんを呼ぶためのチケット。


 そして現れたおじさんは――。


――どうしよう……。


 誰にも気づかれないように俯く。


――めちゃくちゃタイプの顔してた!!!!!!!!


 赤面しながら、胸のときめきを抑えようとする伊法いのり


 誤解しないように明記しておくが、おじさんのビジュアルは普通だ。清潔感はあるが、俳優のようなイケオジではない。肌の綺麗なオジサン芸人みたいな印象だ。


 だが、そんなことは伊法いのりにとってどうでもよかった。


――あのおじさんは、誰にも渡さない……。


 恋しちゃってる。


 あの冴えないチューバーおじさんに。


 職業意識の高い女と言ったがどうやらアレは違ったらしい。いや、VTuberに旦那がいちゃいけないという風潮の方が、違うかもしれないが。


 まぁ、とにかく。


 勇者パーティの魔道士・伊法いのりは、あのおじさんを独占すべく、動くのであった――。



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