第29話 魔人の目覚め
休息を終えた凛音は、
――なんだ?
ダンジョンに戻って三分も経たずに、悪寒を覚えた。
地震かと思った。大気が揺れて、空間が揺れて、魂まで揺らされた。
「いま、なにか変じゃなかったですか……?」
「え? そうだった?」
ちょうど近くにいた知り合いのVに聞いてみたが、違和感はないらしい。
気のせいか、それとも自分だけが感じ取ったのか。
すぐに、後者だと分かった。
☆
「私が勇者パーティに!?」
『はい。魔人が目を覚ましたと連絡がありました。これから足止めに行きます。貴女の力を借してください』
内海マネ経由で、『勇者』から通信が来た。
『うちの魔道士はいま、竜剛突破の研究中で、来られないのです』
「伊法さんは……確かに……」
勇者パーティの魔訶伊法が、魔学系VTuberを集めて、敵の防御を貫く研究を行っているのはもちろん知っている。それが、魔人討伐の肝になるであろうことも。
『彼女たちの研究が完成するまであと少し。最短で三時間、最長で一週間……。その期間、魔人を食い止めます。ですが、第5層でのバトルで、戦えるVの数が減りました。もうクランを組めるほど人数がいません』
「5層を守るためにも、人数は割けない、と……」
『その通りです。あなたの力は拝見しています。優秀な魔道士アタッカーであると』
「あのう、私、魔道士ですけど、バフはあまりやったことなくてぇ……」
『平気です。補助系はうちの大神官・神月癒亜が担当します。ご存じですか?』
「そりゃもう! 『勇者』パーティの皆さんの配信はいつも拝見しています!」
『ありがとうございます。では、協力してくださいますか?』
「私で良ければ!」
凛音はビビりながらも、精一杯の虚勢を張って、要請を受けた。
あの勇者パーティと一緒に、恐ろしい魔人と戦う――。
武者震いが止まらなかった。
☆
「お、勇者パーティの最後の一人が決まったか」
「頑張れよ、スーパールーキー!」
「応援してます、凛音さん!」
5層で勇者パーティと合流した凛音に、一緒に戦ってきたVたちが声援を送る。
こんなに同業に声を掛けてもらうのは初めてだ。
緊張に、嬉しさが被る。
「ハイッ! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
「頼んだぞー!」
「低層は任せてね~!」
みんなの声を背中に受けて、凛音たちは10層へ向かう。
☆
ダンジョン第10層。
「風月先輩、ありがとうございました」
5層からここまでの道のりは、オーリオン所属の忍者系VTuber・花鳥風月くん(女子)が、斥候の上位職・忍者スキルを駆使して、ほぼ会敵せずに進むことが出来た。
また、10層での魔人の監視も、彼女ら斥候系ライバーが行っていた。魔人覚醒を知ることができたのもそのおかげだ。
「魔人は目覚めてから、じっと動かない。魔素濃度が完全に上昇するまで待つつもりなのかもしれないな」
「好都合ですね」
「ボクの罠をいくつか仕掛けておいた。使えそうなら使ってくれ」
風月はマップで罠ポイントを共有する。
「後は頼んだよ、勇樹くん」
「はい。伊法さんたちが貫通魔術を形にするまで、僕たちが魔人を食い止めます!」
うなずくと、風月は印を結んで、すぅっと消えて行った。実にニンジャっぽい女子だと凛音は感心する。
――えっちなクノイチだった……。網タイツの下、ぜったい穿いてない……! いや、前張りの可能性も……!?
こういうことを考えるくらいの余裕はあるのかもしれない。
あるいは、目の前の脅威から心を静めるために、変なことを考えてしまっただけかもしれない。
「いけそうですか? 凛音さん」
「は、はい!」
風月先輩の残してくれた隠密魔法が切れるまで、あと二分。
このパーティの動画は何度も見ている。勇者さんは、いつも素晴らしい司令塔としてパーティやクランの指揮を執っている。
勇者こと皆星勇樹は、凛音に微笑んだ。
「緊張しなくて大丈夫です。凛音さんはいつも通りに戦ってくれればOKです」
「は、はい……!」
「盾役の戦武が前に出ます。凛音さんはその横から逐次、攻撃を加えてください。無理はしないで。引き気味でお願いします」
「はい……!」
「俺は中距離で指示を出しつつ、勇者の雷撃魔法で足止めをします。魔人には通じなかったですが、それでも数秒ほど硬直させることはできました。その隙に攻撃や回復を」
「私、拘束鋼糸弾を持ってますが……」
「おそらくほとんど通用しないでしょう。あまり当てにはせず、どうしようもなくなったら使ってください」
「わかりました……!」
勇者はうなずいて、メンバー全員に向けて、
「よし……この戦い、どれだけ引き延ばせるかが、この国の未来に繋がる。魔人をこの10層で食い止める!」
自然と円陣が組まれる。勇者たちが手を重ねた。
「行くぞみんな!」
「おう!」
「はい!」
凛音もまた、勇者パーティの一員として応えた。
「はいっ!」
魔人ウェルジオン・足止め作戦開始。
隠密魔法が切れると同時に、魔人はのそりと立ち上がった。ついに動くつもりらしい。
だが、
――雷霆の神なる父よ。汝が残し七つの柱、祖に認められし勇の下、我らが敵に鉄槌を与えたまえ。その雷は聖なる槍。魔貫必滅、至上の星は悪を撃ち滅ぼさん。
「降りそそげ、雷霆神罰槍――!」
勇者がいきなり雷撃魔法を放った。こと対魔に於いては最強の威力を誇る。天上から落ちてきた膨大な数の稲妻によって、魔人の周囲にいた魔物たちが消し炭になる。これで標的は一つだけ。その魔人は、神の雷霆を喰らって硬直している。
戦士が大盾を構えて突撃する。ある一定の距離まで近づくと隠密効果が消え去り、相手に認知されるが、気にせずに突っ込んでいった。
僧侶はパーティ全体の魔素防御力と素早さを魔法でアップさせる。
――すごい。
凛音は戦士に続いて突撃しながら、精度の高い連携に驚いていた。
――さすが勇者パーティ! 普段使わないフォーメーションでも動きに迷いがない!
凛音とて探索者。V最強パーティである彼らの動画アーカイブは、何度も見返している。誰が欠けても問題なく連携が取れる練習風景も目にしていた。
――今回は伊法さんがいないパターン……! となると私が入り込めるのは……!
戦士の大盾、その斜め下。
――大盾に隠されたまま接近し、至近距離で最大の一撃を叩き込む!
あと三歩。
魔人の背中から、円錐形の使い魔が飛び出た。回転し、先端が光を放つ。鉄すら溶かす熱線が撃が戦士に迫り、
「通さんっ!」
戦士がスキル・聖王城壁を発動。自身の周囲に分厚い魔力防壁を張り、熱線を防ぐ。その陰から凛音が飛び出し、
――紅威流、
既に詠唱は終えている。右足を踏み込む。構えは縦拳。狙うは魔人、その顔面。
「灼火/剛拳!」
火炎を宿した拳が、クリーンヒットした。
「おおっ!」
「やる!」
それを後ろで見ていた戦士と勇者が思わず声を上げた。傍目で見る分には、会心の一撃だった。
しかし当の凛音は、
――なに、この感覚!?
拳と魔人の間にある、見えない壁。
薄皮一枚を隔たれて、敵に攻撃が届かない。透明な壁に、多少のヒビが入った程度だ。
――これが竜剛!
自分の最大の一撃でも、“竜”の守りを突破するには足りないのだ。しかし、
――それがわかれば十分!
相手に蹴りを放ち、そこを足場にして一気に離脱。凛音のいた場所を熱線が焼いていく。
深入りはしない。
あくまでも足止め。
ほとんど効かないのが腹立つけど。
それでも、衝撃そのものは与えられるらしく、魔人の上半身がわずかに傾ぐ。ノックバックはさせられた。ひたすら固い皮膜がある、というだけだ。
円錐ドローンからの反撃が来る。回転し、先端が光る――その前に。
――紅威流・天雪。
ドローンを追うのではなく、それを操る『線』を視る。魔人の背中から伸びる操り糸だ。
「そこっ!」
凛音の放った拳と蹴りがドローンを破壊した。こいつらには竜剛は付いていないらしい。
残りのドローンが戦士へ行くが、大盾の防御スキルで防いでいる。そして――
「えっ!?」
声を上げたのは僧侶。凛音が一直線に後退してきた。敵に背を向けて勇者たちへ走ると、
「後ろです! 癒亜さん!」
「っ!」
癒亜は僧侶のローブを翻して軽やかに飛び込み前転する。僧侶といえど、70を超えた高レベルならば、これくらいの動きはする。
回避した場所に熱線が来た。僧侶の頭上斜め後ろ、死角にいたドローンを、
「でぇい!」
走り込んできた凛音が叩き壊した。
「いつの間に……! ありがとうございます、凛音さま!」
「いえいえ! さすがの回避でした! ダンス、お得意ですもんね!」
癒亜がキレッキレのダンスをショート動画で上げているのを凛音は見逃していない。
振り返り、勇者に叫ぶ。
「ドローンは全部潰しました!」
「助かります! あとは本体だけです!」
その本体の魔人が、額の目を開くと同時に、
ぞわっ。
悪寒が走った凛音が叫ぶ。
「全員離れて!」
『線』が視えた。自分たちを貫く線が。
一泊遅れて、魔人の三つ目の瞳が輝き、熱線が奔る。
電子楽器の高音と低音を同時に鳴らしたような、形容しがたい轟音が、フロアを縦断する。
――回避は成功……でも!
じゅうぶん距離を取ったにも拘わらず、凄まじい熱が凛音を襲った。
「あっついな、もう!」
熱線が止み、それが通った場所が融解している。仲間の姿はそこにはない。無事だ。散開していた。声と同時に回避した勇者たちは流石と言える。
「魔人の瞳の熱線はクールタイムがある! みんな、魔力の回復を!」
僧侶の『時間経過で魔力が回復する』補助が掛けられている。継戦能力を上げられているのだ。
「持久戦だ! 研究が終わるまで、持ちこたえるぞ!」
「おう!」
「……はい!」
最短で三時間、最長で一週間以上。終わりの見えないデスマーチ。
平均レベル75のこのパーティで、レベル40と一人だけレベルの低い凛音だが、
「何時間でも、何日でも、戦ってやりますよ……!」
誰よりも、戦意に満ちていた。
凛音のサブウィンドウに表示されている10層の魔素濃度は、すでに99層レベルまで、上昇していた。
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