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第34話 誇らしく死ね


 という様子を、駆け出しVのリンス・ダンス・リンスは遠巻きに見ていた。


 凛音に憧れてVになり、数日前には骸骨騎士ヘル・ナイトから命を救われた僧侶である。


――やっぱり、凛音さんはすごいひとだった……!


 登録者数が30人の頃からずっと見ていた。コメントは恥ずかしくてできなかったけれど、お母さんにお願いしてスパチャも送った。クレジットカードじゃないと送れないからだ。お小遣いからきっちり引いてもらった。そうじゃないと自分が送ったことにならないからだ。


 これから紅威凛音はトップVTuberの道を駆け上がっていくだろう。本人は戦いばかりで気付いていないかもしれないが、もうすでに登録者数は五十万人を突破して、勢いは止まらずに毎日五万人ずつ増えている。


 あっという間に古参ファンになってしまった。


 オーリオン一期生の、めちゃ強で姉御肌の先輩が、小さい凛音を気遣ったのか、肩車して運んでいく。


 まさに凱旋だ。


 周囲のVたちが拍手や喝采と共に凛音を見送る。リンスも思いっきり拍手して、「かかかかかっこよかったですぅー!」と頑張って叫んでみた。


 すると、凛音と目が合って、


「あ! 骸骨騎士ヘル・ナイトの時の僧侶ちゃん! 無事でよかったねー! いぇい!」


 と手を振ってくれた。しかも拳をぐいっと見せてくれた。


「はわわわわわわわ」


 推しにファンサされて泣きそう。


 手を振り返して、5層への階段を昇って行く凛音たちの背中を見送った。


――ああいうひとが、でっかくなるんだなぁ……。


 ぼんやりとそう思いながら、みんなと一緒に5層への階段を上って、


 5層に辿り着いて、


「…………凛音ちゃんは?」


 彼女が忽然と消えたことに、誰よりも早く気が付いた。



 ……ボス部屋は、足を踏み入れた探索者のみしか、入ることを許されない。


 5層・ボス部屋。


 姉御先輩に肩車されていたはずの凛音は、なぜか一人でここにいた。


 通常、ボスを倒せばこの部屋は素通りできる。


 もちろん凛音はすでに倒している。ならば、


「……ダンジョンのバグ、ね」


 一人立ち尽くす凛音。ウィンドウに表示されている魔素マナ濃度は100を超えている。


「それを利用したってわけだ。どうしても私を逃がしたくないんだね?」


 いや、一人ではない。部屋の入口の扉――5層の通常フロアへ続く扉の前に、男がいる。


 体躯は普通の人間とさほど変わらない。せいぜい2メートルといったところだろう。


 頭部にある、前方へ湾曲した二本の角以外は、取り立てて恐ろしい姿ではない。額にある『縦の線』も奇妙ではあるがそれだけだ。あの六腕の魔王の方がよほど怖い見た目をしている。


 だがその魔力の量と質は、六腕など相手にならない純粋魔族のそれ。


「――魔人ウェルジオン」


 じり、と後ずさりながら、凛音は尋ねる。


「なんで生きてんの?」

「正確には、一度死に、蘇生した。――10層から低層までの魔物を全て喰った」


「は?」

「アレらは、予備の餌だ。我が死んだのち、我を蘇生するよう術を組んでいた。お前たちの言う、エリクサー……だったか? アレと同じものだ」


「ふ――!」


――ふざけんじゃねぇよ……!


「卑怯とは言うまいな? 回復手段があるのはそちらも同様だ」

「えーえーそうですけどね!」


 その手段がもう、自分には無い。


――これはちょっと、ヤバいか……。


 背筋に汗が垂れる。


「では続きを始めよう。“竜殺し”の魔女。いや――」


 無傷の状態で復活したウェルジオンは、


「『神龍の巫女』――お前はここで殺しておかなければならない。どうやらそういうことらしい」


 満ち満ちた魔力を解放して、そう宣言した。


 その圧に、もう魔力が空っぽの凛音は、だらだらと汗をかいている。


「……聞いたことも無い呼び名だけど、別人じゃない?」


 なにかしないと、少しでも時間を稼がないと、ここで死ぬ。


 今度こそ、殺される。


 魔人は虚空を見つめるように、


「お前に殺され、ダンジョンで塵となった時、我を呼ぶ声がした」


 魔人はゆっくりと歩きながら、


「なぜダンジョンが我を呼んだか、理解できたよ。『六腕の魔王』――阿修羅をこの5層まで呼び寄せ、そして我を低階層で覚醒させてまで、お前を葬りさろうとする、その理由がな」


 時間を稼げ。


 凛音は後ずさりながら、


「そりゃ気になるね」


「――このダンジョンのヌシが、お前を必要としているからだ」


「必要……?」

「左様。お前は鍵となる存在だ。この肉体――魔族たちの真の王を蘇らせるための」


 く、と凛音の口の端が、笑みの形を作る。


「はは、なにそれ、『真の魔王』の復活ってか? ラノベかよ」


「そうだな、馬鹿馬鹿しい話だ。すべて我らが生まれ故郷の話だ。もはやこの世界には、魔物も、魔族も、“竜”も、存在しない」


「……理解したんだね。ここがもう、あの世界じゃないって」

「ああ。お前に一度殺されたおかげでな」


 魔人が、歩いてくる。


「だが、ダンジョンは違う。この中でなら、真の魔王とやらも復活するだろうよ」

「……私を殺したらダメなんじゃないの?」


「魂だけで良い。肉体は必要ない。そもそもお前の変奏体カラダは、魔素マナで出来たモノだろう?」

「マジで迷惑なんですけど……」


「だろうな。我も、乗り移った相手が魔族でなければ、このような戯言には付き合わん。だが――」


 3メートル。


 こちらの間合いに入った魔人が立ち止まり、遠隔飛行煌剣ドローンセイバーを十二本、出現させた。


「肉体を借りた礼を返さねばな。そしてお前にも――殺してくれた礼を返すとしよう」

「いらないってば!」


「ふ、そう言うな。だが――そうだな。お前に敬意を表し、ヒトと魔族がよく使う、あのセリフを使うとしよう」


 魔人が凛音を見据えて、言う。


冥途の土産(・・・・・)に教えてやる(・・・・・・)。お前がダンジョンの最奥まで生きて辿り着ければ、『真の魔王』とやらも完全に滅ぼせるだろう」


「……ご丁寧にどうも」


 ということは、もしなにか奇跡が起きてここを生き延びたとしても、延々とダンジョンから狙われ続けるということか。


「モテる女は辛いよ……」

「同情するよ。だが死ね」


 遠隔飛行煌剣ドローンセイバーが向きを変え、


「嫌だね!」


 凛音は叫ぶと同時に剣術を使用。


――七星剣武・天雪!


 十二本の線が自分へ向かって伸びている。直線、曲線、様々なルートを通って。


 最初の三本は躱せる。残りの九本は致命傷じゃないところで受けるしかない。


 天雪を解除した。まず三本を――


「ぐっ!?」


 躱せなかった。右腕、左脛、左肩。先ほどよりも明らかに速い速度だった。魔人が淡々と言う。


「こちらも身体に慣れてきた。精度は上がっている。そして――」




 ざくざくざくざくざくざくざく十一ざく――十二ざく




 凛音の身体が、十二本の剣に貫かれて、舞を踊る。


「お前の、猛々《たけだけ》しくも流麗りゅうれいうつくしかった動きは、見る影もないな」

「がはっ……!」


 膝をつく。


 魔人が近づいてくる。


 手足は動かない。首だけが動く。


 敵を見上げる。


 敵が見下ろしてくる。


 その氷のような表情かおを見て、察した。


――こいつ……! わざと致命傷を避けたのか……!


「こので、お前の頭部を粉砕する――それが礼だ」

「……っ!」


 凛音の目が驚きに見開いて、


「くく……」


 と思わず笑ってしまった。


 律儀なやつだ。自分が殺されたように殺し返そうというわけか。


 けれど、それなら納得してしまった。


 じゃあいいか、と思ってしまった。


――でも、最後にもう一度だけ、会いたかったな……。


 言うべきことがあった。


 語るべきことがあった。


 あのひとに。


 魔人が拳を掲げる。


「さらばだ――『神龍の巫女』」


 おいおい、それは無いだろう。


 最後の最後に、いきなり出てきた誰も知らない異名をつけるんじゃあないよ。


「違う……!」


 手足は動かない。でも首だけは動く。喉はまだ生きている。まだ喋れる。まだ吠えられる。なら、最後まで叫ぶべきだ。自分は、配信者なのだから。


 神龍の巫女なんかじゃない。


「私は! VTuberだ!」


 血を吐きながら絶叫した。その誇りが心地よかったのか、魔人がニヤリと笑いながら拳を振るう。


「訂正する――誇らしく死ね、『鉄拳の魔道士』よ」


 死が、質量を伴って、迫ってくる。


 もう目を閉じたりしない。最後の最後まで見届ける。相手の拳を。自分が死ぬ瞬間を。


 だってとっくに覚悟は決まっている。


 VTuberとしてダンジョンで死ぬなら本望なのだ。


 そして――世界の色が反転した。時が止まって、モノクロになって、白と黒が入れ替わった。


 天雪。


 今さらこの技を使ったところで意味はない。死ぬ瞬間を少しでも伸ばそうとなんてしない。


 だから、


――私じゃない。


 これは、


 目の前に魔人の拳。そこから『線』が伸びていて――途切れている。


 何かに阻まれて。


 何に?


 誰に?


 決まっている。




「おまたせしました――チューバーイーツです」




 死の淵から復活したおじさんが、凛音の前に立っていた。



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