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第25話 魔学系Vの戦い


「……バレてたか」


 廊下の陰から出てきたのは、魔訶まか伊法いのり


 もちろん今はVの姿ではないから、本名の『渋川しぶかわ心陽ここは』であるが、あえて伊法と呼ぼう。


 伊法は病室へ入ると、すでに顔見知りになっていた飛竜アドに挨拶をする。


「こんにちは、ぬいくん」

『おお、お嬢ちゃんも来たか。妹弟子りんねには会ったかい?』


「会わないように隠れてたんだけどバレてたっぽい。あの子、なんでVじゃない素の状態で勘が良いんだ?」

『そりゃあ七星剣武は『持たざる者の剣』だからな。魔素マナを用いない状態でも使えるってわけよ』


「マジで達人じゃん……。一週間も経ってないのに……」

『見込みがあるぜ。この世界が今後も続けばな』


「魔人……」

『強かっただろ?』


「…………」


 答えられなかった。


 それほどまでに、力の差を感じた。


 伊法は勇者パーティの一人として、魔人討伐へ向かった。探検長から報告が上がってすぐだ。緊急招集を受けて、5パーティ20人からなるクランを編成し、魔人が眠る第10層へ向かった。


 惨敗だった。


 周囲の雑魚狩りですら大変な目に遭った。20層レベルの敵がうじゃうじゃ出てきて、そいつらを他のパーティに任せて、なんとか魔人に辿り着いたが、ほとんど何もできずに負けた。


 その時のことを思い出すと、ぶるり、と震える。


 睡眠状態の魔人ウェルジオン。奴を守る六つの魔術ドローン。戦士と勇者がそれらを破壊して、僧侶のバフを貰った自分が最大最強の魔法を叩き込んだが――無傷だった。


 戦士と勇者が何度も攻撃しても、透明な皮膜に守られて、傷一つつかない。


「あれが『竜剛りゅうごう』ってやつなんだね……。まるで私たちの職業ジョブみたいだ……」

『良いところに気づいたな。原理は似ているぜ』


「なにも出来なかった。三分も経たずに、敵の魔術ドローンが復活・・したんだ。そこからは総崩れだった。挙句に三つ目の瞳が開いて――」


 自分たちを薙ぎ払った。


 伊法は横に真っ二つにされた。魔素マナの肉体で出来た自分の中身を見る羽目になった。


「内臓までちゃんと赤かったよ……。怖かった」


 あの場所では転移結晶が使えないため、撤退するのも大変だった。


 参加してた探検長の道化師スキルで何とか逃げ帰り、回復魔法を受け、わずか3時間前に目覚めたばかりだ。


 なお探検長は『もうタネが付きました! もう通用しませんよわたくしの手品は!』と嘆いていた。


「真っ二つになっても、生きてるなんてね……」

職業ジョブを得た変奏体だからな。職業ジョブの方で肉体と魂の形状を記録してンのさ』


 はぁ、と伊法がため息をつく。


「生きてたのが奇跡だよ……」

『生きてりゃ何とでもなるさ』


「私はもう、あそこには行けない。立ち向かえないよ……」


 顔を覆う。完全に心が折れてしまった。


 『六腕』の時とは違う。あれはまだ希望があった。勝ち筋があった。自分は気絶したが、そのおかげで恐怖というものはそれほど感じなかった。


 だが今回は違う。


 圧倒的な力で打ちのめされて、身体を分断させられたのだ。


 地べたに這いずりながら、ゆっくりと倒れていく自らの腰から下を見た。その断面を見た。どくどくと動いている肉と真っ白い骨と夥しい鮮血が、自分のものであるとどうしても信じられなかった。


 もう動かせる下半身なんて無いのに、感覚だけは残っている。だから脳が『無い』ことを理解できていなくて、必死に信号を送っている。今すぐ立ってここから逃げろ、膝に力を込めて腰を浮かせて走れ、と。


 無茶を言う。


 無いのだ。


 膝も腰も。


 ただ、手に届くところに、自分の足がある。


 でもそれは、この身体と繋がっていないのだ。


 それが酷く不思議だった。


『嬢ちゃん? 大丈夫か?』

「え……?」


 飛竜ぬいの声に呼び戻された。記憶から現実に。


 がたがたがた、と気が付けば足が震えている。立っていられなくなって、椅子に座る。座ってから、いまくっ付いているこの足は、本当に自分の足なのだろうか、と疑問に思う。


「ある。ちゃんとある。繋がってる……繋がってる……っ」


 太ももに触れて、膝を撫でて、感覚を確かめて――ぽたぽたっと涙が落ちた。


「あんなの……あんなことをされて……なんで……」


 戻ってきた太ももに、涙の雫が落ちていく。


「あんなに……バラバラにされたのに……なんで凛音あのこは、あんなに元気でいられるんだ……?」


 己が分割・・されてわかった。あの恐ろしさは尋常じゃない。『死』に飲まれた冷たさと寒さは、一度味わったら二度とは戦えない。


 なのに凛音は、魔王にバラバラに解体されたんだ。しかもその後、一度『死んでる』んだ。


 あの痛みを、あの怖さを、何倍も濃縮して飲まされたんだ。


 正気じゃない。


『アンタが普通さ』


 飛竜ぬいが笑う。


『凛音が、おかしいんだよ。異世界あっちにもたまにいる。戦場に出るとネジが何本も抜けちまう奴がな』


 すがるように、飛竜ぬいを見上げた。


 ぬいが笑う。


『あいつぁバトル馬鹿なんだよ』


 つられて、こっちも笑ってしまう。


「そう、かもね……」


 ハンカチで目元を覆う。布に涙を吸わせた。


『嬢ちゃんたちの挑戦だって無駄じゃあなかったはずだ。情報は持ち帰って来られたんだろ?』

「うん。そのことで話がある」


 伊法はバッグから封筒をいくつか取り出した。


「私ね、おじさんと文通してたんだ」

『文通!?』


「ラブレターの返事としてね」

『そりゃあ……アンタ、いいのか……?』


「平気。おじ様もその話題には触れないようにしてた。ちょっと悔しいけど」

『まあ……アンタが良いっていうなら……いいか……』


「お手紙交換だよ。近況報告とか。だから文通」

『そういや旦那が書いてたと思ってたが、あれがそうか……』


「でも、普通の内容だけじゃなくて、魔術のことも色々教わった。知ってるかもしれないけど、私、事務所ギルドを跨いで、VTuberの研究チームに入ってるんだ。魔法とか魔術とかいろいろやってる」


『魔術ってことは――』


「『竜剛』――魔人の防御を破る方法を、私たち魔学系・・・のVで見つける。アドさんには、その手助けをして欲しい」


 泣いていた伊法はもういない。


 ここにいるのは、オーリオン所属VTuber、現在最高レベルの魔道士、魔訶伊法だ。


「魔人を倒す」


 自分はもうあそこへは行けない。勇者たちとは、もう二度と一緒に戦えないだろう。


 だが、ここからだ。


 魔訶伊法の戦いは、これからなのだ。



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