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第23話 天星


「この雑魚の数、そして魔族。――探検長たんけんちょう! 申し訳ありません。自衛じえいをお願いできますか?」


「もち! やってやりますよ! おじさんは!?」


 探検長が勇気を振り絞って答えると、おじさんは肩越しにわずかに微笑み、


「掃除だけは、します」


 そう言って、おじさんははしる。


――七星剣武しちせいけんぶ天雪てんせつ


 探検長の眼にも見えた。時間が停止し、色が反転し、大小さまざまな『線』が行きかう世界が。


――なにこれ? 面白っ……!


 と思ったときにはもう、おじさんが雑魚モンスターたちを『線』に沿って切り捨てていく。


 両手に一本ずつ持った、出刃包丁で。


――なんで出刃包丁!?


 銃刀法違反になるからである。


 そして、魔力刃を作れないほど、おじさんの容体が悪いからである。


 そうとは知らない探検長が、


「おじさん武器いりますかっ!?」

「ありがたい。頂けますか」


 言うが早いが、探検長は自分の空間圧縮バッグから一対いっつい二本にほんの大剣を投げる。双子のように形は同じで、それぞれに風と雷の属性が付いている。


「こないだ70層で採掘した激ヤバ双剣です! わたくしは怖くて使えませんでした!」

「これは凄い!」


 おじさんは風と雷を操って雑魚を蹴散らす。


 魔素マナの風は敵を切り裂き、魔素マナの稲妻は敵を焼き滅ぼしていく。


 敵全体の三割ほどを滅ぼしたところで、


「はぁ、はぁ、はぁ……はぁっ!」


 おじさんは地を蹴った。やみくもに動いていたわけではない。祭壇への道を切り開き、玉座で眠る魔族へ向かう。だが、


――う、ぐっ……!


 魔素マナが濃い。近づけば近づくほど、海に潜ったように体が重くなる。息が出来ない。でも止まってはいられない。


――天雪!


 時を止め、『線』を読み、そして、


――なんということだ。


 魔族の額にあった『奇妙な線』が開いた。


 それは、だった。


 魔人ウェルジオンの三つ目の瞳が、地を踏んで右大剣を振りかぶったおじさんを見る。天雪の『線』は消えていない。だが増えた。こちらを貫く矢のようなそれが。


 速い。


 極細の熱線が瞳から放たれる。それはしかし、『六腕』がかつて放ったモノの数倍の威力だった。あれをレンズのように収束させて放ったのだ。


 直撃は、けた。


 かろうじて。


 おじさんを生き延びさせたのは、20年間積み上げてきた経験に他ならない。すでに躱せない間合いであり、防御のために残しておいた大剣一本で弾こうとするのではなく、咄嗟に二本で交差させなければ防ぐことは叶わなかった。


 時価2億はくだらない双子大剣が、一瞬で蒸発する。


 大剣を貫いた熱線はおじさんの脇腹をかすると、ダンジョンの壁を焼いて遥か彼方まで掘削していく。


 おじさんは吹っ飛ばされながら、


――凍結すいみん時の自動反撃……! それくらいは当然やるか……!


 自身も備えている行動である。それ自体に驚きはない。だが今は時間が惜しい。


 コイツをこのまま放って目覚めさせれば世界が滅ぶ。


 一秒も迷わなかった。


「――アド! 彼女を頼む!」


 相棒の返事を待たずに、おじさんは切り札を使用する。


 おそらくこれをやれば自分は助からない。だがそれでも、


――この魔族だけは、ここで倒さねばならない。


 いつかこんな日が来ると思っていた。


 いつ来ても良いと思っていた。


 だって、余生だから。


 異世界あっちで全てやりきった。愛する人も、信じられる人々も出来た。偶然にも故郷に戻れた。奇妙なことに、そして幸せなことに、多くの後継者がいた。


 異世界あっちで多くのひとを見送った。仲間も、先達も、後輩も、名も知らぬ兵たちも、すべてが平和のために命を賭した。妻でさえも。


 ならば次は自分の番。


 期せずして辿り着いた故郷のダンジョンで、己の最期の技を撃つ。


 ためらう理由はどこにもない。――本当に?


「……本当だとも」


 自分に言い聞かせるように、そう口にして。


 おじさんは『剣術』と『魔術』を融合させる。


 祭壇の下。ツルハシを振り回して雑魚を倒して自分の身を守っている探検長がいち早く異変に気付いた。


「なにこれ……?」


 蛍のように。雪のように。


 周囲に、夥しい数の、光る球体が生まれる。いや、生まれたわけではない。それはダンジョンにもともとあったもの。


魔素マナが……光ってる……?」


 50層レベルまで集まっていた魔素マナ火薬・・として用い、己の下へ収束し、魔力砲撃として放つ絶技。


 空中に足場を作ったおじさんが、


――七星剣武。


 高く上げた人差し指を、指揮棒タクトの如く振り下ろした。




――無刀むとう天星てんせい




 まるで、指し示した天の星を、堕とすかのように。


 祭壇を振り返った探検長の視界が真っ白になる。玉座に眠る魔人へ向けて途方もない威力の砲撃が繰り出されている。たった1層分の魔素マナを注ぎ込んだだけでも『六腕』は消し炭になるだろう。それが50層分。しかも階層は深くなるごとに濃度も深まっていくのだ。


――こんな光、


 探検長が両手で顔を覆いながら、


――触れただけで蒸発するでしょ!!


 不思議な泡が自分を守っている。それが職業ジョブの霊殻が起こしたものだと理解している。


 遥か異世界で、人類種族を守るため、対魔物に開発された叡智の光。


 霊殻を纏ったものを例外なく守り、魔素マナによって生まれた怪物を等しく滅ぼす光だ。


「これが必要になった世界って、どんだけヤバいんですかー!!」


 絶叫した。


 徐々に光が薄れていく。周囲にあれだけいた魔物が綺麗さっぱり消えている。最初からいなかったかのように、塵すら残っていない。


 祭壇すら消えてなくなっている。めちゃくちゃ固かったあの岩で作られたはずなのに。


「うわ、おじさんっ!?」


 落ちてくるおじさんを見て、探検長が受け止めた。


「大丈夫ですか!」


 呼吸はある。敵は倒した。ひとまず地上へ戻ろうと立ち上がって――殺気が今すぐ上から、


「――っ!」


 斥候スキルで咄嗟に回避した探検長は、自分がたった今いた場所が綺麗にくりぬかれているのを見た。


 熱線で。


 顔を上げる暇もない。


「ちょっ、ちょちょちょちょっ!?」


 一つどころじゃない。二つ、三つ、四つ、五つ以上の射線・・が自分たちを狙っている。おじさんを抱えて勘で熱線を躱しながら、一瞬だけ敵を視界に入れた。


 魔人が、生きている。


 眠ったまま、宙に浮いて、立っている。


 その周囲には、同じように浮いた円錐状の物体が複数。魔術によるドローン兵器に違いないと探検長は思う。そいつらが、(先ほどの『瞳』に比べれば)低出力の熱線を撃っているのだ。


――ていうか、あの砲撃をどうやって生き延びた!?


「『竜剛りゅうごう』……あと二秒あれば、貫けたんですが……残念です……時間切れとは歯がゆい……」

「おじさんっ!? 目が覚めたんですね!」


 円錐ドローンから熱線が放たれる。探検長はおじさんを担いだまま走る。


「敵の狙いは……僕でしょう。探検長は早くお逃げ――」

「んなことできるわけないでしょうがぁ!」

『よく言ったぜ嬢ちゃん!』


 飛竜がいきなり横にいた。


「おわ敵!?」

『味方だ! ずらかるぞ!』


 いつの間にか飛竜の背に乗っている。


『今の砲撃でダンジョンの壁に穴が空いた! 何でもいい! 目くらましを――』

「道化師スキル・脱兎!」


 飛竜が言い終わる前に、その背に乗った探検長の両手から百匹の使い魔ウサギが出現して目隠しの壁になる。敵ドローンはこちらを見失ったのか熱線がそれた。


 ウサギは分裂してまたウサギを生み出してあっという間にフロアを埋め尽くす。ネズミ算式に増えていく寸法だ。ウサギなのに。


「もういっちょ道化師スキル・ミラージュボール!」


 カッ! と七色に光るミラーボールが上空に生み出された。フロア中を派手な光ギンギラギンにすると、探検長の虚像をいくつも生み出す。偽物による攪乱だ。そして、


「「「全員、点呼てんこー! みなさーん! 今日はわたくしのソロライブに来てくれてありがとー!! たくさん楽しんでってくださいねー!!!」」」


 アイドルの姿をした何人もの探検長が、ウサギのステージの上で魔人相手にライブをり始めた。


 魔人はじっとそれに聞き入っている。あの歌もまた魔曲。耳にした相手を惑わせる。もって一分だろうが、今はその一分が欲しい。


 驚いたように笑う飛竜の声、


『はっはっは! やるじゃねぇか嬢ちゃん!』


「当然! こと『魅せる』ことに関して、道化師の右に出る職業ジョブはいないんですよ! まぁおじさんが来てくれなかったら出口無かったんでどっちみち死んでたんですけど! ほんと助かりました!」


『なぁに、嬢ちゃんのおかげで魔人も覚醒前に見つけられた! こいつぁデカいぜ! 一日でも遅かったら手遅れだった! それに旦那も生きてる! 生きてりゃ良いことある!』


「よっしゃー! 生き延びるぞー!!」

『「おー!!」』


 一人と一匹が、おじさんを担いで死地から脱出していく。


 ウサギの使い魔を全て焼き尽くした魔人の、三つ目の瞳が再び閉じる。


 飛竜の背の上で、同じように目を閉じたおじさんは、


――凛音リリィ……。すまない……。


 亡き妻と弟子を混同していることにも気づかず、意識を失った。



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