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第28話 チー牛3杯、ペロリ行く


 オーリオン事務所・本社。


 おじさんの入院する病院から出た魔訶まか伊法いのりは、すぐに会社のマネージャーに連絡し、条件を満たす人材を片っ端から集めて貰った。


「――このように、本来30~100種類の詠唱コードを同時に走らせて起動するのが魔術。それを予めプログラミングしておいて自動で走らせているのが魔法。というのは、皆さんならご存じかと思います」


 伊法が、ホワイトボードによく似た投影装置で、大勢に説明をしている。


 集められたのは主に魔道士系の職業ジョブで、中でも独自の魔法に詳しい者――いわゆる『魔学系VTuber』と呼ばれる者たちだ。


 チーム杏仁豆腐の賢者(魔道士の上位職)、キャリー・オリバが手を挙げた。五層で戦っていたら急遽呼び出しを食らって事務所へ戻ってきたのだ。


「百人同時に詠唱すれば、オリジナルの魔法も理論上は(・・・・)作れるってやつですよね。実戦では難しいですけど」

「そう、その代わりにあるのが、魔石」


 と、伊法はこぶし大の魔石を取り出した。レア4。時価数百万ほどのタンザリイト魔石だ。


「魔石には、魔術を刻むことができる。レア度が上がれば上がるほど、より複雑な魔術詠唱コードを刻める」


「問題は――あの『竜剛』を突破する魔術の開発ですね」


 伊法は飛竜ぬいを卓に置いた。


『俺の声は伊法アンタにしか聞こえねぇ。気にせず進めてくれ』


 伊法はうなずいて、


「とある筋からの情報なんだけど、アレは私たちの職業ジョブ――霊殻に近いものらしい」


 おじさんとの文通と、飛竜アドから得た知識を、独自の理論に組み込んで説明する。


「だから、霊殻を貫くような魔法を作ればいい、ということになる」


「霊殻を……? でも、伊法さんの『熱核爆発光ハイ・アトミック・ウェイト』でも、魔人は無傷だったんですよね……? あれ、水爆5000万トンと同等の熱量があるんですよね……?」


「今はもう少しあるかも。地上で使ったら都市が一つ吹き飛ぶね。私たちは無事だけど」


 魔法発動時は、職業ジョブの守護により、自分と仲間たちは守られる。


 逆に言えば、敵にも同様の守りが働いていると言える。


「だから、ただ火力を上げるだけだと通じない。霊殻そのものに干渉する魔術が必要なんだ」


 むぅ、と唸るキャリー。「そりゃ無理だろ」という顔をしている。他のVもみな同様だ。


 しかし、時に道を拓くのは、自由な発想だ。


「あの、ちょっといいですか?」

「どうぞ、スバル女史」


 手を挙げたのは、個人で活動しているVTuber、スバル・インフレッツァーだ。職業ジョブは『星術師』を得ている。

 星の動きと魔素マナの動きの連動を研究している。


 企業からスカウトが来ているほど優秀なVだが、『自由な研究が出来ないから』と断ってもいる。某国立大学の客員教授も務めている才女だ。


「霊殻って魔素マナで作られていますよね? なら、魔素マナに干渉する魔術を組めばいいんじゃないでしょうか?」


「その通りです。なにかアイデアがありますか?」

「分解しちゃいましょう」


 嫌な予感がする。


「……分解?」

魔素マナは、魔力の粒子の塊ですから、その結合を解いてしまえばいいんです」


 チーム杏仁豆腐の真面目担当なキャリーが「えっ!?」とデカい声を上げた。


「それは……職業ジョブの禁忌に触れるんじゃ……? 下手したら変奏体ごと魂と本体もばらばらになっちゃいますよね……? もしもダンジョンを巻き込んだら、中にいる他のVごと分子分解されて……」


 スバルはてへっと舌を出し、


「ここだけの話なんですけど、実はちょうど、似たような研究をしてまして……」

「ええっ!?」


「大丈夫、大丈夫です! まだ実験の段階ですから!」

「うわぁ……うちのヴェノさんみたいな人が、個人勢にはゴロゴロいるんだぁ……」


 キャリーが頭を抱える。しかし、


「これだからVTuberは辞められねぇ……! また推しが増えちまったよ……!」


 逆に楽しくなってきてしまった。


 一方、リーダーの伊法は渋い顔をしている。


「むぅ…………」


 この実験は絶対ヤバい。キャリーが言ったように、下手したらダンジョン中に広がるし、もしそこから外に広がったら、どこまで分解されるかわからない。


 下手したら、魔人より先に自分たちが日本中をバラバラにしてしまうかもしれない。


 伊法の不安を読み取ったのか、スバル女史はいやいや、と笑顔で手を振る。


「もう危険性は皆無です。そこまで研究は進めました。命がけの一発勝負なんて、今の時代には流行りませんからね」


「そうなのか?」

「シミュレーションで数千回、そして変奏体では――」


 スバル女史は自らの胸に手を置く。


「100回中100回、成功しています。私で試しました(・・・・・・・)

「は?」


「纏っている職業ジョブの霊殻のみが分解されました。変奏体は無事です。痛みもさほどなく、体がバラバラになっていくの、ちょっとおもしろいですよ」

「ヤバすぎる……」 


 真面目担当だったはずのキャリーが、


「これ以外に方法は無いのでは? 私はスバルさんに賛成です」

「きゃー! キャリーちゃん好きー! 一緒に研究しようね!」

「私も分解されてみたーい!」

「しちゃうしちゃうー! 分解バラしちゃうー!」


「ヤバい女が二人でキャッキャしている……」


 はぁ、と伊法は息を吐く。


「……他の皆さんは、どうですか?」


 賛成は無い。しかし反対も無い。みな、一様に「代案は無いしなにより楽しそう!」という顔をしている。


「そうだよ……魔学系Vってそうだよな……」


 自分が集めた人材の是非に疑問を抱きつつ、しかし己もまたワクワクしていることを否定できない。


 最後の背中を押したのは、飛竜のアドだ。


『そこの嬢ちゃんが自分てめぇの体で検証済みなんだろ? なら安心じゃねぇの』


 ふぅ、息を吐く。


「わかった。責任は私が取る。みんな――やろう!」

「「はいっ!!」」


 こうして魔学系Vは一致団結して研究に向かった。


 魔人が目覚めて日本を滅ぼすか。


 研究が成立して魔人を滅ぼすか。


 あるいは――。



 政府ダンジョン庁。


 魔人出現から36時間が経過。


「庁内のパニックは収まったが、息が詰まるような雰囲気は増しているな……」


 室長が険しい顔でぼやいた。


「根源たる魔人の討伐の目途が36時間経過した今でも立っていない。ひとまずの安息の次は、残る諸悪の根源の対応が待っている、か」


 補佐役の実行班長が頭を下げる。


「申し訳ありません。自分たちの力不足です」


「いやいや、君たちを責めているんじゃない。ダンジョン外へ魔物が溢れる最悪の事態が避けられたのは、実行班の初動が早かったためじゃないか」


 それで、と室長は続ける。


「例のおじさんは目を覚ましたのか?」

「いえ、未だ昏睡中とのことです。しかし、彼の使い魔が知恵を貸してくれました」


「ほう?」

「現在、勇者パーティの魔道士・魔訶まか伊法いのりを主体とする研究チームが、『竜剛』突破の手段を模索しています」


「間に合うのか?」

「正直、かなり厳しいかと」


 だろうな、と苦笑する室長。


「現場は?」

「疑似的なレイド戦状態となり、V全体のレベルが底上げされています。しかし同時に消耗率も大きく、離脱する者も多数。ですが、一人急激に成長しているライバーがいます」


「誰だ?」

紅威くれない凛音りんね。個人のVTuberです。不確定の情報によれば、例の『おじさん』の弟子だとか」


「……魔学系Vと、武闘派Vの連携か。彼らに頼るしかないな」


 ふぅ、と室長は息を吐く。


「わかった。大臣にはそう説明しておく。上への説得は私がやる。現場は任せたぞ」

「了解です」


「くれぐれも無茶はさせるな。新宿が無くなっても、VTuberがいれば日本は戦える」

「承知しています。では」


 補佐役の班長は一礼して、部屋から出て行った。


「では、官邸から予算をふんだくってくるか」


 室長もまた立ち上がり、秘書を呼ぶ。


 自分の首だけで済めば良いが。



 都内・某マンション。


 凛音の部屋。


「師匠は目を覚ましましたか!?」

「いーやまだだよ」


 18時間ほどぶっ通しで戦い続けていた凛音りんねは、シフト管理の役人の何度目かの説得にようやく応じ、ダンジョンから棺桶コフィン経由で、自室へ帰還した。


 コフィンから飛び起きて、サポートに入ってくれている内海に、まずおじさんの容態を確認したが、変わらずのようだ。


「そうですか……」

「それよりハイごはん。食べたらお風呂入ってひと眠りしなさい」


「大丈夫です! まだ行けま……すぅ」

「ほら寝てる! とりあえずメシ食え! そしたら風呂入ってる間に消化されて良い具合に眠れるから!」


「でも……みんなまだ戦ってて……」

「シフト制! 休むのも仕事!」


 いつもののんびりした内海とはまるで違う様子に、凛音リリィもさすがに気圧される。


「今や凛音ちゃんはレイド戦のエースなの! あなたが倒れたらレイドチームも崩れる! いい!?」

「は、はいぃ……」


 凛音リリィはおとなしく従うことにした。チューバーイーツで注文したチーズ牛丼3杯とパーティーサラダと唐揚げ二人前を平らげて、いつも届けてくれるおじさんを思い出して涙ぐみ、歯を磨いて、お風呂に入って、湯船で寝落ちしたところを内海に引っ張り上げられて、半ば眠りながら内海にドライヤーを当てて貰って、ベッドに潜り込んだ。


「ふゎぁ……シーツが……洗ってある……」

「ん、洗っといたよ」


「しゅごいぃ……内海さんお嫁に欲しいぃ……」

「いいから寝なさい。ねんねんころりよ~」


「ぐぅ……」

「良い子だね」


 さて、と内海は伸びをする。ばつん、とボタンがはじけ飛ぶ。


「私も寝るか。ずっとモニタリングしてたしな」


 スマホではない特殊な通信端末から公安のチームメイトに連絡する。


『8時間ほど休息する。監視だけ宜しく』

『了解。田中に引き継ぎます』


「うぃ~」


 自分もシャワーを浴び、いつの間にか玄関に置かれていたバッグから寝間着と寝袋を取り出すと、凛音のベッドの隣で眠りについた。


 そして12時間後――。


「私が勇者パーティに!?」


 ダンジョンに舞い戻った紅威凛音は、魔人討伐の特務隊に選ばれた。


 魔人が、目を覚ましたのだ。



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