第17話 おじさんと、おじさんに何故か惚れてる三人の女たち。
そういう感じで、おじさんは紅威凛音の師となった。
凛音のサポート・マネージャーは、公安ブラウスぱつぱつ女こと内海がしばらく担当する。
建前は『突然5層に現れた魔王と、それを引き寄せたと思しき新人Vの監視』で、上にもそう報告している。
本音は『魔王に狙われた子を放っておけない』から。
あえて下心も付けると『小治さんにも会える』からであるが、そんなこと思いもしないおじさんは、
「お優しいんですね」
とにっこり。
「小治さんほどじゃないですよ。と・こ・ろ・でぇ……」
すすす、とすり寄る内海。そのデカい乳をむにゅうっとおじさんの腕に当てる。
「女日照りじゃないです? 解消しますぅ?」
「ははは」
笑って流すおじさん。しゅるり、とタコのように絡まれた腕を解いた。
飛竜アドが言うには、『旦那は亡き奥さん以外には発情しねェ』とのこと。あと『ハニトラに決まってる、と思い込んでる』らしい。
内海の所属が公安で、出合頭にプロポーズさえしなければこうもこじれることはなかったに違いない。
まぁその場合、普通にフられるのだが。
そう考えると、今のこの状態の方がまだ望みがあるのかもしれない。
そんなことを知りもしないおじさんたち――おじさんと内海と凛音と伊法――別の言い方をすれば、おじさんと、おじさんに何故か惚れてる三人の女たち。
おじさんを挟んで、内海の反対側には伊法がいるのだが、
「おじ様、今度こっそり、私にもお稽古をつけて欲しいな」
手を握って、耳元で囁いてみる。伊法自身もめちゃくちゃ恥ずかしいが、なぜか他の二人もおじさんを狙っていると勘付いたので、ここで攻めなければ出遅れると思っている。
ただでさえ、亡くなった奥さんに周回遅れにされているのだ。その自覚はあるのだ。顔中が熱くなるが、そんなことは気にしてはいられないのだ。
しかし相手は『そんなに近づかなくても聞こえてるけど……』と親戚のこどもになつかれたおじさんみたいな目で伊法を見て、
「ええ、もちろんいいですよ。ただ、伊法さんに教えることがあるかどうか……」
「あるよ。独自の魔術のこととか。あと……他にも……」
きゅっ、と伊法がおじさんの腕に絡みつく。おじさんの肘がそれはそれは深い谷間にしまわれ、手首がぶっとい太ももに挟まれる。じんわり、と空気が湿っているのが、おじさんは手の甲でわかった。おじさんの周りだけ異様に湿度が高かった。
「身体の使い方とか、教えて欲しい」
「ははは」
にゅるり、とおじさんの腕はまたもタコのように抜けて行った。体術の一種で、『関節技を極められるかも』と思って、つい癖でやってしまうらしい。
「自衛できる魔道士は強いですからね。そういうことでしたら」
「やった☆」
伊法は手を合わせて喜んだ。耳まで真っ赤である。もうこれ以上は恥ずかしくてボディタッチできない。
所詮は生娘よのぅ……攻めがヌルいわ……。と反対側にいる内海と、バッグに付いてる飛竜ぬいアドが思った。どういう視点なんだよお前らは。ただ伊法が生娘なのは正解である。
一方、おじさんの対面で、一部始終を眺めていたこの部屋の主であり本日の主役であるはずの凛音は、
――我が師がモテている……。
とぼんやりそう思った。若干の焦りはある。だが、
――内海さんはマネージャー業務をやってくれるみたいだし、伊法さんは尊敬する先輩だし……戦りにくいな!
その尊敬する先輩が『女』丸出しでおじさんに迫っているのは同性としてちょっとキツい部分はあったが、いつも露出度の高い格好で仕草も妖艶で、自分と違って恋愛経験も豊富なはずの伊法が、自分みたいに生娘らしく赤面してるのは可愛らしくもあった。
それはともかく。
「あのう、マネージャー業務って、月いくらお支払いすればよいでしょう……?」
「え、ああ、いらないいらない。ていうか貰えないの、私これでも公務員だから」
へらへら笑う内海。
「あ、そうか。でも悪いですね……」
「いやいや、これも公務の一端なんよ」
下心さえなければ。
「最初の大波だけ乗り越えたら、あとは民間のマネージメント会社を紹介すんね。ちゃんとしたところ」
もちろん公安の息のかかった会社である。というか公安のダミー会社である。
「小治さんのことも適当に誤魔化しておくから、安心してー」
凛音とおじさんが頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「助かります」
内海が立ち上がり、
「じゃ、さっそくはじめよっか。凛音ちゃーん。パソコンどれー? さわっていー?」
「あ、はい、こっちです。すみません散らかってて……」
「や、私んちも似たようなもんだ。ナハハ」
ナハハじゃないが。
「じゃあおじ様、私はこれで」
「ええ、また」
「……手紙、読んでね」
「もちろんです」
「あと、さっきの『聞きたい』ことなんだけど……」
「魔術と体さばきのことですね」
「本当に教えて欲しい。その、純粋な意味で」
下心無しで、と言ったつもりだったが、おじさんには伝わってない。哀しいことに。
「ええ、伊法さんはいつも真っすぐで純粋で、かっこいいですね」
「……っ!」
伊法の顔が真っ赤に燃える。抱き着き倒せと心が叫ぶ。
「うん、ありがと……。あと、そういうの、ズルいからやめて……」
理性でふんばった。後半は声が小さすぎておじさんには聞こえなかった。
「じゃあ、またね!」
「はい、また」
奥から凛音の声、
「あ、先輩、お帰りですか?」
「うん! 急にたくさんで押し掛けちゃってごめんね」
どたばた走りながら、「いえいえいえいえいえ!」とリスみたいに首を振る凛音。
「こちらこそスカウトの話ごめんなさい、あと色々ありがとうございます! 本当に助かりました! メールとか何から手を付けて良いかわかんなくて……!」
「うん。困ったことがあったら何でも言ってね。気兼ねなく頼って。事務所の所属は違っても、私たちは同じVTuberだから」
「良いんですか~! ありがとうございますぅ~!」
小動物のように自分になつく凛音を、伊法は素直に可愛いと思った。気が付いたら頭を撫でていた。
頭を撫でられた凛音は「わきゃあ」と叫びながらも抱き着いてきた。意外な積極性、しかし小さい背丈が可愛らしく、自分より大きな胸の柔らかさが良い。
「うんうん。今度一緒にご飯でも食べに行こうね」
「行きます!!! あこれ私のLIMEです」
早い。懐に入ってくるのが。
登録した。
「あ、そうだ」
伊法は微笑んで、
「魔王相手に『私はVTuberだ』って啖呵きったの、とてもカッコよかったよ」
嘘偽りのない感想だった。
凛音は感極まって泣きそうだ。
「~~~~! 光栄ですっ!」
「じゃあね」
「ハイ! またよろしくお願いします!!」
手を振って玄関を出て行く伊法を、九十度のお辞儀をして見送る凛音。
おじさんはそれを後方腕組みで「推しと推しのオフでの絡み、事務所の枠を超えた先輩と後輩の絆、やっぱVって最高やな……」と頷いている。
奥から、
「凛音ちゃーん。専属契約で4億払うって大手AVレーベルからスカウト来てるけど、受ける?」
「受けませんって!!!!」
「だよねー、ナハハ」
ナハハじゃないが。
一瞬だけ『4億……?』と頭をよぎったのは内緒である。
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