第26話 勇気と希望を与える者
新宿ダンジョン・第5層。
レイド戦場。
「はあああああぁぁぁぁっ!」
「Guruoooo!」
戦士・遠野カナタが、ゴブリンを一刀のもとに斬り伏せた。
「次っ!」
「どんどん来ますよ!」
「回復魔法かけます!」
「魔力管理しっかりね!」
ダンジョン10層から溢れてくる魔物たちを、VTuberたちが事務所の区別なく戦い、押しとどめていた。
「チーム杏仁豆腐、行くぞ!」
「おうよ!」
「はいっ!」
「まーかせてー」
武闘家ヤンと戦士テトが先行し、ホブゴブリンを薙ぎ払う。
その後ろで魔法を放とうとしていたグレーターデーモンを、賢者キャリーの氷槍魔法が一瞬早く貫いた。
そして時空士ヴェノが、フロアにいるV全員の認識速度をアップさせる。勝手に。無断で。
他のVがそりゃもう驚く。
「うお、遅くなった?」
「いや――俺が速いだけか」
別のパーティが、いつも通りに仲良く喧嘩してるチーム杏仁豆腐を見て、
「ヴェノさんか。また勝手に時空魔法使って怒られてるな」
「これ酔うひともいるからなー。強いけど」
個人勢の有力なVたちも多数参加し、魔物を討伐している。
「ヒャッハー! 大規模コラボだぜー! 経験値ざっくざくぅ! あ、チャンネル登録よろしくぅ!」
「レベル上げも魔石も最高効率! 稼げるだけ稼ぎまーす! 24時間耐久チャレンジ中でーす!」
5層とは思えないほどの強力な魔物と貴重な魔石がゴロゴロ出てくる。
飢えた者たちにとっては絶好の稼ぎ期間ではある。
陣頭指揮を執っているは政府ダンジョン庁の役人だ。
「マカダミアさん下がって! もう18時間も活動中です! いったん休んでください!」
「え、もうそんなに……? 道理でフラフラだわ……。お腹空いたー……」
魔法戦士の個人Vが、転移結晶で帰還した。
その隣にいたVたちも、同じように消えていく。
「まだ稼ぐ、まだ稼ぐ、まだ稼ぐ、まだ稼ぐ……あ痛っ!? やっべ死ぬ! 魔道士シルバーゴールド、退きまーす!」
「辻ヒールも限界ですか……。魔力切れです。僧侶クレア、帰還します」
レイドバトル開始から18時間が過ぎ、企業勢も個人勢も、疲労や負傷による離脱者が増えてきた。
無論、交代要員は用意している。だがそれでも、時間が経てば経つほど不利になる。敵の数は増すばかりで、Vの数は減る一方なのだ。
さらに、強力な魔物が突然出現することもある。
「ヘル・ナイトだー! ヘル・ナイトが出たぞぉー! レベル20以下は下がれぇー!」
二本の剣を携えた骸骨の騎士の出現に、Vたちは騒然とした。
「レベル20以下って……ほとんどそうじゃん!」
「逃げろ逃げろ! 死んじまうぞ!」
「マカダミアさんは!? あのひと25とかだろ!」
「さっき休憩入った!」
「タイミング悪ぃー!」
「強い人、強い人はいませんかー!?」
「てか、ダンジョンが見てるんじゃねぇの!?」
「こっちの戦力が薄くなったのがわかってんのか……?」
「囲んで叩くしかねぇ! 戦士職、集まってくれ!」
「こっちで手一杯だ!」
「やべぇ……あの子、やられるぞ……!」
骸骨の騎士が、逃げ遅れた新米の個人Vに襲い掛かる。
「ひょ、ひょえええええっ……!」
腰が抜けたのか、ぺたんと座ったまま、骸骨がゆっくりと歩いて来るのを泣きながら見つめている。
彼女の名はリンス・ダンス・リンス。昨日デビューして僧侶の職業を得たばかりで、パーティを組んで初めての戦闘がこれだった。
最初は簡単な第一層で戦っていたはずが、回復役として5層に呼ばれ、後ろでひたすら治癒をかけていたのだが、緊張と生来のどん臭さによって逃げ遅れてしまったのだ。
「リンスー!」
「逃げろー!」
「ダメだ、間に合わねぇ!」
目の前にいる骸骨の騎士が、長剣を振り上げる。リンスの脳裏に走馬灯が流れる。小さい頃からどん臭かった。100メートル走はいつもビリだし、チビだしデブだし要領も悪かった。それでもお父さんとお母さんは「お前の優しいところが大好きだよ」と頭を撫でてくれたし、Vになると話した時も「たくさんの人を助けておいで」と背中を押してくれた。憧れの人がいたのだ。その人みたいになりたかったのだ。彼女は魔道士で、僧侶の適正しかなかったときは少し残念だったけど、いつか魔法と笑顔で皆を癒せる存在になろうと決意したのだ。いつか出会えたら、彼女にヒールを掛けられたらいいなと思っていたのだ。
長剣がゆっくりと降りてくる。
時間がやけに遅く感じるのは、さっき別の企業の先輩が掛けてくれた時空魔法のせいではないと思う。
だって、視界が、世界の色が、白黒に反転してるから。
――なにこれ?
骸骨の長剣から、真っすぐ自分に向かって『線』が引いてある。まるでその『線』に従って動いているように。『線』は自分の体の正中線を通っていて、この通りに長剣が通ったら死ぬだろうなと思う。
『線』は、それだけじゃなかった。
骸骨の頭と胸部を、背中から貫く二つの『線』がある。今のリンスには知る由も無いが、それは拳士が『弱点がどっちかわからないからどっちも潰そう』と思ったからで、数に大した意味はない。
重要なことは、
「――紅威流、」
長剣よりも早く、そして音よりも速く、骸骨の騎士に『拳をお届け』する魔道士がいることだ。
「灼火/双拳!!」
――パァンッッ!!
音が爆ぜる。ヘル・ナイトの頭と胸が、灼熱を帯びた双つの拳で破壊される。骸骨の足元へ深く踏み込んだ魔道士は、左拳を胸に、右拳を頭に同時に打ち込み、その生命を断ち切った。
両手に纏った炎を、まるで二刀で血振りをするように振るい、地に軌跡を残して、
挨拶。
「こんりんね! 皆に元気と拳を届ける魔道士ライバー、紅威凛音です!」
それは、自分が憧れて、いつも笑顔と元気をくれたVTuberだった。
――推しに命を助けられて死にそう。
「怪我はない? もう大丈夫だよ。私が来たからね!」
手を差し伸べられる。声も出ないまま握る。ほんのりと熱いのは、炎の残滓か、自分の体温か。
「あの……私……」
「うおおおお!」
「凛音ちゃんだー!」
「鉄拳魔道士!」
「待ってたよー!!」
「スーパールーキーじゃーん!」
ようやくお礼を言えそうになったところで、後ろから大勢のVたちがやってきて、紅威凛音を囲んでわいわい讃える。
「えー、自分まだ新人なんで、音頭を取るのはおこがましいんですけどー……」
凛音は、右手を高く上げた。
「みなさん、頑張りましょうー!!」
「「「おおおおおー!!!」」」
調子に乗ってコーレスまでやってみる。
「凛音ー!?」
「「「てんさーい!!!」」」
「わー! 嬉しいー! ありがとうございまーす!」
照れる凛音にみんなが、
「凛音ちゃんが来てくれたら百人力だぜ!」
「いまシフト薄いから助かる!」
「ヘル・ナイトを一撃って……成長率やべー!」
「まだデビュー半年経ってないんでしょ!? やっば!」
「小さいのにかっけー!!」
「わ、私、凛音さんに憧れてVになりました!!」
☆
限定配信で凛音を見守る内海が、眩しそうにつぶやく。
「小治さんが『異世界の英雄』なら――」
それは、人々に勇気と希望を与える者を指す言葉。
「きみは『新世界の英雄』だね、紅威凛音」
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