表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/20

第19話 大きすぎるモノに振り回される人生。



「いかがでしたか?」


 体育座りで呆然とする凛音りんねこと赤井リリィは、おじさんの笑みに現実へ戻された。


 なにか、とてもきれいなものを見た。


「なんていうか……体操のような、ダンスのような……あ! これ別に『武というより舞』って煽ってるわけじゃないですからね!?」


 おじさんは、あははと笑う。


「武術も舞踏も似ています。その感覚は正しいですよ」


 おじさんが凛音リリィに見せたのは、武術の型だ。七星剣武では套路とうろともいう。


「ここはこうやって――」


 と、おじさんは一通りの動きをやって見せた後、


「やってみましょう。さぁ立って」


 凛音リリィにそう促した。


「ハイッ!」


「最初の動きはこう」

「こう……」


「次はこう」

「こう……」


「そしてこう」

「こう……」


「素晴らしい! すべてあっていますよ!」

「ありがとうございます! ゲームのチュートリアルばりに褒めてもらって嬉しいです!」


 そうして一通りの動きをやってみたあと。


「では、通しでやってみましょう」

「ハイッ!」


 緊張気味の凛音を見ながら、「始めましょう――套路・『虎以こい』」


 おじさんの目の前で、凛音リリィが踊る。


 足は肩幅。脱力して自然体。体は両足の親指ではなく、足裏全体で支える。


 ゆらり、と川が流れるように動く凛音リリィ。両手で大きく円を描きながら、掌打や肘打ち、手刀を繰り出していく。


 この『虎以』という初歩の套路は、一式から五式までを循環まわして連結させる。曲をリピートするイメージだ。


 両手で円を描いて身体を運動させるのは、お腹に魔力を収束するイメージを肉体に覚えさせる意味もある。これだけで魔法および魔術の質が格段に上がる。


 凛音リリィの動きは、当人の感想通りに『体操』であり『舞』であった。だが――。


――もう覚えている……?


 ミスが無い。ところどころ、動きに振り回されている部分はあるが、型自体は間違っていない。


 彼女自身には、ダンス経験も格闘技経験もないはずだ。


 だが、職業ジョブを使った戦闘では、『なんか身体が勝手に動く』と魔道士なのに武闘家みたいなことを宣って殴りに行っていた。


 他の武闘家ライバーの動きを見ていたらしい。


 しかしそれだけで、あそこまで戦えるだろうか。


――やはり本物……。


 目が良い。


 だがそれだけでは説明がつかない。動きの一つ一つの意味を、身体が無意識に捉えている。


 脳ではなく、肉体……いや、魂?


 魔力の使い方を生まれながらに知っていたような。


 凛音リリィがぐるりと両手を回す。右手は上に、左手は下に。


 腰を落とす。ぐにゃり、と柔らかい身体が床に下がる。これは回避運動と唐突な下弾攻撃へのカウンターを兼ねている。


「わ」


 その際に少しだけ前方に荷重がかかってしまった。バランスを取るのが難しいらしい。


 止めずに続ける。凛音リリィは身体を起こしながら、左に旋転まわる。ダンスでいうターンと似ている。


 顔を先に、胴体を残し、腰の回転を使って、一気に右の拳を叩き込むための動作。フルスイングの右直突き(ストレート)


 凛音リリィが左足を踏み込み、腰を回転させて――


「うわぁっ!」


 思いっきり振り回されて転んだ。


「あいたたたた……」

「大丈夫ですかっ?」


 やけに勢いがついていたので、ちょっと心配になる。


 凛音リリィは、情けなさそうに笑って、


「ちょっと痛いです」

「どこを痛めました?」


「いえ、その」

「遠慮しないで。回復魔術を使いますから。手を打ちましたか? 腰ですか?」


「………………胸です」

「む」


「あの師匠こんなことを言うのはセクハラかと思って黙っていたんですがもう胸が痛くて痛くてたまらんのです」


 めちゃくちゃ早口だった。赤面してわたわたしながら凛音リリィは説明する。


「動き回るたびにこの邪魔な脂肪がすっげぇ動くので痛いし、そのせいでバランスが取れないんです。私の体重いくつだと思いますか?」

「…………いやその」


「60kgです。身長は142cmしかないのに。あ、デブだと思いました? 違います、違うんです。乳の重さだけで15kgあるんです」

「えっ!」


 さすがに驚くおじさん。


「よ、四分の一も……? 体重の25%が、胸部に集中しているんですか……!? それは日常生活にも支障が出るんじゃ……!?」


「そうなんです!!」


 凛音リリィは熱弁した。


 頭より巨大な胸を手で下から持ち上げて、犯人のように晒し上げる。


「この……バスト160cmの! 身長よりデカい馬鹿チチが! 私のすべての生活を、人生を、振り回して振り回して、破壊してきたんです!!」


「なんと……かわいそうに……」


 そりゃあバランスだって取れないよ……。


 おじさんは深く深く反省した。


「ごめんなさい。もっと早く気が付くべきでした……。言い訳になってしまうのですが、僕はなるべく女性の胸を見ないよう気をつけているんです……以前、妻に叱られたので……妻も大きなひとでしたから……ですからその、凛音さんのバストは……お腹だと思って見ていたこともあり……申し訳ありません」


 胸を腹扱いされたような気がしたが、そんなことよりも重要な発言があった。


「奥さんがいらっしゃる……んですか……?」


 おじさんは少し寂しそうに微笑んで、


「はい。もう亡くなってしまいましたが」


「えっ」


 そんな重要情報を今この馬鹿みたいな場で知ることになるとは思わなかった。こういうのはもっとドラマチックなシーンで開陳されるものじゃあないだろうか。


 また破壊したのか、この馬鹿チチが。


「すみません……辛いことをお話させてしまって……」

「いえ、こちらこそ申し訳ない。さぞ大変だったことでしょう。……変奏体で練習したいというお気持ちが、よくわかりました」


 まぁこの胸を見ておいて『生身で運動しろ』とおじさんが言った時は、ここにはいない内海もさすがに『正気か?』と思ったものだが、おじさんは腹部として見ていたので仕方ないこととする。


 おじさんの弱点。『女性の体に関心を抱かない』が、露骨に出た場面であった。


 内海がフードコートでブラウスから片乳を出そうとするまで止めなかったし。


「では内海マネに連絡して、変奏体でも練習できる場所を探して頂きましょう」

「はいぃ~すみません~」

「こちらこそ配慮が足らず、申し訳ありませんでした」


 おじさんが電話したら、速攻で、まるで聞いていたかのような速さで、内海は代案のスタジオを予約してくれた。


 そんで、また移動。


 さっきまで腹だと思ってた柔らかい物体が胸だと理解したが、おじさんの胸に去来した感情は、『懐かしい』だった。


 異世界あっちで、亡き妻を馬の後ろに乗せて走った時も、同じような感触だったな、と。


 スクーターになってるアドが『この嬢ちゃん、ケツもデカくてタンデム(後ろの)シートに収まってないッスねぇ……』と口にしなかったのは英断と言える。


 なお、おじさんは、凛音リリィはタクシー移動をした方がいいと提案したが、ひとりでタクシー乗るの怖いです、と却下された。いろいろあったんだと思う。



 都内某所――VRヴァリアブル・リアリティスタジオ。


 備え付けのコフィンで変奏体になった凛音は、はちゃめちゃに頑丈なスタジオで身体を動かす。


 前回ボロボロになった装備・魔道士のローブなどは元に戻っている。一回ごとに復活するのだ。


 ただの変奏体であるため、職業ジョブ――魔道士にはなれない。


 魔道士の見た目でも、魔法は使えない。


 それがいい、とおじさんは言う。


職業ジョブの膂力に頼ると、基礎がおろそかになりがちですから」

「なるほど……!」


 赤井リリィは変奏し、VTuber・紅威くれない凛音りんねになった。


 帽子は邪魔なので脱いでいる。胸もぎっちり縛ってて痛くない。変奏体であるから、生身のクーパー靭帯が切れることもない。邪魔なことには変わりはないが。


 先ほどよりもはるかに軽やかに、凛音は套路ダンスおどる。


套路とうろの一つ一つが、攻撃と防御を含んでいます。例えば、この動きは、相手の上段攻撃へのカウンターになります」


 おじさんがスタジオにあった木刀をゆっくり振り下ろすと、凛音は対応した型でそれを躱しつつ、おじさんにゆっくりと裏拳を入れる。


「そう! そうです!」


「え、すごい! いま攻撃しようと思ったんじゃなくて、型通りに動いたら自然とそうなってた!」


「大正解! 天才! いやぁ筋が良い教え子を持つと嬉しいですねぇ」

「えへへ~、マジでゲームのチュートリアルみたいに褒めてくれて嬉しいですぅ~」


 おじさんは木刀をもう一本持ってきて、


「この套路、本来は二刀流で行うものなので、こういう形になるんです」


 まるで刀がおじさんの手になったようだった。


「これは振り下ろし、これは薙ぎ払い。右ストレートは突きになりますね。射程が一気に伸びるんです」

「すっご!」


 おじさんはスタジオの設定を変更して、標的を出した。射撃場などにあるアレだ。VR空間だと色んなものが簡単に出せて便利だ。


「さらに魔術で、魔力の剣も出せますから――」


 と、おじさんの握っていた木刀が光を帯びた。それを振り回して套路とうろる。


――七星剣武・煌刀こうとう千里せんり


 びゅわっ、と光の筋がいくつも走り、15メートル先の標的を三分割する。振りぬいた一瞬だけ、魔力光の距離を伸ばしたのだ。


「敵が魔道士でも、こちらの剣が届きます」

「すっげー!!」


 きゃっきゃとはしゃぐ凛音に、おじさんは微笑みながら、


「いずれ出来るようになります。まずは順を追って、基本の套路とうろりましょう。すべてはこれに入っています」


「あの『線が視える』やつも、出来るようになりますか?」

「もちろん」


「師匠よりも、強くなれますか!?」

「はい! 一生懸命トレーニングすれば僕より強くなれますよ」


「ヤッター!」


 ぴょんと跳ねる凛音。


「では、目標と期限を決めましょう」

「ハイッ! ……目標と期限?」


「目標はもちろん、期限を切るのも大切です。『結果』を知ることができますから」

「結果」


「成功でも失敗でも、結果が出れば、何かしらの改善点や反省点……経験値が得られます。逆に、期限を決めずに、結果を先延ばしにしていると……」

「自分は『まだ続けている最中だから、失敗してない』と思い込む……」


「その通りです。これでは、成長レベルアップは望めない」

「だから期限を……」


「自分で決めた目標と期限なら、失敗しても良いのです。反省して次に活かせますから。それは、いつか訪れる『絶対に失敗できない試練』の予行練習にもなります」

「予行練習……」


「まずは……そうですね。10層クリアには、四人パーティでも、5か月がかかりますよね?」

「5層からでも、それくらいかかりますね」


「一か月で挑戦してみましょう。ソロで」

「一か月!? ソロで!?」


「もちろん僕がこっそり付いています。負けそうになったら助けます。『失敗』でも、その結果が経験になります」

「あのう……できなかったら、ペナルティとかあります?」


「いえ、特には」

「あ、無いんだ」


 おじさんはにこりと、


「でも凛音さんなら出来ると信じています」

「……つまりその信頼を失うってわけですね」


「これでもだいぶ余裕を持たせていますよ?」

「えぇ…………」


――ソロで10層……ふつうは無理だけど……。


 我が師はスパルタのようだ、と凛音は呆然として、


――でも師匠が出来るって言うんだから、きっと出来る!


 再び奮起した。 



 湯河原ダンジョン・第10層。


「全員、点呼てんこ~! こんにちは、オーリオン所属のVTuber、水鏡みかがみミカンです~!」


 事務所ギルドオーリオン伝説の一期生、水鏡ミカンが、ソロで10層にいた。


 実に気楽に。


「今日は湯河原に来てますよ~。いやぁ懐かしいですねぇ。三年くらい前かな? 湯河原だし、温泉出るかな~と思って掘ってみたら溶岩出ちゃったことがあって。あの時は死ぬかと思いましたね」


 水鏡ミカンは探検家のVTuberである。


 深層攻略(ガチ)勢ではない。


 強いて言うなら、本気ガチ採取カジュアル勢である。


 己の興味が惹かれた場所へ赴き、ひたすら探検し、その記録を残している。それをあとで動画にしてアップしている。そういうスタンスでありスタイルだ。


 だから、カメラに向かって喋ってはいるものの、配信はしていない。録画だけである。


 この世界の人類で初めて職業ジョブを得たのに、一番最初に選んだのが魔道士でも戦士でもなく『道化師』な女だ。


 その後は斥候(探検したいため)に転職し、戦士(敵が強いから)・武闘家(武道着を着たいから)・魔道士(派手なことがしたいから)・僧侶(死にたくないから)と、すべての基本職を経験(人生の穴あけビンゴをたくさん開けたいから)。


 現在は斥候の上位職である『採掘師』だ。


 たいていどっか変な空間に迷い込んで、じゃっかん驚きつつも、楽しんで帰ってくる。


 ついでに新たな発見もしてくる。


 今や常識となった『5層ごとの転移きかんポイント』や、『ダンジョンのバグ』、『ボス部屋は一回通ると消えてしまう』ことも、水鏡ミカンが発見した。


 その経歴から、おそれと親しみを込めて『探検長』と呼ばれている。リスナーは探検隊の隊員だ。


「湯河原ダンジョンの10層に、変な魔石が出たという噂を聞いたので、ちょっと行って見ま~す。何があるんでしょうねぇ~」


 採掘者らしくツルハシを肩に乗せ、ライト付きヘルメットを装備したミカン探検長が進んでいく。


 と、横合いからモンスターが出てきた。


 デカいトマト――キラートマトだった。アホみたいなビジュアルに惑わされてはいけない。奴の牙は低レベル戦士の鎧を簡単に噛み砕き、奴の果汁(体液)は硫酸のように鉄を溶かす。ソロで戦うならレベル40は欲しい、恐ろしい相手だ。探検長がツルハシを握ってフルスイング、


「てい」


 木っ端みじんに吹き飛んだ。振りかぶる瞬間にツルハシが巨大化したのだが、それをキラートマトが見ることは無かった。鉄をも溶かす硫酸も、ヘルメットに付いた聖なるライトがすべて蒸発させた。


 塵になるトマトの欠片たち。後に残ったのは魔石。


 レア4のタンザリイト魔石。時価100万円。


 年収1億を優に超える探検長にとっては小銭に過ぎない。まぁ好きな食べ物は納豆なのだけど……と庶民派アピールをしておく。


「うーん、これじゃ無いですよね、もちろん」


 魔石をポーチに入れて、探検長は進む。


 ザコ相手に無駄な手間を取らされたが、しかしその瞳は期待に満ちて、きらきらと輝いていた。


「なーんか、ビリビリ来るんですよねぇココ。久しぶりに当たりか……?」


 さすがは生きる伝説・水鏡ミカン。


 大正解である。



お読み頂き、ありがとうございます。

宜しければ、ブックマークや評価を頂けると助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ