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第1話 サプライズおじさん理論


「くそっ……! このままでは負ける……!」


 東京・新宿ダンジョン・第75層。


 現時点で最奥のフロアで、『勇者パーティ』が『魔王』と死闘を繰り広げていた。


 『勇者』たちはその名に恥じぬ英雄たちで、人類の希望だ。


 だが、旗色は悪い。


 相手は、魔物たちの王と称されるほどの強さを誇る『魔王』。


 5メートルを超える巨体で、大ナタや巨人斧を握る腕は六本、頭部の角は真っ赤に燃えており、全身が邪悪な魔力に満ち満ちている。


 奴の激しい攻撃に、勇者たちは防戦一方であった。


「勇者様! どうしますの!?」

「僕が時間を稼ぐ! その間に二人の回復を!」


 僧侶の問いに勇者が答える。


 パーティの盾役だった戦士は満身創痍、魔道士も瀕死の状態で寝転がっている。


――ゴオオオアアアアア……!


 魔王が咆哮を上げた。その口が大きく開かれる。魔法陣が浮かび上がり、次なる攻撃が放たれることが容易に予想できた。


 僧侶が叫ぶ。


「あんなのを喰らったら、あなたでも死んでしまいますっ!」


 勇者が叫び返す。


「それでもやるしかないっ! 早く二人の回復を――!」


 しかし僧侶は、悔し気に首を振った。


「……ダメなのですっ! もう、私には二人を回復できるほどの魔力が、残っていません……!」

「なんだってっ……!?」


 魔王の魔法が収束していく。


――ここまでかっ……!


 勇者と僧侶が絶望に目をつぶったそのとき、




「お待たせしましたー。チューバーイーツですー」




 場違いに気の抜けた声とその主が、勇者と魔王の間に割って入った。


 デカいバッグを背負った、おじさん配達員だった。


 前人未踏のダンジョン最奥部で。


 勇者たちが何日もかけてようやくたどり着いたその場所で。


 配達おじさんは勇者たちに笑顔を見せて、ビニール袋を提げている。


「なっ――!?」


 呆気に取られる勇者たち。なぜこんなところにチューバー配達員が、いやそこにいたら死んでしまう、早く逃げるんだ、そもそもどうやってこんなところにただの配達員が! そんな疑問があとからあとから湧き出るがそんなのは後だ。


 おじさんの背後には今にも魔法を撃とうとしている魔王がおり、魔法陣に満ちた魔力は街一つくらい簡単に焼き尽くさんばかりに高まっているのだ。


「早く逃げ――!」


――カッ!


 勇者がおじさん配達員に手を伸ばすのと、魔王の魔法が発射されたのは、同時だった。


 そして、その二つが同時になされた直後、


炎竜閃煌線ドラグーン・レイか、良い()()だ。いや、今はもう『魔法』だったか」


 すぱっ、と。


 おじさんは、魔王の魔法をぶった斬った。


 手刀で。


 半身だけ振り返って。


 文字通り、片手間に。


「…………え?」


 両断された魔力が行き場を失って荒れ狂い――はしなかった。極太の熱線は綺麗に真っ二つに割られ、おじさんと勇者たちのいる一帯の両側をマグマのように溶かして、消え去った。


 海を割った聖人の伝説を思い出しながら呆然とする勇者に、おじさんがビニール袋を渡す。


 笑顔で、


「こちらご注文の、マルゲリータとジェノヴェーゼのピザ、コーラ四本、エリクサー8本、エーテルウォーター10本です」

「あ、どうも」


「あ、置き配をご希望でしたか?」

「違います」


「ではあったかいうちにどうぞ。冷めないように急いできましたから」

「え、いや、ピザを?」


「お客様はクーポンご使用でしたから、特別サービスです」


 微笑むおじさんの背後で、魔王が巨大な斧を振り下ろした。


「お食事の時間は、こちらで稼ぎますね?」


「おじさっ――!」


 勇者は叫ぼうとした。が、最後まで声が出なかった。酷く単純な理由で。


 時間が、ゆっくりになっている。


 少なくとも、勇者にはそう感じられた。


 世界がスローモーションで動いている。


 言葉が最後まで出る前に、「おじさ」のところで時間が粘性を帯びたように伸びている。光も音も、遠く置いてけぼりになったようだった。


 自分の声も手も足も、汗の粒さえもはっきり見える。


 まるで停止した世界の中で、おじさんだけが動いている。


 巨大な斧を、人混みの中でそうするかのようにするりと躱し、魔王の懐まで普通に歩いて行った。


 それを勇者は、信じられない気持ちで見ている。


――なんだ……!?


 声が出ない。「おじさ」で止まったまま、最後の「ん」がどうしても出ない。まだ喉の奥に、『音』がいる。


 伸ばそうとした手の平から汗の雫が落ちたまま静止している。いや、ゆっくりと、ごくごくゆっくりと形を変えて、落ちている。


 おじさんは歩く。


 中空を。


 見えない階段を上るかのように、魔王の眼前まで。


 そうして、まるで老人が朝の体操に行う太極拳のようにゆるやかに、魔王の前に片足を下ろした。


 構えは半身。


 握りは縦のこぶし


 聞こえるはずのない声が聞こえる。


「――七星剣武・・・・


 無刀/剛拳。


 スローモーションの世界で、縦の拳が魔王のどてっ腹に吸い込まれた。




――ボッッッ!




 魔王の巨体が紙のように吹き飛んだのと、「――ん危ないっ!」勇者の声が最後まで出たのは同時だった。


 喉から出た声がようやく口の外に到着した(・・・・)。時間が戻った。いや、最初から止まってなどいなかったのだろう。ただ勇者にはそう見えたのだ。


 おじさんの、あまりにも流麗かつ滑らかな動きに、世界が止まっているかのように、見えたのだ。


 実際には目で追えないほどの超スピード。


 おじさんは空中で拳を放ったが、なぜかその足場・・がひび割れている。まるで透明なガラスの板のように。


 空気の上に乗って直突き――右ストレートを繰り出し、その踏み込みによって空気の足場を砕いたのだと、勇者には理解できない。


 大気を踏み砕くほどの直突き。


 あり得ない現象。


 おじさんがいつの間にか目の前にいる。


「冷めないうちにどうぞ~。あの魔物はあと三分は起き上がって来られませんので~」

「え、いや」


「まさか……食べ物を粗末にしたり……しませんよね……?」


 ゴゴゴゴゴゴ……という音がどこからか聞こえてくる。

 おじさんの凄まじい怒気が、その笑顔の裏から垣間見える。

 ここでピザを投げ捨てようものなら、こちらがあの魔王と同じ目に――いやそれ以上の目に遭う。

 なんなんだ、このおじさんは。

 小さい頃に食事を取れなかったトラウマでもあるのか?


「もちろん頂きますけど……」

「それなら良かった」


 パッと笑顔になるおじさん。


「では、失礼します。あ、残り二分くらいです」


 そう言って、いつの間にか置いていたバッグを背負い、「ありがとうございました~」と頭を下げた。


――ピザを? あと二分で食えと?


 いや違くて。


――なんでピザをチューバーイーツで? 宅配ピザ店に頼んだ方が良いのでは?


 それも違くて。


「おじさんっ、あなたは何者――!?」


 振り返ると、そこにはもう配達おじさんはいなかった。


 最初から誰もいなかったかのように。


「…………夢か?」


 しかし勇者の手には熱々のピザ。


 ちゃんとエリクサーとエーテルポーションとコーラは別のビニール袋に分けられている。保冷剤までご丁寧に入っていてありがたい。


 ☆5だ。


 いや違くて!


「と、とにかく回復だっ! マルゲリータは誰が食うっ!?」

「落ち着いてください勇者様! ジェノヴェーゼとエーテルはわたくしが! エリクサーとコーラは戦士と魔道士に!」

「ピザとコーラはいらないだろ!!」

「だって美味しそう!!」


 その後。


 アイテムで全回復した勇者パーティは、へろへろになった魔王をどうにかこうにか撃退し、ダンジョン第75層を突破した。


 勝利のピザとコーラは、格別に美味かったという。



 ダンジョンの外。


 廃墟を疾走するスクーターがいる。


 ぺろろん、とハンドルに備え付けたスマホが鳴った。


「お、次の依頼……ボーナス案件だ! やるぞ~!」


 でこぼこ道も何のその。


 でっかい配達用リュックを背負ったおじさんが、走っていく。


 次の配達へ向かうために。


 お腹が空いている誰かを助けるために。


『熱々の幸せを、今すぐお届け!』


 それがチューバーイーツの、そしておじさんの理念だから。



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