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第29話 魔人の目覚め


 休息を終えた凛音は、


――なんだ?


 ダンジョンに戻って三分も経たずに、悪寒を覚えた。


 地震かと思った。大気が揺れて、空間が揺れて、魂まで揺らされた。


「いま、なにか変じゃなかったですか……?」

「え? そうだった?」


 ちょうど近くにいた知り合いのVに聞いてみたが、違和感はないらしい。


 気のせいか、それとも自分だけが感じ取ったのか。


 すぐに、後者だと分かった。



「私が勇者パーティに!?」

『はい。魔人が目を覚ましたと連絡がありました。これから足止めに行きます。貴女の力を借してください』


 内海マネ経由で、『勇者』から通信が来た。


『うちの魔道士はいま、竜剛りゅうごう突破の研究中で、来られないのです』

伊法いのりさんは……確かに……」


 勇者パーティの魔訶まか伊法いのりが、魔学系VTuberを集めて、敵の防御を貫く研究を行っているのはもちろん知っている。それが、魔人討伐の肝になるであろうことも。


『彼女たちの研究が完成するまであと少し。最短で三時間、最長で一週間……。その期間、魔人を食い止めます。ですが、第5層でのバトルで、戦えるVの数が減りました。もうクランを組めるほど人数がいません』


「5層を守るためにも、人数は割けない、と……」


『その通りです。あなたの力は拝見しています。優秀な魔道士アタッカーであると』

「あのう、私、魔道士ですけど、バフはあまりやったことなくてぇ……」


『平気です。補助系はうちの大神官・神月しんげつ癒亜ゆあが担当します。ご存じですか?』

「そりゃもう! 『勇者』パーティの皆さんの配信はいつも拝見しています!」


『ありがとうございます。では、協力してくださいますか?』

「私で良ければ!」


 凛音はビビりながらも、精一杯の虚勢を張って、要請を受けた。


 あの勇者パーティと一緒に、恐ろしい魔人と戦う――。


 武者震いが止まらなかった。



「お、勇者パーティの最後の一人が決まったか」

「頑張れよ、スーパールーキー!」

「応援してます、凛音さん!」


 5層で勇者パーティと合流した凛音に、一緒に戦ってきたVたちが声援を送る。


 こんなに同業に声を掛けてもらうのは初めてだ。


 緊張に、嬉しさが被る。


「ハイッ! 行ってきます!」


「行ってらっしゃい!」

「頼んだぞー!」

低層ここは任せてね~!」


 みんなの声を背中に受けて、凛音たちは10層へ向かう。



 ダンジョン第10層。


「風月先輩、ありがとうございました」


 5層からここまでの道のりは、オーリオン所属の忍者系VTuber・花鳥風月くん(女子)が、斥候の上位職・忍者スキルを駆使して、ほぼ会敵せずに進むことが出来た。


 また、10層での魔人の監視も、彼女ら斥候系ライバーが行っていた。魔人覚醒を知ることができたのもそのおかげだ。


「魔人は目覚めてから、じっと動かない。魔素マナ濃度が完全に上昇するまで待つつもりなのかもしれないな」

「好都合ですね」


「ボクの罠をいくつか仕掛けておいた。使えそうなら使ってくれ」


 風月はマップで罠ポイントを共有する。


「後は頼んだよ、勇樹くん」

「はい。伊法さんたちが貫通魔術を形にするまで、僕たちが魔人ヤツを食い止めます!」


 うなずくと、風月は印を結んで、すぅっと消えて行った。実にニンジャっぽい女子だと凛音は感心する。


――えっちなクノイチだった……。網タイツの下、ぜったい穿いてない……! いや、前張りの可能性も……!?


 こういうことを考えるくらいの余裕はあるのかもしれない。


 あるいは、目の前の脅威から心を静めるために、変なことを考えてしまっただけかもしれない。


「いけそうですか? 凛音さん」

「は、はい!」


 風月先輩の残してくれた隠密魔法が切れるまで、あと二分。


 このパーティの動画は何度も見ている。勇者さんは、いつも素晴らしい司令塔としてパーティやクランの指揮を執っている。


 勇者こと皆星みなほし勇樹ゆうきは、凛音に微笑んだ。


「緊張しなくて大丈夫です。凛音さんはいつも通りに戦ってくれればOKです」

「は、はい……!」


「盾役の戦武いさむが前に出ます。凛音さんはその横から逐次、攻撃を加えてください。無理はしないで。引き気味でお願いします」

「はい……!」


「俺は中距離で指示を出しつつ、勇者の雷撃魔法で足止めをします。魔人には通じなかったですが、それでも数秒ほど硬直スタンさせることはできました。その隙に攻撃や回復を」

「私、拘束鋼糸弾スパイダーネットを持ってますが……」


「おそらくほとんど通用しないでしょう。あまり当てにはせず、どうしようもなくなったら使ってください」

「わかりました……!」


 勇者はうなずいて、メンバー全員に向けて、


「よし……この戦い、どれだけ引き延ばせるかが、この国の未来に繋がる。魔人をこの10層で食い止める!」


 自然と円陣が組まれる。勇者たちが手を重ねた。


「行くぞみんな!」

「おう!」

「はい!」


 凛音もまた、勇者パーティの一員として応えた。


「はいっ!」


 魔人ウェルジオン・足止め作戦開始。


 隠密魔法が切れると同時に、魔人はのそりと立ち上がった。ついに動くつもりらしい。


 だが、


――雷霆らいていかみなる父よ。汝が残し七つのはしらに認められしゆうもと、我らが敵に鉄槌を与えたまえ。そのいかづちは聖なる槍。魔貫必滅まかんひつめつ、至上の星は悪を撃ち滅ぼさん。


「降りそそげ、雷霆神罰槍ケラウノス――!」


 勇者がいきなり雷撃魔法を放った。こと対魔に於いては最強の威力を誇る。天上から落ちてきた膨大な数の稲妻によって、魔人の周囲にいた魔物たちが消し炭になる。これで標的は一つだけ。その魔人は、神の雷霆を喰らって硬直スタンしている。


 戦士が大盾を構えて突撃する。ある一定の距離まで近づくと隠密効果が消え去り、相手に認知されるが、気にせずに突っ込んでいった。


 僧侶はパーティ全体の魔素マナ防御力と素早さを魔法でアップさせる。


――すごい。


 凛音は戦士に続いて突撃しながら、精度の高い連携に驚いていた。


――さすが勇者パーティ! 普段使わないフォーメーションでも動きに迷いがない!


 凛音とて探索者。V最強パーティである彼らの動画アーカイブは、何度も見返している。誰が欠けても問題なく連携が取れる練習風景も目にしていた。


――今回は伊法さんがいないパターン……! となると私が入り込めるのは……!


 戦士の大盾、その斜め下。


――大盾に隠されたまま接近し、至近距離で最大の一撃を叩き込む!


 あと三歩。


 魔人の背中から、円錐形の使い魔(ドローン)が飛び出た。回転し、先端が光を放つ。鉄すら溶かす熱線が撃が戦士に迫り、


「通さんっ!」


 戦士がスキル・聖王せいおう城壁じょうへきを発動。自身の周囲に分厚い魔力防壁を張り、熱線を防ぐ。その陰から凛音が飛び出し、


――紅威くれない流、


 既に詠唱は終えている。右足を踏み込む。構えは縦拳たてけん。狙うは魔人、その顔面。


灼火しゃっか剛拳ごうけん!」


 火炎を宿した拳が、クリーンヒットした。


「おおっ!」

「やる!」


 それを後ろで見ていた戦士と勇者が思わず声を上げた。傍目で見る分には、会心の一撃だった。


 しかし当の凛音は、


――なに、この感覚!?


 拳と魔人の間にある、見えない壁。


 薄皮一枚をへだたれて、敵に攻撃が届かない。透明な壁に、多少のヒビが入った(・・・・・・)程度だ。


――これが竜剛りゅうごう


 自分の最大の一撃でも、“竜”の守りを突破するには足りないのだ。しかし、


――それがわかれば十分!


 相手に蹴りを放ち、そこを足場にして一気に離脱。凛音のいた場所を熱線が焼いていく。


 深入りはしない。


 あくまでも足止め。


 ほとんど効かないのが腹立つけど。


 それでも、衝撃そのものは与えられるらしく、魔人の上半身がわずかにかしぐ。ノックバックはさせられた。ひたすら固い皮膜がある、というだけだ。


 円錐ドローンからの反撃が来る。回転し、先端が光る――その前に。


――紅威流・天雪てんせつ


 ドローンを追うのではなく、それを操る『線』を視る。魔人の背中から伸びる操り糸だ。


「そこっ!」


 凛音の放った拳と蹴りがドローンを破壊した。こいつらには竜剛は付いていないらしい。


 残りのドローンが戦士へ行くが、大盾の防御スキルで防いでいる。そして――


「えっ!?」


 声を上げたのは僧侶。凛音が一直線に後退してきた。敵に背を向けて勇者たちへ走ると、


「後ろです! 癒亜ゆあさん!」

「っ!」


 癒亜ゆあは僧侶のローブを翻して軽やかに飛び込み前転する。僧侶といえど、70を超えた高レベルならば、これくらいの動きはする。


 回避した場所に熱線が来た。僧侶の頭上斜め後ろ、死角にいたドローンを、


「でぇい!」


 走り込んできた凛音が叩き壊した。


「いつの間に……! ありがとうございます、凛音さま!」

「いえいえ! さすがの回避でした! ダンス、お得意ですもんね!」


 癒亜ゆあがキレッキレのダンスをショート動画で上げているのを凛音は見逃していない。


 振り返り、勇者に叫ぶ。


「ドローンは全部潰しました!」

「助かります! あとは本体だけです!」


 その本体の魔人が、額の目を開くと同時に、


 ぞわっ。


 悪寒が走った凛音が叫ぶ。


「全員離れて!」


 『線』が視えた。自分たちを貫くそれが。


 一泊遅れて、魔人の三つ目の瞳が輝き、熱線が奔る。


 電子楽器の高音と低音を同時に鳴らしたような、形容しがたい轟音が、フロアを縦断する。


――回避は成功……でも!


 じゅうぶん距離を取ったにも拘わらず、凄まじい熱が凛音を襲った。


「あっついな、もう!」


 熱線が止み、それが通った場所が融解している。仲間の姿はそこにはない。無事だ。散開していた。声と同時に回避した勇者たちは流石と言える。


「魔人の瞳の熱線はクールタイムがある! みんな、魔力の回復を!」


 僧侶の『時間経過で魔力が回復する』補助バフが掛けられている。継戦能力を上げられているのだ。


「持久戦だ! 研究が終わるまで、持ちこたえるぞ!」

「おう!」

「……はい!」


 最短で三時間、最長で一週間以上。終わりの見えないデスマーチ。


 平均レベル75のこのパーティで、レベル40と一人だけレベルの低い凛音だが、


「何時間でも、何日でも、戦ってやりますよ……!」


 誰よりも、戦意に満ちていた。




 凛音のサブウィンドウに表示されている10層の魔素マナ濃度は、すでに99層レベルまで、上昇していた。



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