第27話 死んでも生きててね
段位が上がっていく。
動きのキレが良くなっていく。
一分ごとに、ひと呼吸ごとに、強くなっていっているのがわかる。
「紅威流――灼火/旋空!」
煌線系魔法の第二階梯、収束閃煌線を右足に宿し、跳躍・加速・滑空しながらの足刀による回転斬り。
ジェット噴射する炎の足でヘリコプターの羽のようにくるくると舞いながら雑魚モンスターの首やら胴体やらを焼き切っていく。
炎が切れ、推進力を失った凛音に、その落下地点を予測したオークファイターどもが殺到してくる。手に手に大鉈を携えて、空中にいる凛音を見上げている。落ちてくるのを狙う気だ。着地狩りとは小賢しい。
――紅威流。
凛音の右手が真っ赤に燃える。火炎系魔法の第二階梯・火炎球を手刀に宿し、爆発による推進力を得ると、自由落下から急降下攻撃へ切り替える。
「灼火/燕撃!」
咄嗟に大鉈を構えられたのは褒めてやるが、しかしそんなもので防げるほど甘くない。ナタごとオークファイターの体を真っ二つに焼き斬った凛音は、着地の衝撃をそのまま使用する。
――紅威流・通勁。
周囲で攻撃を加えようと武器を構えたオークファイター他4体が、一斉に内側から爆ぜた。
着地で生じた力を、敵に通した。
最初のオークファイターを斬った手刀、そして降り立った両足の、計三点が地面に接触している。本来ならばただ床を割るだけの『力』を、地中の魔素を通じて敵の体内へ通し、内側から衝撃を炸裂させたのだ。
七星剣武では、この『力の流れ』を、勁という。
ゆえに『通勁』。
これにより、オークファイター五体を瞬殺。
凛音のレベルがさらに上昇する。
魔力がみなぎる。魔素で構築された肉体が強化される。今まで封じられていた魔法が解放され、さらなる強さを得る。
「ふぅ――」
残心。
両手を回し、丹田に魔力を集め、呼吸を整える。魔力が高まる。魔素が全身に満ちていく。火炎魔法など発動していないはずなのに、陽炎が立ち上ったかのように魔道士の輪郭がぼやける。
その姿が、闘いの化身に見えるのも無理はない。
「――阿修羅か」
現在、魔素の濃度は20層。
それと同等の魔物が出現する。
しかしもはや、ここに凛音の敵はいなかった。
ならばダンジョンは、さらなる深層から敵を呼ぶ。
現れたのは、『六腕』。かつて勇者パーティを全滅一歩手前まで追い込み、つい数日前には凛音をバラバラに切り裂いた『魔王』。
「阿修羅は、あなたたちの種族名じゃなかったっけ」
凛音は臆せず、しかし油断することも無く、半身に構え、ふぅ、と息を吐いた。
言う。
「――やろうか」
「来い、人間」
第75層から第5層まで出張ってきた半魔族に、鉄拳魔道士がリベンジを挑む――。
☆
『六腕の魔王』。
75層のボスであり、頭部の角を除いた身の丈が5メートルを超え、その巨体を錆色の鎧で包み、六本の腕にそれぞれ大ナタ、巨人斧、斬馬刀、破壊槌、十字槍、錫杖を備えている。
現在の最強VTuberである勇者パーティを半壊に追い込んだ半魔族の魔物だが――。
――師匠の言っていたことが、今ならわかる。
六本の腕と魔法による攻撃を躱しながら、凛音は冷静に思考する。
――コイツは本調子じゃない。魔素が薄すぎるんだ。たぶん、勇者パーティが戦った時の1/4程度しか力が出せてない。
錫杖の薙ぎ払いを軽く跳んで躱し、大ナタの縦斬りを回転して躱し、十字槍の突きを翻って躱す。
顔色一つ変えずに自らの必殺の三連撃を回避した魔道士に、六腕は冷や汗をかく。
――どうやった……!?
薙ぎ払いをジャンプで回避したのは理解できる。だが次の縦斬りは躱せないはずだ。相手は空中にいたのだ。羽を持たない人間は中空では身動きが取れない。途中で姿勢を変える技か魔法でも使わない限り。
しかしこの小娘は、火炎魔法で姿勢制御をするのでもなく、跳びながら回った。宙返りをして躱したのだ。
二段跳び?
違う。最初から、そう跳んでいた。
ということは、最初の薙ぎ払いを回避するために跳躍した時にはもう、次に縦斬りが来ることがわかっていなければおかしい。
――未来予知とでも言うか!?
三連撃目の十字槍の刺突もそうだ。こちらは宙返りをした相手を見てから攻撃を繰り出したのに、相手は途中でなにか行動を起こすでもなく回避した。
錫杖を振った時点でこちらの攻撃がすべて読まれていた。
まだ六腕が『やる』と思っていない行動までも。
着地した凛音が、半身のまま、スッ……と一歩近づいてくる。そうして、なんということも無く、小首をかしげた。
放った斬馬刀が吸い込まれるように、たったいま凛音が小首をかしげた空間を薙いだ。
――やはりか……! で、では……!
破壊槌を打ち下ろす。渾身の力を込められたそれはしかし躱された。
凛音はダンスのターンのようにくるりと回って躱し、回転の勢いを使って膝を屈伸させて跳躍する。
凛音が跳躍した後、破砕槌がダンジョンの床を軽々と砕き、破片が飛び散る。
飛び散った破片は、まるでそうなることがわかっていたかのように、跳躍した凛音にとって実にちょうどいい足場となっていた。
――すべて、見えて……!?
「あなたには、視えてないんだね」
七星剣武・天雪。
敵の攻撃がすべて『線』で視える技。
そんな馬鹿げたモノの存在を知らない六腕は、ただただ翻弄され、
「紅威流・凍火/――」
氷槍魔法を右手に纏わせた凛音の声を聴く。
――彼奴の右手の冷気が、燃えるように……!
飛び散る破片を蹴って跳躍し、
「抜刀」
目を見開く六腕の、巨人斧を持つ腕を、凛音の氷の剣がぶった斬った。
『ぐぬっ!』
――徒手空拳だけではないのか!
『おのれぇっ!』
身に染み付いた動きで、五腕になった『六腕』が十字槍を突く。そう来るのが視えていた凛音は、予め背中側に置いておいた氷の剣で槍をさばきつつ最接近、
何も持たない魔道士が、間合いの外から腕を振った。
――空振り……?
そう思ったときにはもう、自らの体を、逆袈裟に冷気の刃が抜けて行く。右脇腹から左肩にかけて、右下から左上へ、斬られている。
凛音の左手には、もう一振りの氷の剣。
逆手に氷槍魔法を『抜刀』し、刃を生み出しながら斬ったのだ。
――二刀、だと……!?
凛音はとっくに思い出している。七星剣武の套路は、本来、二刀で行うモノであると。
――だから、これが、自然。
「収束閃煌線――灼火/旋空」
冷たく燃えるような氷の刃を両手にそれぞれ持ち、閃煌の炎熱を両足に宿し、凛音は踊る。
七星剣武、套路・虎以。
剣の舞だ。
斬り、突き、薙ぎ、払い、表取り、裏返し、斬り落とし、強撃、巻き打ち、足払い、燕返し、不意撃ち、龍尾返し、五月雨斬り、右剣、左剣、八方剣、逆流の太刀。
『ぐおおおおおおおおおおっ!?』
高精度の先読みに、両足の炎熱噴射による空中姿勢制御が加わって、『六腕』はもはや攻撃どころではない。反撃はおろか、五つの腕を全て使っても防御に手一杯、それでも――
――さばき切れん!
一つ、また一つ、腕が落とされていく。何とか致命傷は避けているが、それも絶対魔力量の差による魔素防御の賜物に過ぎない。もし同じレベルであれば、最初の二秒で死んでいる。
「あなたは――」
いつの間にか真後ろの頭上にいる凛音が、言う。
その右手には既に氷の剣は無く、赫灼とした炎が宿っている。魔法としては火炎球だが、そんな威力はとっくに超えている。
「こんな低階層まで来るから、私みたいな格下に負けるんだよ」
――きさっ……!
「紅威流・灼火/剛拳――!」
火炎魔法で初速をブーストされた渾身の一撃が、『六腕の魔王』の脳天に叩き込まれた。
ひとたまりもなかった。
「ふぅ――」
頭部を半壊されて床にめり込む魔王の上で、右腕を高々と上げる。
「凛音…………」
鉄拳魔道士・紅威凛音は、
「てんさーい!」
ここにリベンジを果たしたのだった。
☆
が、しかし、
――まだ息がある……なんてしぶとい!
凛音には、頭部を半壊されて床にめり込みつつも、『魔王』が起き上がって攻撃してくる『線』が視えた。
その前にトドメを刺そうと一歩踏み出して、
――なにっ?
横合いからの攻撃を読んだ。
『Guruooooo!!』
『六腕』が、まるで知能の低い魔物のような雄叫びを上げる。
凛音は右から伸びてきた『線』を視て咄嗟に後退した。一瞬前まで自分がいた場所を、『線』に沿って狼系のモンスターが跳び抜けていった。
――手下の攻撃……! 今の雄叫びは攻撃を命じたものか……!
赤い毛の狼、ブラッディウルフだった。一匹ではない。群れで、凛音を取り囲んでいた。
「……なんだ、てっきり1対1かと思ったのに」
ゆらり、と立ち上がる六腕。すでに左腕は一本、右腕は二本のみで、眼球はひとつ潰れている。
『命のやり取りだ。まさか、卑怯とは言うまいな?』
六腕には勝つ算段あった。
この戦いにおいて、凛音以外の人間は攻撃に参加してこなかった。
援護も補助すらなかった。
他の魔物……20層相当の雑魚どもの相手で手一杯ということだ。しかし、
「残念だよ。せっかくみんなが気を使ってくれていたのに」
魔道士は本当に残念そうに、ため息をつく。いくら凛音と言えど、さすがにこの数の狼と、魔王が相手では――。
とびっきりの笑顔とデカい声で、紅威凛音が叫ぶ。
「みんなー! レイド解禁! レイド解禁! 『魔王』に一太刀でも浴びせられたら経験値が出まーす! 逃げ出す前にボッコボコにしよー!!」
『は?』
「え、マジで!?」
「いいのかよ凛音さん!」
「横取りはマナー違反だから雑魚狩りしながら観戦してたのに」
「あーあ、魔王さん、最後の最後で『格』を落としちゃったなー」
ブラッディウルフが背後からばったばったと蹴散らされていく。
『なに……? なんだと……!?』
「治しますね、凛音さん!」
六腕がかろうじて付けた凛音の傷が治っていく。それどころか、
「バフ、かけまーす!」
「そろそろシフト交代だからな、最後に稼ぐわ」
「みんなー! 動きがゆっくりに視える魔法、いるー? ちょっと酔うけどー!」
「「「いらないでーす!」」」
ブラッディウルフが囲んでいた場所に、今はVTuberたちがいる。
全回復した凛音が笑う。
「卑怯とは言うまいな?」
『き、きさま、貴様らっ……!』
最高の稼ぎ時なのだ。せっかく75層から『魔王』という名の経験値が降りてきてくれたのだ。
「こちとら配信者ぞ」
狩る以外あるまい。
めちゃくちゃ血の気が多くて有名なオーリオン一期生の大先輩(元ヤン)(女)が叫ぶ。
「やっちまえオラー!!!!!!!!!!!」
「「「っしゃああああああああああ」」」
『ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』
三つの腕と一つの眼球では到底抗えない暴力の嵐が『魔王』を襲う。
高レベルの魔物は、ドロップするレアアイテムも多くなるのだ。
「右腕貰った右腕!」
「じゃあ俺ァ足な!」
「角よこせゴラ! なに抵抗してんねんダボが! おとなしく死んどけや!」
「死んでも生きててね?」
どちらが魔物かわかったものじゃなかった。
そうして、素材を求めてぼっこぼこにされた『六腕の魔王』は完全に塵に還って行った。
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