第32話 輪廻転生
「いや、これで終わりだ」
距離を取った瞬間、魔人の圧力が一気に増した。『線』で攻撃を視る。
フロア全てが効果範囲に入っていた。
――これはっ……!
魔人の額の瞳が開く。魔人の両手が、虎口のような印を組む。
いや、虎口ではなく、“竜”の口。
――赫竜咆哮。
魔人の発した魔素が透明な赤い“竜”の口を形作り、そこから極大の熱線が放たれた。
恐るべき熱量を持った光線がフロアを貫く。
たとえ職業を得た変奏体でも、まともに喰らえば触れた端から蒸発する。
しかしフロア内に逃げ場はない。
ならば、真正面から断ち切るのみ。
――七星剣武・煌刀/
凛音は魔力の刀を生み出すと、大上段に構え、
――斬魔。
熱線に向けて振り下ろした。
バチチチチチ……という、光と光が激突する、あり得ない音が生まれる。
凛音の『斬魔』は完璧ではない。前世の技術を完全には再現できていない。ゆえに、本来ならば一刀のもとに切り捨てられるはずの熱線も、鈍ら包丁で肉を切るような困難を強いられた。
――こ、のっ……!
全身が熱い。衣装の端から燃えていく。瞳も喉もからからに乾いていく。
「斬れろぉおおおっ!」
それでも、敵の熱線を切り裂いた。中心から真っ二つになった光は、フロアの両壁をどろどろに溶かすと、夥しい量の魔素を散らばらせて消え去った。
後に残ったものは二つ。
あまりの熱量に、自身の瞳と腕を焼け焦がした魔人と、
肩で息をしながら、いつかのように全身の服が燃え切った魔女だ。
「……アレを防ぐか、見事なり」
「はぁっ……はぁっ……この、いきなり最大火力をぶち込んでくるとか……バトルを楽しもうって気持ちはないわけ……?」
あるはずもない。自分で言っててそう思う。殺せるときに殺すのが一番良いのだ。
で、服が燃えた。
またかよ。
――もう、仕方ないなぁ!
凛音は脳内で複数の呪文を詠唱し、魔術を起動させる。回復と、そして、
「――魔導装束・影舞!」
魔素が踊る。凛音の周囲を取り囲み、新しい装備となる。
防御力ほぼゼロだった衣装から、溶岩でも泳げる特殊装甲を着用した。
とはいえ、魔力の消耗を抑えるために、重要な部分は厚く、それ以外は薄くなるよう、呪文を指定。
魔術は凛音の脳内イメージを反映した。おそらく、直前に見た『クノイチ』な花鳥風月先輩の影響を受けたのだろう。
絹のように透き通る素材が大半だった。
デカい胸を全て覆い隠すのは魔力がもったいないので暖簾式になったし、腰も尻も股間も最低限しか隠れていないし、乳首も陰部も前張りだし、乳輪ちょっと見えちゃってる。
痴女かと思う。
ぜったい配信で流したくない。
――恥ずか死ぬ!
赤面しながら魔人を睨む。あちらも、焼け焦げた部分の再生が終わったらしい。
お互いに、回復と武装の準備をしたことになる。
魔人がじっとこちらを見て、
「その装束……恐るべき魔力量だな」
「もち。今の熱線にだって、これなら耐えられるし」
「だが、全身を覆うには魔力が足りないようだな」
「さぁね?」
大正解。
魔導装束は破れた箇所から半自動で修復される。この装束が全て無くなった時が、凛音の魔力が尽きた時だ。
敵にこちらの魔力残量を一目で看破されてしまうという欠点はあるが、魔素防御力の高さはそれを補って余りあるメリットだ。そもそも全裸じゃ戦いにくいし。
「ていうか、なんで“竜”が魔族に乗り移ってんの?」
「そちらこそ、なぜ死んだはずの魔女が生娘に憑りついている?」
「関係ないでしょ」
「同感だ」
互いに互いを見据えながら、間合いを測り、円を描くようにゆっくりと歩く。
喋りながらも魔術をいくつも起動している。敵の残存魔力量を視覚化する魔術や、自身の魔力量および怪我を常時回復させる魔術。
魔導装束が半分ほど呪文詠唱を肩代わりしてくれる。これも装束を纏うメリットの一つ。
「…………」
「…………」
こちらが近づこうとすれば相手は距離を取る。どうやら遠間で戦いたいらしい。
あちらが遠ざかろうとすれば自分は距離を縮める。射程の短さがバレたかな。
「……………………」
「……………………」
ぴた、と互いの足が止まる。
一瞬の間。
「ふっ――!」
「――はっ!」
同時に地を蹴った。
ジグザクに後退しようとする魔人へ、凛音は真正面から馬鹿正直に走っていく。前世の魔術を少し思い出したところで欠点は変わらない。やってみなくてもわかる。相変わらず魔法の飛距離は短いだろう。
ならば、
――七星剣武・煌刀/双剣!
光の剣を両手に生み出して、近接戦闘あるのみ!
魔導装束に任せていた身体強化魔術が間に合った。滑るように地を走る凛音の速度が倍加する。後退する敵より自分の方が速い。狩れる。
あと三歩で間合いに入る直前、凛音は剣術を使用。
七星剣武・天雪。
――えっ!?
白と黒の反転した世界で、あり得ない数の『線』を視た。背後、右正面、左上方、全方位から自分へ向かって攻撃が伸びてくる。
――! そうか、これは……!
天雪を解除した凛音が、踊るように双剣を振るう。透明化された六本の魔術ドローンを斬って捨てた。先端に凛音のそれと同じような煌剣がともされている。
――飛行煌剣!?
「やるな、だがまだ」
魔人の言葉の通り、奴の背後からさらに十本の煌剣が飛来する。
到底さばき切れない。
なら答えは決まってる。
後退のネジはとっくに捨てているのだ。
二本、四本、六本までは切って落とし、残り四本は魔導装束であえて受けた。多少、刃が装甲を抜けて肉体を傷つけたが致命傷ではない。装束が自動で煌剣を分解し、治癒を始める。刺された痛みと傷がふさがる痛み、どちらも鋭い痛みだが、今は心地よい。
戦意に満ちた、炎のような笑みが、凛音の顔中に浮かんだ。
間合いだ。
「紅威流!」
だんっ、と地を足で踏む。反発して戻ってきた力を、足裏から足首へ、足首から膝へ、膝から腰へ通し、丹田で回転させて双剣に乗せる。右の剣は順手、左の剣は逆手で持ち、横二文字に斬りかかる。
振るうは右剣――氷雪系最終階梯・吹雪月花乱。
――暗闇の白。視界は零。凍てつく火。冷徹な熱。乱れ狂う静かな湖面。逆巻く炎は零度の鋭さを思い出す。
放つは左剣――火炎系最終階梯・極大火炎球
――燃えよ精霊イフリートよ。集え高まれ我が元に。その炎は我が剣、我が剣は我が魂、我が魂は汝が炎と共に。
右に吹雪を、左に火炎を。
補助魔術の詠唱を魔導装束に任せた凛音は、剣術を使う。
「魔法双剣/灼火繚乱」
凍える吹雪と灼熱の火炎を纏った斬魔の双剣が“竜”へ襲い掛かる。
それは、七星剣武が通ってきた道の先に生まれた、紅威凛音だけの剣術。
紅威流と呼ぶにふさわしい、絶技だった。
☆
青白い火炎旋風のなかで、雪の結晶がきらきらと輝きながら散っていく。
相反する双つの魔法剣が荒れ狂う。
魔人の竜剛をたやすく破壊して、その肉体を切り裂いていく。
「ぐ、うおおおおおおおおっ……!」
対する魔人もただではやられない。飛行煌剣数本で、身体が分断されるのを防いでいる。煌剣は十分の一秒も持たずに折れていくが、凛音の攻撃に回していた煌剣は決して戻さなかった。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
双剣を順手と逆手で持ち、魔人の肉体を背骨まで断ったところで、凛音の刃は煌剣に止められていた。
そして凛音自身の肉体にも、煌剣が何本も突き刺さっている。致命になる箇所だけは装束の装甲で防いでいるが、それ以外は裸も同然だった。
頭部に迫った煌剣は、見えない兜で弾かれる。首と胸、太ももも同様。
だが手首や脛や腰には、猛スピードで飛来した煌剣が刺さり、そしてすぐに装束に分解され消えていく。
――斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ!
手首は斬られた端から再生魔術でくっつけている。アキレス腱も何度斬られたかわからない。生涯で一度だって味わいたくない激痛を、この数秒間で何十回も味わわされている。
だが激痛は、敵も同じ。
「お、の、れぇえええええええええええっ!」
体の半分以上を斬られている魔人が、自らの手で煌剣を持ち、凛音の胸部装甲へ突き立てた。最も固いその部分に、煌剣は切っ先から分裂・崩壊しながらも、彼女の変奏体を貫いていく。分厚い脂肪が変形しながらも、心臓を守っている。
互いに二本の剣を貫き合い、魔人と魔女がゼロ距離で絶叫を上げる。
「ぐああああああああああおおおおおおおお!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおあああ!」
凛音の魔導装束が、布部分からどんどん減っていく。修復できないほど魔力が枯渇している。それよりも肉体の治癒が優先されているが、それも追いつかなくなってきている。
魔人の飛行煌剣が、一つまた一つと消えていく。新たに生み出せないほど魔力が枯渇している。それよりも肉体の再生が優先されているが、それも追いつかなくなってきている。
「魔、女、めぇえええ!」
叫ぶ魔人。その額の瞳が輝く。この状態で熱線を放てば、自分の体すらどうなるかわからない。だがこのままでは肉体を両断される。七星剣武を継ぐこの『斬魔の太刀』は、“竜”である自分には特段に強い威力を発揮する。
神の雷霆よりも、人の剣術の方が、“竜”には有効なのだ。
ゆえに再生が追い付かない。ここで命を絶たれるわけにはいかない。自分には、まだ、やるべきことがある。
「人類種族を――滅ぼすまでは!」
額の瞳に魔素が集まる。一秒後には熱線が放たれる。それを凛音はわかっている。
「あなたが憎んだ人類種族は! ここにはもう、いない!」
双剣を魔人の体に食い込ませたまま、胸部以外の装甲を全て捨てて、残存魔力を拳に集中させた。
ズドド、と敵の煌剣が身体を貫く――致命傷じゃない。まだやれる、まだ戦える、まだ殴れる!!
魔人は、魔女の不可思議な行動と言動に違和感を覚えつつも、
――なんだ?
もっと不思議な現象に目を奪われた。
蛍のように。雪のように。
周囲に、夥しい数の、光る球体が生まれる。いや、生まれたわけではない。それはダンジョンにもともとあったもの。
――魔素が……光っている……?
それは、周辺に撒かれた魔素を火薬として用い、己の下へ収束し、本来なら流星雨のごとき魔力砲撃として放つ絶技。
しかしこの使い手は違う。七星剣武ではなく、その先を歩みながらも、手を伸ばした距離にしか届かせられない未熟者だ。
が、ゆえに、
「紅威流……!」
凛音の拳が真っ赤に燃える。100層濃度の魔素がその右拳に集う。
50層濃度ですらあと二秒あれば敵を滅ぼせたのだ。ならば――。
「魔女め! 貴様、その技は――!」
魔人が叫ぶ。額に集めた魔素すら凛音に奪われて、なすすべもなく狼狽する。
もう遅い。
ゼロ距離で、凛音は拳をお届けする。
狙うは魔人、その顔面。
「凛音/天星――!」
第10層が閃光で満たされる。触れただけで蒸発する輝きが、“竜”を襲う。
遥か異世界で、人類種族を守るため、対魔物に開発された叡智の光。
霊殻を纏ったヒトを例外なく守り、魔素によって生まれた怪物を等しく滅ぼす光だ。
凛音の渾身の拳が、魔人にクリーンヒットした。
ひとたまりもなかった。
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