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第3話 遠野カナタはVTuberである。



『逃げてカナタ君!』

『一人で逃げられるわけないだろ!』

『ヤバいヤバいヤバい!』


 チャット欄が大騒ぎをしているのを、遠野カナタは視界の端で察していた。


 渋谷ダンジョン第五層・ボスの間。


 敵は二体。四つ足獣タイプと、魔道士タイプ。


『グルティーガー』と『悪魔道士あくまどうし』。


 虎と狼を足して更に巨大化させたような魔獣と、漆黒のローブにおぞましい髑髏の杖を携えた人型の魔物だ。


 こちらは四人だったが――残念ながら残るは自分一人だ。


 他の三人は戦闘不能で倒れている。みんな傷が深い。早く帰還しないと死んでしまうだろう。


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 息が上がる。自分だけは奇跡的に無傷で済んでいるが、リーダーとして決断に迫られている。


 一人でも戦うか、一人だけでも逃げるか――。


 あの時のように。



 十年前、ダンジョンは突如として日本各地に出現した。


 見た目はブラックホール。形状は筒。


 大抵において地下に出現し、いきなり飲み込まれた地下鉄駅なども存在する。この渋谷などが良い例だ。


 カナタはダンジョン災害に巻き込まれ、生き残った者の一人だ。


 ダンジョンにいきなり飲み込まれ、呼吸困難に陥りながら、何とか入り口まで辿り着き、真っ黒な穴から脱出して生き延びた。


 振り返ると、ダンジョンの中がぼんやりと垣間見える。


 大勢の人間が息絶えていた。


 小学生だった自分には、地獄のような体験だった。



 そして十年後の今。


 事務所ギルド・オーリオン所属の5期生、期待の新人だったカナタは、第五層のボスに敗れかけている。


 帰還アイテムはすでに無い。


 全員を担いでボス部屋を脱出するのは不可能だ。


 ここでボス二体を倒すしかない。


 あるいは――ひとりで逃げるか。


――また俺だけ、生き残るのか……?


 手が震える。長剣・・を構える手が。


 カナタには適性があった。VTuberの――そして『戦士』の適正が。


 自分はいま、ファンタジーゲームのような鎧と兜に盾、長剣を装備している。


 コスプレではない。


 立派な武具ぶぐだ。


Guoooo(グゥオォォオ)!」


 巨大な四足獣グルティーガーが飛び込んでくる。カナタの身体がとっさに反応した。魔素マナが付与された鉄製の盾を斜めにして、


「くっ……!」


 ぎぃんっ!


 一見オモチャのようなそれで、コンクリートブロックすら容易く切り裂く魔獣の爪を受け流した。


「はっ!」


 右手に持った長剣で反撃すると、魔獣の前足を浅く切り裂いてみせる。


 まともなカウンターはできない。敵の動きが速く、反応するだけ、防御するだけで精いっぱいなのだ。しかしそれでも『身に付いた動き』で一矢報いた。


 ダンジョンに入るまではスポーツ全般まるで出来なかったにも拘わらず、剣を用いた武術――剣術が身に付いている。


 剣と盾が立派な武具であるように、カナタ自身もいまや『戦士』となっていた。


 むろん、カナタ自身の努力もある。


 だが最も大きな要因では、職業ジョブだ。


「はぁっ……はぁっ……逃げるか、逃げてたまるか……!」


 後退した魔獣と対峙して、カナタは自身を奮い立たせるために叫ぶ。


「俺は、迷宮攻略者《VTuber》だ!」


『うおおおカナター!』

『頑張れ、頑張れ、頑張れ……!』

『お前だけが頼りだ!!!』

『カナタくん、死なないで……! 死なないで……!!』


「はああっ!」


 突進してきた魔獣に、カナタが今度こそカウンターを食らわせた。振るわれた右の爪を、後退ではなく前進して躱すと、盾で前足の根元をブロックし巨体の内側に入り込み、がら空きの胴体を長剣で横に薙ぎ払って、敵の後ろへ抜けた。


 片手での胴打ち。


 魔獣の腹部から血が噴き出す。


『いいぞカナタ!』

『やっちまえー!』

『頑張れ、頑張れ……!』


 が、浅い。


「|Guruluooaaaaaグルゥオオアアアアア!」


 魔獣を怒らせただけだ。


『もっと深く踏み込まないと!』

レベル5(・・・・)膂力パワーじゃ一撃で殺せないよ!』


 カナタはもうチャット欄を見ていない。そんな余裕は無い。


 だが、言われるまでもなくわかっている。一撃で殺せないのなら、


――もう一度、何度でもやってやる……!


 職業ジョブには段位レベルの概念が組まれている。


 魔物討伐や魔石発掘などで霊殻に魔素マナが蓄積されると段位昇格レベルアップし、身体能力や魔力防御力などが飛躍的に上昇する。


 それだけでなく、魔法や戦技といった特殊スキルまで解放されることとなった。


 カナタの職業ジョブは『戦士』。職業ジョブレベルは5。


 帰還アイテムの上限である四人パーティであれば、5階層までなら攻略できるとされている。


 ボスを除いて、だが。


『なんでボス部屋に来ちゃったんだ……』

『カナタくんが来たんじゃない! あっちから来たんだよ!』

『帰り道の扉がボスに続いてたんだよ』

『ダンジョンの構造が変わった直後だったんだよな』

『先輩Vって近くにいない!?』

『いるけど入れない!』

『ボス部屋はクリアすると二度と入れないんだよ!』

『ダンジョンって何なんだよ!』


 カナタは敵の動きを一つも見逃さまいと集中している。


 魔獣が飛び掛かってきては、盾と剣で何とか攻撃を躱している。深い一撃を加えたいが、なかなかチャンスが無い。敵が速過ぎる。反撃どころか、防戦一方になっている。


 不気味なのは後衛の悪魔道士だ。魔力を温存しているのか、一向に行動を起こさない。ただ様子を見ている。


――何を狙って……?


 敵の視線を探る。自分の後ろを注視している。ハッとした。奴は倒れた仲間を狙っている。まだ息がある仲間に、止めを刺そうとしているのだ。


 今までは、自分がたまたま、敵魔道士と仲間たちの間に入っていたから、魔法を撃ってこなかったのだ。


 敵も、自分が気付いたと察したらしい。舌打ちのような音を発して、


Reya(ヤレ)


 ぼそりと呟いた。


 魔獣が声に応じて、襲い掛かってきた。カナタは動けない。敵の狙いがわかったから、逆に(・・)動けなくなった。


「カウンターでっ!」


 やるしかない。


『皆を守るつもりだ!』

『カナタくんっ!!』


 飛び掛かってくる魔獣の攻撃を盾で防ごうと構える。が、敵も学習している。何度も傷をつけた箇所を狙ってきた。


――だと思ったよ!


 盾はその一撃で破壊された。爪は盾を貫き、カナタの左腕を深く切り裂く。だがそれでいい。敵の爪を盾で捕えて、一歩踏み込むと、


「おらああああっ!」


 その胸部へ、長剣を刺し込んだ。


 カナタの脳裏に、「やった」と「しまった」が同時に浮かぶ。


――肉が硬くて、剣が抜けない!


Gyaaouuu(ギャォォウウウ)!」


 魔獣が痛みに声を上げる。と同時に左前脚をふるうと、カナタの身体を吹っ飛ばした。車に撥ねられたように、宙を舞う。


「がはっ!」


 さらに、


Iraito(イライト)


 吹っ飛んだカナタを狙って、敵魔道士が火の玉の魔法を放つ。


 アレを喰らえば死ぬ。


「このっ……!」


 カナタは底上げされた身体能力を以て、転びながらもどうにか回避した。


 職業ジョブの補正でなんとか受け身が取れた。長剣で自分を斬らなかったのが不思議だと思ったが、右手を見て理解した。


 手に剣は無く、それどころか肉は削げ、折れた骨が見えている。


 腕が、折れた枝のように、ぷらん、とかろうじてくっ付いていた。


 腹も熱い。鉄製の胴当ても爪で貫かれ、生身に攻撃が到達している。きっと鎧の内側は大量出血しているだろう。


 痛みをこらえて、体を起こすが、膝をついただけで精いっぱいだった。


――ここまでか。


『カナターーーーーー!!』

『諦めるなぁ!』

『カナタくん、死なないで! 死なないで!!』


 視界の端に映るみんなの声。


 自分は幸せ者だ。


 ダンジョン災害から生き残って、オーリオンに入れて、VTuberになって、これだけの人に応援して貰えたのだから。


「みんな、ごめん……」


 仲間に対し、リスナーに対し、心からそう思った。


 敵魔道士が火の魔法を放つ。生きたまま焼くつもりだろうか。魔物はヒトを憎むというが、本当にそうなんだな――。


 カナタは目をつぶる。意識が遠のく。熱気が迫ってくる。火球は身を焼くだろう。今にも、今にも、今にも――あれ?


「お待たせしました」


 人の声と、人の影。


 目を開けると、


「チューバーイーツです」


 配達用のデカいバッグを背負ったおじさんが、ニッコニコの笑顔で立っていた。


「……は?」


 おじさんは魔道士の放った火の玉を見もせずにデコピンする。火の玉は敵へ跳ね返って――あれ、なんでどんどんデカくなってるの?


 どぉん。


 ぐるぐると回転しながら飛翔していった火球は、敵の放ったものより数倍大きくなって弾けると、魔獣と魔道士を巻き込んで大爆発を起こした。まさかおじさんが『火球が魔素マナを吸い込みながら巨大化するように回転をかけた』なんて思いもしない。


 ボス二体が塵に還っていく。倒した。


 倒しちゃった。


「え? は?」


 おじさんは「なんてことだ……」とまゆをひそめる。


「そのお怪我では、お食事ができませんね」


 おじさんが膝をつく。その手が、カナタの身体の前に翳される。温かい光が起きて、


「……なんで?」


 カナタの傷が癒えて、体力も戻った。全回復した。


「こちらハンバーグディッシュとお味噌汁、四人前です。それとエリクサーと転移結晶をクーポン特典でつけておきますね。……本当に、よくがんばりましたね」


 ビニール袋を渡される。美味しそうなハンバーグの香り。味噌汁はきっちり詰められてこぼれていない。


 ☆5だ。


 いや違くて。


「あの……あなたは……?」


「チューバーイーツですが?」


「そんなわけないですよね?」


「ボスは私が倒してしまったので、また皆さんで挑戦してください。応援しています!」


「え、ありがとう……」


「さぁ早く、皆さんのお怪我を直してあげてください。ごはんが冷めてしまいます」


 そうだ、と振り返る。

 仲間たちはまだ息がある。早くエリクサーを――こんな貴重な回復薬は初めて使うから緊張するけど――飲ませないと。


「あ、そうそう。カナタさんの『アペ配信』、いつも楽しく見てます」

「うちのリスナー!?」


 驚きのあまり振り返るが、もはやそこには誰もいなかった。


 何だったんだ……。


 あのおじさんは、誰なんだ……。



 一方、時は少し遡り。


「あの配達員は一体誰なんですか!?」


 東京・渋谷。


 VTuber事務所ギルドで、勇者が叫んだ。



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