第2話 異世界帰りの元英雄おじさん
東京・渋谷。
配達用のデカいバッグを背負って、おじさんがスクーターで走っている。
『旦那ァ』
そのスクーターから声がした。おじさんだけに聞こえるように。
中性的な声だった。少年のとも少女とも聞こえる。愛嬌があって、どこか、時代劇の三下を思い起こさせた。
おじさんは答える。
「なんだい、アド」
『日本にダンジョンが出てきたのって、何年前でしたっけ?』
おじさんのヘルメット(ジェット型)にはマイクが付いている。はたからは、通話しているように見えるだろう。
イヤホンマイクによる通話は、違法ではないから、警察のお世話になることも無い。
「確か……十年だか、十一年だか……って聞いたよ」
『あー、じゃあ異世界で色々もめてた時期っスね』
「もめてない時期の方が少なかったけど、そうだね」
信号待ち。
ビルのモニターには、CMが流れている。
――日本各地にダンジョンが出現してから、十数年。
異界に通じる『筒』と呼ばれるダンジョンには多くの資源があり、夢の採掘場となった。ダンジョン探索者は、筒に潜る者『チューバ―』と呼ばれる。
探索者は盗掘防止のため録画しなければならず、その攻略配信で資金調達する者が出始めた。
『配信者の誕生ってわけですかい』
「まぁ普通にゲーム実況とかするひともいるし、そっちの方が多いけどね」
しかしダンジョンには魔物がいた。魔物はダンジョンからは出てこないものの、人間を遥かに超える力を持った。
そしてさらに、ダンジョンには危険な毒素である『魔素』が満ちており、普通の人間では三分もたたずに失神、死亡する。
魔素に適応するため、そして魔物を退けるため、人間は魔物の使う『魔術』を解明。これを変身に用いた。
『変奏体』――『ヴァリアブル・エフェクター = Variable effector.』
通称『V』。
変奏体《Vのすがた》となって、|ダンジョンを攻略する者《チューバ―》を、『VTuber』と呼ぶ。
『旦那がいまハマってるやつだ』
「いいよ、VTuberさんはいい。日々の癒しだよ……」
――オーリオン、第六期オーディション、開始! きみもVTuberになって、ダンジョンを攻略しよう!
信号が青になる。
スロットルをひねって、スクーターを走らせるおじさん。
変奏体《V》が広まってから二年ほど後に、とある企業がフードデリバリー事業をスタート。創業者が元ダンジョン攻略者――VTuberだったことから、『チューバーイーツ』と名付けられた。
それらとは一切無関係に、ここにひとりのおじさんがいる。
そんじょそこらのおじさんではない。
17歳から37歳までの20年間の職歴が皆無のおじさんである。
『ひきこもり』。おじさんは周囲にはそう言っている。
しかしその実態は――。
「異世界からの帰還者――と言ったところで信じて貰えないよねぇ」
小治秋人、37歳。
独身。子無し。
とある世界で、人類を救った男である。
『いやいや、絶対話しちゃダメっすよ。異世界帰りなんて』
「やっぱりそうかな」
『ですよ。筒から戻ってきた人間は旦那以外に皆無ですからね。信じて貰えないどころか、人体実験されて死ぬまで管に繋がれますよ』
おじさんは笑う。
「ははは、上手いこと言うなぁ」
『笑い事じゃねぇですって!』
「わかったよ。アドは優しいね」
『べ、別に、普通っスよ!』
スクーターが照れることなんてあるんだ、とおじさんは笑った。
『ていうか旦那ァ!』
「どうしたの」
『なんで俺ァスクーターなんすか!?』
「なんでって、飛竜が町中を飛んでたらカタギのひとがびっくりするでしょ」
『だからって原付二種はねぇでしょうがよ!』
「これくらいが一番ちょうどいいんだよ。税金も安いし」
『税金かかってるんスか俺!?』
びっくり。
「経費計上できるからね」
『救世の英雄から聞きたくない言葉ナンバーワンっスね、経費計上。でも旦那、カネなんざダンジョン攻略すりゃあすぐなんじゃ?』
「もう、そういうのはいいかなぁ……」
おじさんは、顔を上げると、安らかに微笑んだ。
異世界での激闘を思い出す。
何度死にかけたかわからない。世界のため、仲間のため、命を懸けて戦った。
二十年、戦い続けた。
やっと平和が訪れたかと思えば、ダンジョンで異界への扉が開き――気が付けば日本に帰ってきていた。半年前のことだ。
どうやっても、あちらには戻れない。
戻る気もない。
この日本で、再び暮らすことを選んだ。
英雄として祭り上げられた日々は終わり、住所不定無職として新しい人生が始まったのだ。
両親はすでに亡くなっていた。親類も、いとこが一人だけ。
新しい人生というより、これは余生だ。
帰還から半年かけて、ようやくこの時代に馴染んできた。
ただ、行方不明から20年。死亡届はとっくに出され、なんとか撤回されたものの、一度は死んだことにされた身である。職歴に穴が開いているせいか、まともな仕事がなかった。
そんなとき、帰還した際に偶然ダンジョンで助けた相手がチューバーイーツのエンジニアだったので、紹介してもらい、物は試しにと登録した。
配達でひとの助けになれるのは心地よかったし、英雄ではなくただの人間として扱われるのが、ちょうどよかった。
しょせん、自分はその程度の器なのである。
連合王国の国王になってくれとか、大陸冒険者ギルドの会長になってくれとか、無茶な要求もされたが、そんなもん向いていないのだ。
ただ人よりちょっと強かっただけの男が、政治なんて出来るはずが無い。神輿としていい様に担がれるだけでも良かったのだが、それもある事件がきっかけで嫌になって隠遁した。
「いまはただ、穏やかな日々を送りたい。こうして、誰かにご飯を届ける仕事をして、静かに暮らしたい。それだけだよ」
スクーターがしんみりとした声で答える。
『そう……スか』
――でも、もう一つあるとすれば。
亡き妻との再会。
異世界で結婚し、早逝した、愛する妻。
おじさんが隠遁したきっかけである。妻が死に、おじさんは何もかもどうでも良くなって、姿を消したのだ。
自分を祭り上げようとする人々から離れ、未知のダンジョンへ逃げるように潜り、気が付いたら日本にいた。
日本各地にあるダンジョンは、あらゆる異界と繋がっている、とおじさんは考えている。
おじさんのいた異世界だけではない。
別の世界にもだ。
ひょっとしたら、死後の世界にも繋がっているかもしれない。
ダンジョンの最奥まで行けば、死んだ彼女にもう一度――。
――なんて、夢物語だね。
自嘲気味に笑う。
「さぁ次の配達だ。しっかり頼むよ、アド!」
『了解ッス! 法定速度限界ギリギリまで飛ばしますぜ!』
スクーター・アド――かつて人間に裏切られた悲しみから三つの国を滅ぼして千年ほど封印されたのち復活し、おじさんにボコされて心の闇を祓われて改心して舎弟になった邪竜アドバリオン――が張り切って叫ぶ。
『次はダンジョンですかい? 地上ですかい?』
「下だよ。お腹を空かしているだろうから、急いでお届けしよう」
『合点承知!』
☆
『ヤバいって!』
『早く逃げた方が良いよ!』
『でもリーネちゃんたちが!』
『カナタくん、死なないで……! 死なないで……!!』
チャット欄が大騒ぎをしているのを、遠野カナタは視界の端で察していた。
渋谷ダンジョン第五層・ボスの間。
二体のボスを前にして、『戦士』カナタは、死を覚悟していた――。
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