表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/36

第31話 斬魔


 二十歳はたちになった頃、どこからか旅人がやってきた。


 旅人は、他の世界から来たという。


 ダンジョンの最奥には、こことは異なる場所に繋がっている――そんな話を聞いたことがあった自分は、彼の言葉を信じた。


 ちょうどいいので、下働きにした。


 自分は武術の師範代だった。子供の頃から叩きこまれ、兄姉たちや他の弟子を追い抜いて、半ば強制的にその座につかされた。


 流派の名を、七星剣武。


 数年後には父である師範を継ぎ、自分がこの流派を継承していくことを、宿命づけられている。


 問題は、二つあった。


 一つ目は、病弱なこと。生まれつき身体が弱い自分は、後継者を見つけられるだろうか。兄姉たちはとても良い人たちではあり、弟妹たちも可愛いが、到底、技のすべてを継承できるとは思えない。


 二つ目は、恋をしてしまったこと。病床の自分は、一日の中で動ける時間は少ない。その限られた時間で修行を積まなければならないのに、まさかまさかの恋煩い。自分より三つも下の男の子に、それもどこから来たのかわからないような稀人まれびとに、心を奪われてしまった。


 正直に、父に話した。


 父は、馬鹿笑いした。


 めちゃくちゃ笑いやがった。楽しそうに、嬉しそうに。


 こっちは真剣に悩んでいるというのに。


 もうどうしたらいいのかわからんというのに。


 広い道場のど真ん中で、互いに正座をして、開始線に膝をつけて、クソ真面目な顔を真っ赤にして話したというのに、父は床をばしばし叩きながら「色を……っ! 色を知る年ごろっ……! ちゃんと女の子だった……っ!」と笑い転げたのだった。


 ちょっと早いが真剣勝負で叩きのめして流派を継いでやろうかと思った。道場の壁に掛けてある木刀の中から一番重くて痛い物に目を向けた。あれは3キロ、あれは5キロ、あれは中に鉄が仕込んであるから痛い、あの真剣は稽古用のなまくらだけど斬れるっちゃ斬れるな。


 こちらのマジ怒りが伝わったのだろう。父は「ごめんごめん」と謝って、「お父さん嬉しいよ」とポツリとつぶやいた後、「お母さん見てるかな……」と眼鏡の下の涙を拭いて、


「結婚しちゃえばいい」


 と簡単にほざいた。


「いや簡単に言いますね父上!?」

「簡単じゃん。アイツだろ? 筋がいいし、次代の師範にしちゃいなよ」


 父は軽い男だった。


 しかし間違ってはいなかった。


「しちゃいますか」

「しちゃえしちゃえ」


 こうして、異界からの稀人まれびとこと、小治おじ秋人あきとと結婚した。


 言いにくいのでアキト・オージ・アッシュウィーザに変えさせた。


 勇者の一族、アッシュウィーザ家に、新しい血が入った。


 それから十年。


 父の目に狂いはなかった。才能があったアキトは、七星剣武の技をすべて、ものにした。


 自分は晴れて師範の座を譲り、病床についてほとんど動けなくなった。


 アキトが自分を愛していたのかはわからない。だから、自分が死んだら、すぐ他の女と結婚するかもしれない。でもそれはちょっと許せなかったので、「死後十年くらいは私のことを好きでいてね」と冗談半分で話したことがある。


 彼は優しく微笑みながら、横になっている自分の手を握り、


「僕はたぶん、死ぬまであなたが好きだよ」


 と言ってくれた。


 それだけで十分だった。


――このひと、本当に私が好きじゃん。


 なんだかもう、それだけで、生まれてきて良かったと思えた。


 自分は簡単な女だったのだ。


 大好きだったのだ。


 あのひとが、あまりの脇の甘さからしょっちゅう騙されたり、人助けをし過ぎて損をしたりするのも、可愛らしいと思えた。


 だから――別に良かったのだ。自分が生涯を終える最期の瞬間に、あのひとが傍にいなくても。


 寂しいけれど、そういうひとなのだから。


 だから――そんなに謝らなくていいんだ。


 嬉しいけれど、あなたが苦しむくらいなら。


 もし、もしも、もう一度会えたら、ちゃんと言ってあげようと思う。


――私は、



「……私はね」


 と、口にしたところで意識が戻った。


 凛音の。


 夢を見ていた気がする。涙を流している。少しだけ思い出した。あのひとのことを。


 目の前には魔人。自分は七星剣武の――紅威流の基本姿勢で構えている。


「……あれ?」


 お腹の傷が癒えている。自分で治癒魔術を掛けたことを思い出す。さっきまで使えなかったのに。


「……えーと」


 記憶が曖昧だ。一瞬、前世の出来事を思い出したような気はするが――。


 しかし魔力は信じられないほど上昇している。


 なんとなく、わかった。自分が何なのか、誰だったのか。


 でもそれは後だ。


 今は目の前の敵を、どうにかしなければならない。


「…………“竜殺し”の魔女。相手になろう」


 敵もやる気満々だし。


 今の凛音は、前世の曖昧な記憶と、能力の一部を、取り戻したに過ぎない。目の前の魔人を相手取るにはやや力不足だが――。


――それが負ける理由にはならない。


「頭は混乱してるけど、やろうか」


 魔人はこちらに向き合って、


「完全な転生ではない、か……。力を制限されているようだな」

「お互いにね。そっちだって魔素マナ濃度レベル350から100まで落ちてるでしょ」


「十分だ。貴様を滅ぼすには」

「それはどうかな」


――けどその前に。


 空中に光の筆で魔術文字を描く。それらを音にして奏でる。


「♪ラーラララーララララー」


 複数の魔術コードを、一つの歌にすることで同時に走らせ、魔術を起動する。


「――癒しの風」


 倒れている勇者、戦士、僧侶に、淡い緑色の風が纏い、その傷を癒していく。これで、しばらくすれば起き上がれるだろう。


「う、ぐ……」

「生き、てる……?」

「凛音さん……」


 魔人を警戒しながら、目を覚ました三人へ凛音が叫ぶ。


「撤退の準備をお願いします! 私は、ここで魔人を倒します!」


 体を起こしながらウィンドウを見た彼らが、


「凛音さんのレベル……100!?」

「何が……起きたんでしょう……」

「皆、凛音さんの言う通り、撤退の準備だ……」


 勇者は、苦渋の顔をして、決断を下した。


「おそらく、俺たちがいたら足手まといになる……!」


 さすが勇者さん、状況判断が的確だ、と凛音は思う。


 しかし相手は魔族の肉体を得た“竜”。人類種族を滅ぼすことを命題としている者だ。


「逃がさん」

「いいや、逃がすね」


 ウェルジオンが勇者に放った拳を、回り込んだ凛音が防いだ。


「邪魔をするか、魔女……!」

「当たり前でしょ。ていうか、倒すよ、あなたを」


 他の三人は立ち上がり、上層への階段へ向かう。


「凛音さん、すまない……!」


 本当に申し訳なさそうに勇者が言う。彼らとしては心苦しいに違いない。スカウトしたメンバーを一人だけ残して逃げるのだから。


 でも気にしないで欲しい。なぜなら、


「もしここで私がやられたら、上層うえでコイツを倒してください!」


 彼らは次の矢になるからだ。


「少しでも力を削いでおきます!」

「っ! ああ、わかった……!」


 勇者が答え、戦士が二人に肩を貸し、僧侶は10層から出る前に、凛音に補助魔法をかけて行った。ありがたい。


 その間にも、魔人との攻防は続いている。


 魔人が、額の瞳から熱線を放つ。それが予知できた凛音は、紙一重で躱しながら手刀を放つ。


「七星剣武――」


 凛音の手刀は、魔人の竜剛に防がれ、


「――斬魔!」


 その防御をぶった斬った。


「……なに?」


 しかし届かない。わずかに相手の首すじを斬っただけにとどまった。寸前で躱されたのだ。そのまま敵は後方へ一気に跳ぶと、すぐに首の傷は消え去った。再生したのだ。


 七星剣武・斬魔。


 あらゆる魔術防壁を断ち切る剣術。


 徒手空拳にも使用できるこの技は、


「竜剛すら斬るか……」


 その通り。


 覚醒した凛音の前に、無敵の鎧だったはずの竜剛は、意味をなさないのだ。


 これでやっと勝負は五分五分イーブンになった。


「ふぅ――」


 再び構えて、凛音は集中する。


「続けようか」


 第二ラウンドが始まった。



お読み頂き、ありがとうございます。

宜しければ、ブックマークや評価を頂けると助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ