第3話 遠野カナタはVTuberである。
『逃げてカナタ君!』
『一人で逃げられるわけないだろ!』
『ヤバいヤバいヤバい!』
チャット欄が大騒ぎをしているのを、遠野カナタは視界の端で察していた。
渋谷ダンジョン第五層・ボスの間。
敵は二体。四つ足獣タイプと、魔道士タイプ。
『グルティーガー』と『悪魔道士』。
虎と狼を足して更に巨大化させたような魔獣と、漆黒のローブにおぞましい髑髏の杖を携えた人型の魔物だ。
こちらは四人だったが――残念ながら残るは自分一人だ。
他の三人は戦闘不能で倒れている。みんな傷が深い。早く帰還しないと死んでしまうだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
息が上がる。自分だけは奇跡的に無傷で済んでいるが、リーダーとして決断に迫られている。
一人でも戦うか、一人だけでも逃げるか――。
あの時のように。
☆
十年前、ダンジョンは突如として日本各地に出現した。
見た目はブラックホール。形状は筒。
大抵において地下に出現し、いきなり飲み込まれた地下鉄駅なども存在する。この渋谷などが良い例だ。
カナタはダンジョン災害に巻き込まれ、生き残った者の一人だ。
ダンジョンにいきなり飲み込まれ、呼吸困難に陥りながら、何とか入り口まで辿り着き、真っ黒な穴から脱出して生き延びた。
振り返ると、ダンジョンの中がぼんやりと垣間見える。
大勢の人間が息絶えていた。
小学生だった自分には、地獄のような体験だった。
☆
そして十年後の今。
事務所・オーリオン所属の5期生、期待の新人だったカナタは、第五層のボスに敗れかけている。
帰還アイテムはすでに無い。
全員を担いでボス部屋を脱出するのは不可能だ。
ここでボス二体を倒すしかない。
あるいは――ひとりで逃げるか。
――また俺だけ、生き残るのか……?
手が震える。長剣を構える手が。
カナタには適性があった。VTuberの――そして『戦士』の適正が。
自分はいま、ファンタジーゲームのような鎧と兜に盾、長剣を装備している。
コスプレではない。
立派な武具だ。
「Guoooo!」
巨大な四足獣が飛び込んでくる。カナタの身体がとっさに反応した。魔素が付与された鉄製の盾を斜めにして、
「くっ……!」
ぎぃんっ!
一見オモチャのような盾で、コンクリートブロックすら容易く切り裂く魔獣の爪を受け流した。
「はっ!」
右手に持った長剣で反撃すると、魔獣の前足を浅く切り裂いてみせる。
まともなカウンターはできない。敵の動きが速く、反応するだけ、防御するだけで精いっぱいなのだ。しかしそれでも『身に付いた動き』で一矢報いた。
ダンジョンに入るまではスポーツ全般まるで出来なかったにも拘わらず、剣を用いた武術――剣術が身に付いている。
剣と盾が立派な武具であるように、カナタ自身もいまや『戦士』となっていた。
むろん、カナタ自身の努力もある。
だが最も大きな要因では、職業だ。
「はぁっ……はぁっ……逃げるか、逃げてたまるか……!」
後退した魔獣と対峙して、カナタは自身を奮い立たせるために叫ぶ。
「俺は、迷宮攻略者《VTuber》だ!」
『うおおおカナター!』
『頑張れ、頑張れ、頑張れ……!』
『お前だけが頼りだ!!!』
『カナタくん、死なないで……! 死なないで……!!』
「はああっ!」
突進してきた魔獣に、カナタが今度こそカウンターを食らわせた。振るわれた右の爪を、後退ではなく前進して躱すと、盾で前足の根元をブロックし巨体の内側に入り込み、がら空きの胴体を長剣で横に薙ぎ払って、敵の後ろへ抜けた。
片手での胴打ち。
魔獣の腹部から血が噴き出す。
『いいぞカナタ!』
『やっちまえー!』
『頑張れ、頑張れ……!』
が、浅い。
「|Guruluooaaaaa!」
魔獣を怒らせただけだ。
『もっと深く踏み込まないと!』
『レベル5の膂力じゃ一撃で殺せないよ!』
カナタはもうチャット欄を見ていない。そんな余裕は無い。
だが、言われるまでもなくわかっている。一撃で殺せないのなら、
――もう一度、何度でもやってやる……!
職業には段位の概念が組まれている。
魔物討伐や魔石発掘などで霊殻に魔素が蓄積されると段位昇格し、身体能力や魔力防御力などが飛躍的に上昇する。
それだけでなく、魔法や戦技といった特殊スキルまで解放されることとなった。
カナタの職業は『戦士』。職業レベルは5。
帰還アイテムの上限である四人パーティであれば、5階層までなら攻略できるとされている。
ボスを除いて、だが。
『なんでボス部屋に来ちゃったんだ……』
『カナタくんが来たんじゃない! あっちから来たんだよ!』
『帰り道の扉がボスに続いてたんだよ』
『ダンジョンの構造が変わった直後だったんだよな』
『先輩Vって近くにいない!?』
『いるけど入れない!』
『ボス部屋はクリアすると二度と入れないんだよ!』
『ダンジョンって何なんだよ!』
カナタは敵の動きを一つも見逃さまいと集中している。
魔獣が飛び掛かってきては、盾と剣で何とか攻撃を躱している。深い一撃を加えたいが、なかなかチャンスが無い。敵が速過ぎる。反撃どころか、防戦一方になっている。
不気味なのは後衛の悪魔道士だ。魔力を温存しているのか、一向に行動を起こさない。ただ様子を見ている。
――何を狙って……?
敵の視線を探る。自分の後ろを注視している。ハッとした。奴は倒れた仲間を狙っている。まだ息がある仲間に、止めを刺そうとしているのだ。
今までは、自分がたまたま、敵魔道士と仲間たちの間に入っていたから、魔法を撃ってこなかったのだ。
敵も、自分が気付いたと察したらしい。舌打ちのような音を発して、
「Reya」
ぼそりと呟いた。
魔獣が声に応じて、襲い掛かってきた。カナタは動けない。敵の狙いがわかったから、逆に動けなくなった。
「カウンターでっ!」
やるしかない。
『皆を守るつもりだ!』
『カナタくんっ!!』
飛び掛かってくる魔獣の攻撃を盾で防ごうと構える。が、敵も学習している。何度も傷をつけた箇所を狙ってきた。
――だと思ったよ!
盾はその一撃で破壊された。爪は盾を貫き、カナタの左腕を深く切り裂く。だがそれでいい。敵の爪を盾で捕えて、一歩踏み込むと、
「おらああああっ!」
その胸部へ、長剣を刺し込んだ。
カナタの脳裏に、「やった」と「しまった」が同時に浮かぶ。
――肉が硬くて、剣が抜けない!
「Gyaaouuu!」
魔獣が痛みに声を上げる。と同時に左前脚をふるうと、カナタの身体を吹っ飛ばした。車に撥ねられたように、宙を舞う。
「がはっ!」
さらに、
「Iraito」
吹っ飛んだカナタを狙って、敵魔道士が火の玉の魔法を放つ。
アレを喰らえば死ぬ。
「このっ……!」
カナタは底上げされた身体能力を以て、転びながらもどうにか回避した。
職業の補正でなんとか受け身が取れた。長剣で自分を斬らなかったのが不思議だと思ったが、右手を見て理解した。
手に剣は無く、それどころか肉は削げ、折れた骨が見えている。
腕が、折れた枝のように、ぷらん、とかろうじてくっ付いていた。
腹も熱い。鉄製の胴当ても爪で貫かれ、生身に攻撃が到達している。きっと鎧の内側は大量出血しているだろう。
痛みをこらえて、体を起こすが、膝をついただけで精いっぱいだった。
――ここまでか。
『カナターーーーーー!!』
『諦めるなぁ!』
『カナタくん、死なないで! 死なないで!!』
視界の端に映るみんなの声。
自分は幸せ者だ。
ダンジョン災害から生き残って、オーリオンに入れて、VTuberになって、これだけの人に応援して貰えたのだから。
「みんな、ごめん……」
仲間に対し、リスナーに対し、心からそう思った。
敵魔道士が火の魔法を放つ。生きたまま焼くつもりだろうか。魔物はヒトを憎むというが、本当にそうなんだな――。
カナタは目をつぶる。意識が遠のく。熱気が迫ってくる。火球は身を焼くだろう。今にも、今にも、今にも――あれ?
「お待たせしました」
人の声と、人の影。
目を開けると、
「チューバーイーツです」
配達用のデカいバッグを背負ったおじさんが、ニッコニコの笑顔で立っていた。
「……は?」
おじさんは魔道士の放った火の玉を見もせずにデコピンする。火の玉は敵へ跳ね返って――あれ、なんでどんどんデカくなってるの?
どぉん。
ぐるぐると回転しながら飛翔していった火球は、敵の放ったものより数倍大きくなって弾けると、魔獣と魔道士を巻き込んで大爆発を起こした。まさかおじさんが『火球が魔素を吸い込みながら巨大化するように回転をかけた』なんて思いもしない。
ボス二体が塵に還っていく。倒した。
倒しちゃった。
「え? は?」
おじさんは「なんてことだ……」とまゆをひそめる。
「そのお怪我では、お食事ができませんね」
おじさんが膝をつく。その手が、カナタの身体の前に翳される。温かい光が起きて、
「……なんで?」
カナタの傷が癒えて、体力も戻った。全回復した。
「こちらハンバーグディッシュとお味噌汁、四人前です。それとエリクサーと転移結晶をクーポン特典でつけておきますね。……本当に、よくがんばりましたね」
ビニール袋を渡される。美味しそうなハンバーグの香り。味噌汁はきっちり詰められてこぼれていない。
☆5だ。
いや違くて。
「あの……あなたは……?」
「チューバーイーツですが?」
「そんなわけないですよね?」
「ボスは私が倒してしまったので、また皆さんで挑戦してください。応援しています!」
「え、ありがとう……」
「さぁ早く、皆さんのお怪我を直してあげてください。ごはんが冷めてしまいます」
そうだ、と振り返る。
仲間たちはまだ息がある。早くエリクサーを――こんな貴重な回復薬は初めて使うから緊張するけど――飲ませないと。
「あ、そうそう。カナタさんの『アペ配信』、いつも楽しく見てます」
「うちのリスナー!?」
驚きのあまり振り返るが、もはやそこには誰もいなかった。
何だったんだ……。
あのおじさんは、誰なんだ……。
☆
一方、時は少し遡り。
「あの配達員は一体誰なんですか!?」
東京・渋谷。
VTuber事務所で、勇者が叫んだ。
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