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第33話 大団円


 凛音の鉄拳によって、魔人の頭部が跡形もなく吹き飛ぶ。


 双剣を防いでいた煌剣も消え去り、魔人の胴体を三分割する。中心にあった心臓部――魔族体のコアを破壊し、上半身は凍結したのち破砕、下半身は炎上したのち消失した。


 魔人が、塵に還っていく。


――見事、だ……。


 どこからか聞こえた声を最後に、その気配は消え去った。


 勝利した。


「がはっ……! はぁー、はぁっ――!」


 さすがに足に来る。というか、何度も足を斬られては再生し、気絶しそうな痛みに襲われて、凛音は四つん這いに倒れた。


「うう、ぐぅ……モルヒネ的な魔術やつを……」


 胸部と股間にだけ残った魔導装束に詠唱を命じ、魔術を起動。回復と痛み止めを同時に進行させる。


 ごろん、と仰向けの大の字に寝転がる。


「かっ、勝った……!」


 なんとか勝てた。


 思い返せばすべてが綱渡りの勝利だった。ワンミスで死に至る決闘だった。


 赫竜咆哮かくりゅうほうこう――最初の極大熱線をかろうじて斬り防いだ。


 魔導装束はいくつか種類があるが、全身の防御力とお肌の隠蔽いんぺい率よりも、局所の装甲と敏捷性に重きを置いた『影舞かげまい』を選択して正解だった。


 敵の遠隔飛行煌剣ドローンセイバーを全て避けようとしないで突っ込んだのが良かった。あそこで怯んで(ビビって)いたら物量で押し切られていたに違いないし、六本まで斬り落とすのに成功できたのが大きい。


 紅威流の魔法剣。それを魔力刀で、しかも二刀で行った。ぶっつけ本番のオリジナル。今にして思うが、なぜ成功したのかわからない。


 魔力刀に魔法を乗せるなんて発想は、前世にだってなかったはずだ。よく覚えてないけれど。


 あの一瞬、吹雪と火炎によって相手の視界と魔素マナ探知を封じることができたのも大きい。『線』が読める自分は、剣の間合いにさえ入ってしまえば、どんなガードも崩して相手を斬ることができる……という自負がある。


 飛行煌剣ドローンセイバーでパリィしようとした魔人だが、剣術の腕はこちらが上だった。生半可な躱し技など、無防備を晒しているに等しい。敵は後退すべきだったのだ。


 だからこちらの剣が届いた。太刀だちをした三本の飛行煌剣ドローンセイバーを一瞬で折って魔人の胴体へ二刀を斬り入れた。


 魔族の心臓部たる核まであとわずかなところで、さらに六本の飛行煌剣ドローンセイバーによるガードで時間を稼がれた。


 しかもこちらの肉体にも十二本の煌剣を突きさされたおかげで、骨と神経と筋肉が断裂して、双剣を振るう力が一瞬弱まった。


 そこからは再生と激痛と気合の勝負。


 あの場面――魔人と至近距離で斬り合った際。


 こちらの双剣が魔人の胴体深くまで入り、敵の無数の煌剣がこちらの肉体を貫いているあの時。


 魔人は防御を緩めてこちらに反撃してきた。


 凄まじい判断だ。自分が同じ立場だったらあの行動を取れる自信はない。


 あれも本当にぎりぎりだった。


 もしも魔人の体格がもう少し小さく、凛音の身長がもう少し高かったら、魔人は、胸郭きょうかくの内側にある人体の急所を狙って、下から突き上げるように刺してきただろう。


 だが2メートルを超える魔人の視点では、至近距離にある143センチの凛音はつむじ(・・・)しか見えなかったに違いない。そもそも身体の右側は炎と吹雪が荒れ狂い、胴の真ん中まで刃がある状態で、視界は著しく悪かっただろう。


 奴としては頭部を狙うしかなかった。首と背中には(この呼び方は本当に嫌なんだけど)乳暖簾の土台……つまり装甲が見えたからだ。


 だが、がら空きに見えた頭は不可視の丸兜で覆われており、魔人の煌剣を難なく弾いた。敵の攻撃を誘うのと視界確保のために透明化させているのが良かった。丸兜の形状によって刃は滑るように下へ降ろされた。甲冑の設計思想の通りに。


 煌剣が降りた先には胸部装甲。兜の次に固くしてある部分だ。煌剣は装甲を貫いたが、160センチの分厚ぶあつ乳房ちぶさに邪魔されて心臓までは届かなかった。


 邪魔でしかないと思っていた脂肪おっぱいが、こんな風に役立つ日が来るとは。


 もしもあと1センチ胸囲が短ければ、凛音の心臓は貫かれていた。


 もしもあと1センチ身長が低くても、凛音の心臓は貫かれていた。


――お母さん、私を低身長巨乳に産んでくれてありがとう!


 生まれて初めて、自分の身体的特徴に感謝した。


 そして最後。


 探検長が録画していた、あのひとの技を見ていたことが、咄嗟のアイデアに繋がった。


 七星剣武・無刀/天星。


 自分ではとてもじゃないが制御しきれない。


 だから拳に集めたのだ。


「やりましたよ……師匠……」


 凛音は、虚空に呟いた。



 そして、非通知にしていた通話がずっと呼び出し中だったことに気が付く。相手は内海マネージャーで、


『おめでとう凛音ちゃん! よくがんばった! 私ゃ感動したよ~~~!!』

「えへへ……ありがとうございます、内海さん」


『魔人の消滅も確認した。動けるようなら戻ってきて欲しいけど……』

「まだちょっと厳しいかもです……。魔素マナの濃度が下がってきて、私の魔術操作がどんどん下手っぴになってきて、痛み止めと回復が間に合ってないです」


『そう、魔術! それも気になるところだけど、えっとね、とりあえずね……』

「はい……?」


 内海マネが叫ぶ。


『服を着よう! これ配信じゃないけど、Vとスタッフはみんな見てるから!』

「………………」


 そうだった。


 ずっとモニタリングされているんだった。内海マネはもちろん、他のVTuberや、他の事務所ギルドや、政府ダンジョン庁のお役人さんたちにまで。


「ぴゃああああああああああ~~~~~~~~~~~!!!」


 仰向けの大の字からおっぱいを抱えるようにして赤ん坊の姿勢になって無我夢中で魔導装束の布だけだして頭からかぶった。


 恥ずか死ぬ。


 あとで、違法でこの映像を見ている部外者どもがいると知り、どうにかそいつらを社会的に殺すことはできないかと思ったが、全員なぜか公安の手が伸びて逮捕された挙句に、ネット上のアーカイブも(海外サーバーに残ってたものまで)どうやってか知らないが削除されたので、まぁ良しとする。


『ごめんね凛音ちゃん、大丈夫……?』

「ハァイ……大丈夫です……。私が迂闊なのがいけないのでぇ……ハァイ……」


 布から顔だけ出して通話する。


「勇者さんたちは、ご無事でしたか……?」

『うん! 凛音ちゃんのおかげでね! もうみんな大喜び! 事務所もダンジョン庁も、お祭り騒ぎだよ! もちろんダンジョンもね!』


「そうですか……良かったぁ……」


 ホッとする。自分の拳が、みんなに元気と笑顔を与えられたことに。


――やっぱりVTuberって、良いなぁ……。


 その端くれの端くれを担っていると思うと、とても誇らしい気分になる。


――これからも、がんばろう……!


 ぐっと、拳を握った。


 ウィンドウに表示された魔素マナの濃度が下がっていく。魔術の精度が落ちていき、自分でも気づかぬうちに、『魔女の記憶』が抜けて行く。


 それでも。


――師匠に、伝えなきゃ。


 自分リリィはとても、幸せだったことを。そして――。



 それから。


 動けるようになったと同じくらいに、勇者パーティが10層の凛音の下へ駆けつけた。


 僧侶の癒亜ゆあさんは替えの服を貸してくれて、回復魔法を掛けてくれた。優しくて温かい光だった。


「凄いよ、凛音さん! 俺たちはあなたを尊敬します!」

「本当にすごいです!」

「まさか一人で倒してしまうなんて!」


 たくさん褒められてしまった。どうやってあんな魔術を使ったのかイマイチ覚えていないので、自分でやったことじゃないようにも思えて、いささか気恥ずかしい。


 10層を出て地上まで歩く。


 道中には魔物が一切いなくなっていた。


 聞くところによると、魔人が消滅したとほぼ同時に、魔物が一斉に塵になったという。


魔素マナ濃度が上がっていたのも魔人の影響でしたから、魔人が消えて、魔素マナも薄まって、魔物も消えたのでしょう」


 と僧侶の癒亜ゆあさんは微笑む。なるほどね?


 6層まで来たところで、


「凛音ー!」

「「「てんさーい!!!!」」」


 びっくりした。Vの皆が――一緒に戦ったひともそうでないひとも――自分のコーレスをやってくれた。戦場だった5層からわざわざ降りてきてくれたのか。


「おわっ!? あ、ありがとうございますっ!!」


 恐縮しながらぺこぺこ頭を下げる。


「凛音さん凄かったぜー!」

「めっちゃカッコよかったー!」

「拳が強ぇ~~~!」

「紅威流、私にも教えてくださいっ!」


 どやどやと囲まれて賞賛されてしまう。


――おお、すごい……。


 ほとんどこちらが一方的に知っている顔だ。ネットで見た有名Vたちだ。オーリオンの一期生のひともいるし、個人で100万登録者を抱えているひともいる。そんな雲の上のひとたちが、今だけは自分を讃えてくれている。


 きっとここが人生の頂点に違いない。


 ならば……と自分でも拳を突き上げてみた。


「凛音ー?」

「「「てんさーい!!!」」」


「うっひょー! ありがとうございます!! こーれキモチイイー!!」


 あはははは、とみんなで笑う。


 すっごく大変だったけど、今日はいい日だったな……。


 大団円は、まだ続く。



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