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第16話 本物


 おじさんは急に呼び出された。


 ふつうの配達が完了し、路上の邪魔にならない場所で次の受注を待ちながら、スマホで凛音の動画を見ているところだった。


「バズってるねぇ……」

『バズってますねぇ……』


 ぽろん、と鳴ったのは、しかし受注ではなくLIMEの通話。


 相手は公安の内海だ。出てみると、


『話がしたいので来て貰えませんか』


 のこのこと指定の場所へ行ったら、なぜか魔訶まか伊法いのりもおり、なぜか行き先は凛音りんねの部屋だった。


 マンションに入ろうとしたところで、おじさんはためらう。


「あのう、男が女性のお部屋にいきなり訪問するのはまずいのでは」


「チューバーイーツさんがなに言ってるんですか。それにあなたがいなければ私は信用されないんで、いてもらわんと困ります」


 内海がおじさんの袖を掴むと、伊法も反対側の腕の袖を掴み、


「私もおじ様がいた方が嬉しい」


(おじ様……?)

(おじ様……?)


「あっ、ごめんちー。ちょっと電話してきやす」


 と、内海が抜けた。すると伊法がスマホの画面を見せてくる。映っているのは凛音が戦う姿だ。


「この……凛音って子が、おじ様の弟子になったのは本当?」

「ええ、まぁ、いちおう」


「そっか……。まぁこういうのは早い者勝ちだよね……」


 落ち込んでいる様子の伊法。


「しかし弟子か……。その手があったとは……」


 失敗した、と嘆く伊法に、おじさんは伝える。


「あの、伊法さん」

「うん」


 名前を呼ばれた伊法が少し嬉しそうな顔をした理由を、おじさんは察した。


 本当に、なんでこんなことになっているのかわからないが――。


「お手紙、読みました。その……ありがとう」

「えっ……うん……」


 マジのラブレターを貰っていたのだった。そこには、一目惚れしたときの気持ちや愛の告白文が直筆で記されていた。可愛い文字だった。


 気の迷いだと思う。


 こんなに若くて魅力的な女性が、自分のような男に一目惚れなんてするはずがない。


 ただ、それをそのまま言葉にするのは、憚られた。たとえ一時の気の迷いだったとしても、今の彼女にとっては本物の気持ちに違いないのだ。


「とても嬉しかったけれど――」

「ま、待って!」


 顔を俯かせて、伊法は手で制止した。


「いまは、ちょっとまずいかも。泣いちゃうから」

「……そうですね、失礼しました」


「あと……返事が変わらないのはわかってる。おじ様が奥さんをまだ好きなのも、理解してる」

「…………」


「だから、その、気持ちが変わったら教えて。私はずっと待ってるから。返事は、いらないから」

「…………わかりました」


 待つことなんてない。今すぐおじさんなんて辞めて、ふつうの恋愛をした方が良い。


 そうは思うが、泣きそうになっている伊法にトドメを刺すことは、できなかった。


――僕もまだまだだな……。


 おじさんが自分の弱さを痛感していると、


「これ、また書いてきた……。読んで……。感想はいらないから……」


 と、伊法が恥ずかしそうに手紙を出した。


 前回会ったときに、妻がいる、と話した。


 伊法にとっては「フられた」ことになったろうに、諦めずに次のラブレターを書いていたのか。


 自分よりよほど強い、と思いながら、丁寧に受け取る。


「はい、拝読しますね」


 封筒は、可愛らしくデコられていた。



 そうして、だるんだるんのTシャツとショーツで出てきた凛音からそっと目を逸らし、部屋の突貫掃除が終わるまで玄関の外で待ち、その間に『いつもの手品』で近くのコーヒーショップへ行って甘いものを買ってきて、三人に渡した。


 内海が凛音に説明して、ようやく今回の趣旨を理解した。


 鬼バズした個人Vを守る。あと今後の話もする。企業に入るのが最も安全で、その兼ね合いでオーリオンから伊法が呼ばれたのだろう。


 その伊法が、


「オーリオンからもスカウトメールが来てると思うけど、読めてないよね?」

「ハイ! ゴメンナサイ!」


 凛音が元気よく謝った。


「仕方ないよ。いきなりバズったらそうなる。メールとかヤバいでしょ? 普通に読んでたら三日くらいかかると思うよ」

「で、ですよね~~~~……」


「そういう面倒くさいものの仲介……マネージャー業務もオーリオンならやれる。もちろん仲介手数料とかは払うけど」

「はい」


「凛音ちゃんはお金が欲しくてVやってる? それともダンジョン? もしくは自己表現?」


「私はダンジョン目的です! 勇者パーティでV最強の魔道士の伊法さんを前にして言うのは恥ずかしいんですが、ダンジョンの深層を目指しています!」


「全然恥ずかしいことじゃないし、そもそも全然恥ずかしがってないね」

「ハイ!」


「うん、外面そとづらも良し。アーカイブも見させてもらったけど、ちゃんとやってるね」

「見て頂いたんですかっ!? 恐縮です~ありがとうございます~!」


「リスナーを置き去りにしてることもあるけど……この内容で伸びないのが不思議なくらいの良い配信だ。いまってこれでも伸びないんだ、と怖くなったよ」

「誉め言葉……ですよね!? きゃー褒められてるぅー!」


「おっぱい発言者を24時間ブロックするのも……まぁアリか……。うちにもいるしな、ブロック多用する子は……」


 凛音が、にへら、と笑う。


「ブロック解けたら、たいてい戻ってきてくれますよ~! えへへ、みんな優しいんです」


 伊法もそれを見て微笑んだ。


「うん、いいね。光のライバーだ。そういう子には光のリスナーが集まる」


 おじさんも後方で「うんうん」と頷いています。


 凛音のチャンネルを見ながら、伊法が続ける。いまも登録者数はぐんぐん上がっている。まるで黎明期の大人気Vのようだと思う。


「この勢いなら、オーリオンに手数料を払っても、十分暮らしていけるだけのお金は残ると思う。なによりダンジョンに潜るならパーティがいた方がいい。ソロは好きでやってるわけじゃないんでしょ?」


「ハイィ~……一緒に5層を突破しようとしてくれる個人勢のひとが見つからなくてぇ……」


「だから、オーリオンじゃなくても企業に所属するのは――マネジメントしてもらうだけで個人事業主ってことは変わらないから就職するわけじゃないんだけど――凛音ちゃんにはプラスが大きいと思う。ある一点を除いては」


 なんだろう、とおじさんは思う。


 女子三人が、おじさんを見ている。


 お前だ。


「チューバーイーツ最強おじさん……つまりおじ様」

「えっ、僕ですか?」


「企業勢になれば色んな制約が付く。うちは緩い方だし、凛音ちゃんなら平気だと思うけど、おじ様は例外」

「僕は例外」


 内海がにやにやしながら、


「政府から圧がかかりまーす。小治さんは自衛隊のお偉いさんや大臣からも大人気なのね。あいつは誰だっつって。そんな時に、政府が支援してるオーリオンと小治さんのコラボなんてやろうものなら」


「やろうものなら……?」


「拘束。実験。解剖」

「怖すぎるっ!」


 伊法がため息。


「オーリオンは政府の要求を断れない。ダンジョンが発生した十年前から、この国は事実上の戦争状態になってる。ダンジョンとの戦争だね。戦時特例ってことで、オーリオンはおじさんを引き渡す。おじさんは逃げる。私たちが逃がす。だから――」


 凛音が呆然と、


「私は師匠と会えなくなる……。でもそれって個人勢でも同じでは?」


 内海が口に咥えたストローをぴこぴこしながら、


「個人勢なら今まで通りこっそりやればいいよー。私が隠せるからー。でも企業に所属したら無理ー。経歴をトサカから尻の穴まで見られて、ぜーんぶバレちゃう」


 むぅ、と凛音が呻いた。


「師匠を盛大に自慢しょうかいする配信は諦めた方が良さそうですね……」

「やめてね?」


「えー、じゃあオーリオンに入って師匠に教わってうきうきVTuberライフは送れないってことですかー!?」

「そうだね」

「二者択一ってやつだヨ、凛音クン」


 うごおぉ、と頭を抱えて嘆く凛音。


 おじさんは思う。何を迷うことがあるのだろう。オーリオンに入った方が良いに決まっている。あそこなら施設もサポートも充実している。『魔王』のようなイレギュラーが発生しても、パーティを組んでいれば対処できるし、最悪、自分が配達に行ける。


 凛音はオーリオンに入るべきだし、オーリオンを選ぶだろう。


「オーリオンはとっても魅力的……」


 凛音が胸の下で腕を組んで悩むそぶりを見せる(乳房がデカすぎて胸の前で腕を組めない)。


 よし、とおじさんは頷いた。収まるところに収まりそうだな。


「でもやっぱりオーリオンは諦めます! ごめんなさい!」


 うん、なんでか全然わからないな!


「まぁそうだよね」

「知ってたよー」


 全然驚かない二人にびっくりする。


「いやいやいやいや! オーリオンに行くべきでしょ、凛音さん」

「何言ってるんですか師匠」


 凛音はきょとんとしている。


「私は師匠が良いんです」


 本当にわからない。


「な、なんで……?」


「オーリオンはとても良い事務所です。きっとパーティメンバーとも仲良くやれるでしょう。飛び入りした私にも優しくしてくれるはず。登録者数はもっと伸びて、レンタルのコフィンからも狭い部屋からも出られるでしょう」


「だよね?」


「でも――師匠がいません」


 凛音は微笑む。


「私は師匠の技を見て、あなたみたいになりたいと思ったのです」


「そ――」


 それは。


 卑怯だ。


 それはズルい。何も言い返せない。そんな笑顔で慕われたら。


「七星剣武! あの鉄拳も! あの線が視える技(・・・・・・)も! ぜんぶぜんぶ教えてくださいね? 師匠!」


 ぶるり、と震える。


――天雪アレが視えていたのか。


 声も出なかった。


『くくく、旦那、諦めましょうや』


 ただ、アドが、おじさんにだけ聞こえるように、


『この小娘は、本物でさぁ』


 と笑っていた。



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