第30話 魔女の目覚め
魔人が動き出す。
雷撃魔法のスタンから復帰したウェルジオンが、一歩、一歩と歩いていく。
「…………」
言葉は発しない。ただ、目の前に立ち塞がる四人の人間を、見据えている。
魔人の発する重々しいプレッシャーを感じた勇者が、脂汗をかいていた。
――対峙するだけで息が出来なくなるほどの圧……! 睡眠時とは比べ物にならない……!
己を、そしてパーティを奮起させるために声を上げる。
「魔人よ! 貴様を地上へ行かせはしない!」
「…………」
距離は十分。詠唱は間に合う。
――雷霆の神なる父よ。汝が残し七つの柱、祖に認められし勇の下、我らが敵に鉄槌を与えたまえ。その雷は聖なる刃。魔貫必滅、至上の星は悪を撃ち滅ぼさん。
「喰らうがいい! 雷霆神罰槍!」
勇者は天に剣を掲げ、
「……創造父神の雷霆なら」
振り下ろす瞬間に、魔人の声を聴いた。
稲妻の閃光がフロアに満ちる。対魔に於いては最強の魔法が降り注ぐ。
勇者――いや、この日本で『勇者』のジョブを得たVTuber・皆星勇樹には知る由もないことだが、この魔法は異世界の創造神(七女神)の父であるゼウスの力を借りている。
使用できるのは、七女神が一柱・メロペーに認められ、一時の伴侶として生涯を終えた『勇者』の子孫およびその魂を受け継いだ者のみ。職業で『勇者』となった勇樹も疑似的に使うことが出来る。
繰り返すが、対魔に於いては最強。
だが対“竜”に於いては――。
「通じんぞ。この竜剛は、雷霆を防ぐためのものであるゆえな……」
荒れ狂う稲妻の後、気だるげな様子の魔人が、佇んでいた。
無傷で。
その足を進める。
勇者は長剣を構えながら戦慄していた。
――覚醒状態では、硬直すらできないか……!
こうなっては雷撃魔法には頼れない。取れる手段は、
「攪乱する!」
戦士と勇者、そして凛音が煙幕を使用。僧侶も幻惑の魔法を唱えた。
フロアが白い煙に包まれる。同時に勇者パーティが何人も出現し、
「かかれ!」
肉弾戦を仕掛けた。
「…………」
魔人が、足を止める。煙の向こうから飛び出してきた勇者が長剣を、逆側からは戦士が斧を振るうが、武器が当たる瞬間に消え去った。幻だ。
一拍遅れて、僧侶と凛音が攻撃を仕掛けてくるが、やはり触れる瞬間に消え去った。
「…………」
勇者パーティの幻が何度も攻撃を加えてくる。魔人は微動だにしない。ときたま、本物が混じっているが、皮膚にかすり傷すら与えられない。すべて竜剛の被膜で弾かれ、硬質な音を鳴らすのみだ。
唯一、
――剛拳!
凛音の放った拳だけは、魔人の竜剛にヒビを入れた。
それに勇者は気付いている。
――凛音さんの攻撃だけはわずかに通じる……! 彼女を要にする!
無論、魔人も。
「…………脅威、とまでは言わんが」
煙幕と幻に包まれている魔人。奴へ踏み込む凛音に、それが視えた。
いうなれば、死線だった。
それまで微塵も存在しなかった『線』が、突如として出現し、自分のどてっ腹を貫いている。
――うそでしょっ……!
煙幕も幻も、まるで意味がなかった。奴には本物と偽物の区別がついている。凛音の踏み込みに対して正確に反応し、放たれた右拳を自身の左腕で逸らしながら、カウンターを撃った。つまらなそうな声がする。
「排除は、しておくか」
胴に鋭い衝撃。
脳に響く爆音。
耳へ抜ける圧。
喉奥から声が、
………………………………。
気が付けば壁まで吹っ飛んでいた。地面を転がり、壁に激突し、口が勝手に血を吐いた。致命傷だ。見えなかったが、おそらく右の掌底による殴打を受けた。仕立て直してもらったローブが貫かれ、いくつかの内臓が破裂している。
「ごぼっ……!」
きーん、と音が鳴っている。視界がぐるぐると回る。悪寒と吐き気と激痛が一秒ごとのシフト制で襲い掛かってくる。まだ上半身と下半身が繋がっていることに驚きを禁じ得ない。胸が邪魔でお腹の傷がわからないのが本当に癪だ。
世界が真横になっている。
立ち上がれ、
視界がぼやける。
立ち上がれ、
力が入らない。
立ち上がれ、
指一本、動かせない。
最短で三時間、最長で一週間は持たせなければならないのだ。
まだ、三分も経っていないのだ。
魔人に傷を与えられるのは、自分の拳だけなのだ。
くらくなっていく。
「………………し、しょ………………」
クーポンコードが出現することもなく、凛音の意識は途絶した。
☆
「凛音さんっ!」
叫ぶ勇者。それが最後の言葉になった。
魔人は羽虫を払うように、残る三人を吹っ飛ばした。
体の一部が千切れ、骨があらぬ方向へ曲がり、全員が動かなくなった。ぴくりとも。
「…………」
それを魔人はつまらなそうに眺め、再び歩みを始める。
上層へ向けて。
地上へ向けて。
内なる声に従って。
「――滅ぼさねば」
人類種族を。一人残らず。殲滅しなければ。
「――我らの神代を、蘇らせなければ」
それが、“竜”に刻まれた使命だから。
魔族の体を得て、日本という異世界へ辿り着いた“竜”が、在るはずのない故郷を求め、上層への階段に足を置いた、
直後。
ピー、と音が鳴る。
クーポンコードでは、まさか無い。
サブウィンドウに表示されていた魔素濃度が、100を超えた警告音だ。
誰の?
「――また発凶ってるのか、アンタたちは」
魔人が振り返る。懐かしむも、忌むべき魔力を感じ取って。
「…………魔女か」
魔族は、100層を降った場所でしか生きられない。
魔女もまた、同様。
ダンジョンと共にこの世界へ辿り着き、職業を通して依り代に乗り移り、100層レベルの魔素濃度という条件を満たすまで目覚めることのなかった魂が、ついに表層に現れる。
輪廻が転生する。
「七星剣武・第八十二代目師範――」
構えは半身。
握りは縦の拳。
おじさんの最愛の女性であり、七星剣武の全てを伝えた師匠でもある姉さん女房――。
「リリィ・アッシュウィーザ――推参」
“竜殺しの魔女”が、現代に蘇った。
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