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第22話 ダンジョンの意志


 探検長たんけんちょうこと水鏡みかがみミカンは、湯河原ダンジョンで発見した魔石発掘のためにダンジョンを掘っていた。だが、


「あれ? ここ、新宿? 10層【裏】ってなんですか……?」


 湯河原ダンジョンを掘り進めていたはずなのに、いつの間にか新宿にいた。


 斥候スキル・地図化マッピングで作成した光の地図には、新宿ダンジョン第10層【裏】とある。


 さすがに物理的な距離を掘っていたわけではないと思う。体感では3時間程度なのだ。しかし、


「ん? 時計の調整が始まって……一週間経ってる!? 嘘でしょ!?」


 ウィンドウのすべての時計が時間合わせのためにくるくると回って、一週間と三時間後を示す。


わたくし……一週間もここにいたことになるの……? うわぁ……スケジュール空けといてよかったぁ……!」


 とはいえ、一週間程度ではさすがに湯河原から新宿まで掘り進めるのは不可能だ。


「どうも『今の区間』を進んでいる間だけ、時間の流れがおかしくなるみたいですね……」


 そう結論付けて、周囲を再確認する。


 広い空間だった。


 まるで隠し部屋だ。通常の10層からは辿り着けないようになっている。地図を見ても、ほぼほぼエリア外に位置している。探検長のような採掘師マイナー職業ジョブでないと辿り着けなかっただろう。


「新宿ダンジョンの隠し部屋の入口を、湯河原に作った……?」


 慎重に進んでいく探検長。まだ、ソレ(・・)とは出会っていない。


「もしかして、湯河原じゃなくても良かったのか? 要はこの隠し部屋にたどり着きさえしなければ……ていうかここ、隠し部屋って言うより、まるで……」


 自然に出来た神殿。


 探検長の目には、そう映る。


「なんか……ダンジョンの意思・・みたいなものを感じますね……」


 ダンジョンは人間は負の感情を糧にして、魔素マナと魔物を生む。


 何らかの意思があると、探検長や研究者は考えている。


 その意思が、人間に見つからないよう隠し部屋を作り、そして――。


「あ、この石、ここに繋がってたんですね」


 ずっと隣を掘ってきたはずなのにいつの間にか消えていた岩石を発見。それはずっと上の方へ伸びていく。まるで植物のように。


「いったいどこへ――は?」


 岩石の樹木を目で追っていく探検長は、頭上にそれを見た。


 それは、石で作られた祭壇。


 祭壇の中央には、玉座。


 そこで、一体の魔物が、眠っていた。


 体躯は普通の人間とさほど変わらない。せいぜい2メートルといったところだろう。


 頭部にある、前方へ湾曲した二本の角以外は、取り立てて恐ろしい姿ではない。額にある『縦の線』も奇妙ではあるがそれだけだ。あの六腕の魔王の方がよほど怖い見た目をしている。


 だが、その魔力を感じ取り、震えあがった。こいつは――




――じゅ、純粋魔族……!?




 六腕の魔王が半魔族なら、こいつは純粋なる魔族だ。


 人間への被害の大きさから『六腕』を魔王と呼称してきたが、探検長は知っている。こいつの方が遥かに強い。


――なんで、こんな低階層ところに……!


 探検長が純粋魔族を見るのは二回目だ。


 一度目はデビュー当時、偶然、目にした。


 転移ポイントのバグで、深層から迷い込んできた魔族が自分たちと同期数名を襲撃し、そして魔素マナ濃度の低さに耐えられず、帰って行った。


呼吸いきができん」


 とか言って。


 こちとら半死半生になったんだぞゴルァ、と思わなくもない。


 あの当時は職業ジョブを得たばかりで、配信も探索も覚束ない初心者だった。よく生き延びられたと思う。


 そして現在、一期生としてそれなりの経験を積み、職業ジョブレベルも上げ、再び純粋魔族を見て――


――し、死ぬ……!


 今ならわかる。奴の恐ろしさが。魔素マナで作られた霊殻にびしびしと感じる圧が。


 斥候スキルで敵を調べる。ダンジョンの歴史記録帯レコードに記録された情報から、玉座で眠る純粋魔族の正体を検索する。




 真魔王・赫竜かくりゅうウェルジオン――その七分の一。七つに別れた分体の一つ。


 生息域:350層。


 推奨パーティレベル:各350。




――レベル350!? なんですかコレ! こんなのが目覚めたら……!


 探検長はビビりながら後ずさる。


――新宿どころか、東京……いや日本が吹き飛びますよ!!


 魔族がいるのは100層以下……と予想されている。魔素マナの濃度も格段に違う。


 眠っているのは、魔素マナの薄さに、体を慣らすためだろうか。


――違う! こいつ……!


 探検長は霊殻にみなぎる力が通常よりも強いことに気が付く。10層のそれじゃない。もっと深層の、魔素マナの濃さだ。


 発生源は玉座の上部に設置された禍々しい魔石。


――この10層を、100層並の魔素マナで満たそうとしている……!


 必然、ダンジョン外にも魔素マナがあふれ出す。


 当然、モンスターもあふれ出す。


 魔素マナ症とモンスターで、街は終わる。


 そのうえこいつが目覚めれば――。


――今のうちに殺す? いや無理! 気付かれていないのが奇跡! わたくし任務やくめはこの情報を持ち帰ること!


 先ほどから電波が遮断されている。配信はおろか電話も出来ない。


 現在の魔素マナ濃度はだいたい50階層。


 こいつが最低限の活動が出来る100層まではまだ猶予があるはずだ。どれくらいのペースで濃度が上昇していいるかはわからないが、データは取ってあるから持ち帰って調べればいい。


 探検長は慎重に後ろへ下がっていき、


「……くそがよぉ」


 すでに遅かったことに気が付いた。


 包囲されている。


 身を隠していた敵に。


 自分の斥候レベルは20だ。これだけでも一人前として十分やっていける数字。


 だが、


魔素マナ濃度が50層まで上がっているということは、出てくる敵も50レベルまで上がってるってことですか……。そりゃあわたくしの索敵レベルじゃ感知できませんね……」


 出てきたのは、パイロレクスにワイバーン。そしてオークやゴブリンまでいる。ざっと100体。


 強力な魔物から、比較的レベルの低い奴らまで強化されている。


 玉座の祭壇を荒らす者を、逃がすつもりは無いらしい。


 転移結晶は、なぜか起動しない。


「上等ですよ」


 探検長は、ツルハシを肩に担ぐ。


 道化師からスタートした職業ジョブは、レベル25前後で転職を繰り返した。斥候、戦士、武闘家、魔道士、僧侶……。


 そして上位職・採掘師。


 ここまで多くの職業ジョブを経験したVTuberは、そうはいない。


 会得してきたスキルのどれもが一流であり、一芸ではなく多芸に秀でた万能ライバー、オーリオン一期生・水鏡ミカン。


 勇者パーティのような攻略ガチ勢ではなくとも、その実力は本物だ。


「8年間、VTuberとして生き残ってきた古老の悪あがき、見せてやりますよ! オラァ、かかってこいやー!」


 探検長は啖呵を切り、


「「「|Gurulooooooooooグルォオオオオオオオオオ!!!!」」」


 魔物どもが雄叫びを上げ、


 決戦の火ぶたが切られ、


「なわけねーっつーの!」


 なかった。


 両手に五本ずつ持った発煙筒を投げてばら蒔き、飛び込んできた魔物の目を潰した探検長は、一目散に出口へ走る。


「いくらわたくしが最強可愛い採掘アイドルでもこの数のファンは相手にできねーですよ!」


 目指すは掘ってきた穴。幸い穴の近くにはゴブリンくらいしかいない。探検長はツルハシをぐるぐる回しながら雑魚どもを薙ぎ払っていく。


「うおおおお! 死んでたまるかー!」


 逃げる逃げる逃げる。


 だが、入ってきた穴はどこにも見当たらない。消えてしまっていた。


「嘘でしょ!? やば死ぬ! って、クーポン出た!?」


 電波すら入らない状態なのに、なぜかチューバーイーツアプリからクーポンが届いた。これが噂のお助けクーポン。なんでもいいから助けてくださいと思いつつ「クーボンを使いますか? Y/N」のYesボタンを連打。薄くなってきた煙幕の向こうからパイロレクス3体が炎を吐こうと息を吸う。


「おまたせしました、チューバーイーツです」


 放たれた火炎は、突如現れたおじさんの目の前で、ぐるぐると収束する。


 まるで、おじさんが炎を操ってかき混ぜているかのように。


 綿あめみたいだと、探検長は思った。


 まとめた炎をそのまま返し、火に強いはずのパイロレクスと、その周りにいた大勢のゴブリンやオークを巻き込んで、大爆発させた。


「お、おじさんっ! うわぁ、会えて光栄です!」

「こちらこそです、探検長。いつも動画を拝見しております」


 振り返ったおじさんは、マスクをしていた。


「ごほっ、失礼。少し風邪気味でして……」

「だ、大丈夫ですか?」


「ええ、配達に支障はありません。しかしこれは、なるほど――」


 おじさんは頭上を見る。


 純粋魔族――魔人ウェルジオンの玉座を。


「“竜”の分体……六、いや七分の一といったところですか」

「え、すごっ! なんでわかるの!? 記録帯レコードは『真魔王・赫竜かくりゅうウェルジオン』って言ってます!」


「なるほど、魔族の体を得た“竜”。さしずめ、『魔人ウェルジオン』。これは厄介です」


 ごほ、とおじさんが咳をして、


「さすがミカン探検長。あと一日でも発見が遅れたら、この世界は滅んでいましたね」

「だいぶマズい感じですよねこれ!?」


「はい」


 おじさんは短くそう答え、


――残り一分。倒しきれるか。


 脂汗を垂らしながら、探検長だけでも(・・・・・・・)逃す可能性を探る(・・・・・・・・)




 朦朧とする意識の中で、異世界から日本へ戻ってきてからのことを思い出す。


 時代は進んでいた。


 ひとは優しかった。


 取り残される焦燥感も、大して覚えなかった。


「リリィ――これからいくよ」


 いつ訪れてもおかしくない日が来た。


 そのつもりで、今日まで生きてきた。


 余生。


 余りの人生。


 ついえるときが、遂に来たのだ。



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