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第24話 決意


 18時間後。


 政府ダンジョン庁。


 水鏡みかがみミカン探検長の報告により、ダンジョン庁は大騒ぎになっていた。


 役人が二人、上の部屋から窓ガラス越しに、その様子を眺めている。


 ダンジョン庁の実務上のトップである室長と、その補佐役の実行班長だ。


 補佐が、


「探検長が配信ではなく動画スタイルで救われました。おかげで一般市民のパニックが抑えられます」


「庁内ですら既にこのパニックだ。情報封鎖の判断は正解だったな。で、現在の状況は?」


「勇者パーティがクランを組んで魔人ウェルジオン討伐へ赴きましたが……」

「ダメか。全員無事なんだな?」


「生還しました。魔法で負傷は完治。後遺症もほぼ残らず、すぐに再出撃できると」

「いや、少し休ませた方が良い。Vは貴重な人材だ。戦闘内容は?」


「取り巻きは突破できたものの、魔人本体にダメージを与えられないようです」

「特殊な庇護膜があるということだったな。『竜剛』と言ったか」


 厄介だな、と室長は唸る。


「ダンジョンの様子は?」

「新宿ダンジョン10層が、20層並の魔素マナ濃度になっています。数日以内には100層並まで上がるだろうと予想がされています」


魔素マナ濃度が高ければ高いほど、強い魔物が発生する。発生した強い魔物がダンジョン外に溢れ出そうになる……ということだったな」


「はい。現在、うち(政府ダンジョン庁)と、オーリオン事務所ギルドの主導で、企業・個人無関係に、VTuber全員で対処中です。なんとか5層で食い止めています」


「マスコミとネット対策は?」


「一般的な魔物暴走スタンピートと説明してあります。他国からの侵略陰謀論など、各種ミームでネットを汚染していますから、三日ほどは実情が露呈することはないでしょう」


「だが大元である魔人ウェルジオンを倒さなければ無意味だ。5層はいずれ突破される。魔人が完全に目覚めれば、新宿ダンジョンから魔素マナがあふれ出し、新宿は人が住めない土地になる。そして……」

「最終的には日本各地のダンジョンが呼応して同じ状態になり、魔素マナ汚染された日本は壊滅する……ということですね」


 ふぅ、と椅子の背に持たれた役人が言う。


「最悪のシナリオだな。私の首だけで回避できそうか?」

「大臣も巻き込めば、なんとか」


 政治的な責任が必要になる。


「例のチューバーイーツ最強おじさんか。彼と、その使い魔の飛竜から情報が得られれば光明が見えるが」

「その条件が、『これ以降は我々に干渉しないこと』」


チューブに巻かれるのは御免ごめんと言うことだな」

「生体サンプルが取れないのは痛手ですが」


「公安も動いているそうじゃないか」

「結果は芳しくないようです。情報の共有がなされないので不明ですが」


「だろうな。ま、おじさんには協力者であって頂こう。おじさんと言っても、私の子供くらいの年齢だが」

「私の十個下ですね。まだ若い人材だ」


「公表できない筋からの情報と、ダンジョンによる大災害……これは確かに、防災大臣の首も飛ぶな」

「設立から十年。これで三人目ですか」


「人智を尽くそう。で、そのおじさんは?」

「まだ目を覚まさないそうです」


 天を見上げ、室長は呟く。


「ダンジョンの向こうの世界から帰還した、『英雄』か」


 まだ日本こちらに未練はあるのか? と、心中で呟いた。



「なんで出てっちゃったんですか……」


 都内、大学病院。


 治療のためにチューブに繋がれたおじさんが眠っている。


 医師によれば、魔素マナ中毒が酷いという。このまま目を覚まさず、衰弱死する可能性もあるらしい。


 それを聞いた凛音リリィが、傍らでおじさんの手を握ったまま、泣いている。


「しばらくダンジョン配達は休むって、言ってたじゃないですか……なんで……」


 飛竜ぬいのアドが、


「仕方ねぇさ。旦那は昔からそうだ。いくら止めても聞きゃしねぇ」


「余生を……余生を過ごすって言ってました。この日本で。それって、もう、余命が少ないっていう意味なんですか……?」


 アドは言いにくそうに、


「似たようなもんだ。異世界あっちにいた頃から無理ばかりしてたからな。本人も長生きはしようとは思ってねぇだろうさ」


「そう、ですか……」


 ぼたぼたと涙がこぼれる。涙の雫を受け止めたパーカーの胸部分がどんどん染みになっていく。


「アドニキの言うことも聞かないんじゃ、私が言っても無駄ですね、きっと……」

「……かもな」


 もしも、おじさんの考えを変えることが出来るとしたら、それは――。


――奥さんしかいねぇ。でももう奥さんも死んじまった……。


 アドはもう諦めている。いや、覚悟を決めている。


 自分は無力だ。それは、“竜”としての力をほぼ失ったという意味でもあるし、おじさんを救うこともできないという意味でもある。


 おじさんと奥さんは、邪竜として、自我を失って暴れまわっていた自分を救ってくれた恩人だ。しかし同時に、自分よりも遥かに寿命の短い人類種族ニンゲンでもある。


 何千年と生きてきた邪竜アドバリオンにとっては、100年が40年に減ろうと、大して変わりはしない。人間でいえば、10ヶ月が4ヶ月になった程度だ。己のスケールで考えれば、一年にも満たない。


 寿命を延ばそうとして生きる意味を失うなら、その方がよほど罪だ。


 何千年、個体によっては何万年も生きる“竜”。そのせいの半分以上を使っても、『生きる意味』を得られる個体ヤツは少ない。


 本能のままに人類種族を食らい、本能のままに星を支配しようと暴れ、疲れたように眠る。


 そんなことに、なんの楽しみがあろうか。


 “おれ”たちは、あの世界を支配して、どうしたかったのか。


 我らが生まれた時代――既に亡き『神代の世界』を取り戻そうとして、新しき人類と戦い、滅ぼし、滅ぼされ、挙句の果てには長い年月で自我を失い、『生命』ではなく『災害』として処理される。


 そんな生き様に何の意味がある?


 ならば。


――旦那。アキト・オージ・アッシュウィーザ。俺はお前の生き様を誇らしく想い、尊敬する。


 ならば自分の命も、この男と等しくあるべきだ。


 この男が死するとき、自分もまた塵に還ろう。この異郷の地で。この男の故郷で。


 飛竜アドは、眠るおじさんをじっと見つめて、静かに決意を改めていた。


――唯一の気がかりは……。


「うぅ……師匠……」


 この娘。旦那の、おそらく最後の弟子。七星剣武の最後の後継者。


――異世界あっちにも弟子は大勢いた。モノになるやつもたくさんいた。だが日本こっちではこの娘だけか。


 ここで泣き崩れたままか、それとも――。


「それが、師匠なんですよね……。お腹を空かせているひとに、助けを求めているひとに、勇気と希望とごはんを届けるひと……。だったら……!」


 ぐいっと涙を拭って、凛音リリィは立ち上がる。


「私も戦います! 師匠みたくなれるように!」


――よく言った。


 アドは微笑む。旦那の志を継ぐ者は、確かに日本ここにいる。


『なら、俺も手伝うとするか。ダンジョン庁とやらに色々聞かれてるんでな』

「はい! アドニキの知識は、ぜったい必要になると思います!」


『もう、俺も旦那も助けに行けねぇ。嬢ちゃん、それでも行くんだな?』

「もちろんです!」


『また六腕にぶった切られても、そのままだぜ?』

「もうやられません!」


 ぱしっ、と凛音リリィは拳を合わせる。


「次に会ったときは、私がぶっ飛ばしてやります!」

『いいね! それでこそ七星剣武――いや、紅威流! 気張ってきな!」


「はいっ!」


 凛音リリィは荷物をまとめて、眠るおじさんと飛竜ぬいに一礼して、


「行ってきます!」


 と病室を出て行った。


 廊下で、誰かが隠れたような気がして、


――そちらはお願いします。


 と、頷いた。



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