31話 かけがえのないあの時に
「……ゅうと、祝詞斗!」
「……え?」
次に彼が聞いたのは、自分の名前を呼ぶ懐かしい声だった。
「祝詞斗! なにぼーっとしてるんだ?」
「え、あれ?」
眩しい光に瞳を慣らすようにゆっくりと瞼を開ける。彼の予想に反し、そこに広がっていたのは先ほどまでいた荒廃した戦場ではなかった。
「ここ、オレの住んでた……家?」
穏やかな日差し、晴れ渡った空。規則的に並ぶ住宅の間を通る丁寧に舗装された道路の端に祝詞斗は立っていた。
「どういうことだ? さっきまで、さきっまで戦ってた地球外生命体は?」
慌ててきょろきょろと周囲を見るが、それらしきものは見当たらない。ではここはいったいどこなのか? ほかの面々は無事なのか? 未だ回らない頭で必死に考えていた時、目を覚ました時に聞こえた懐かしい声がもう一度自分を呼んだ。
「おいおい、せっかく兄ちゃんが休暇で帰ってきたっていうのに……さては夜更かししてたな?」
それは、とても優しくて――祝詞斗が何度聞きたいと願っても二度と聞くことのできないはずの声
「兄、さん……?! どうして……?」
祝詞斗の目の前で朗らかに笑う少し背の高い青年。やや長い髪と白いTシャツをかぜになびかせる彼の名前は土岐千鶴――今は亡き土岐大和の兄だった。
「兄ちゃんをからかってもいいことはないぞ? さ、山のてっぺんの公園に遊びに行こう」
驚きのあまり言葉を失う祝詞斗をよそにすたすたと歩き出す千鶴。祝詞斗の体は「公園」という言葉に本能的に動き出した。
「『山の上の公園に』……絶対にあのときだ。兄さんの服も同じ……そうに決まってる」
休暇で帰ってきた兄に誘われて行った、山の上の誰もいない公園。彼の脳裏にはまったく同じ状況がよぎっていた。
「……これは、兄さんが死んだ日だ」
あの日、自分の前に立ち、守ってくれた兄。普段にこにことしている兄が初めて――それが最初で最後であったが――見せた険しい表情。祝詞斗は忘れることはできなかった。
「でも、どうしてだ? ……まさか、あの変な音楽でタイムスリップさせられた?!」
しかしすぐに疑問が浮かぶ。なぜ突然このような過去の状況が目の前で繰り広げられているのか。幻覚にしては先ほどからなんとなく兄と会話がかみ合っていない。あの地球外生命体の仕業であることに間違いはなさそうだが、一体ここはどこなのだろうか。祝詞斗は前を歩く兄を追いかけながら、直前の状況を整理する。
「いや待て待て。落ち着くんだオレ……そう、気持ち悪い音で意識を失って……その前に麟さんとけが人の救助をしてて……その時、なんか言ってたんだよなあ……」
確か麟の指示で倒れている人を運ぼうとし、違和感に気が付いたはずだった。
「意識がないのに全然傷がなくって、麟さんに報告して……そのあと麟さんが……」
彼からの報告を聞いた麟は自分の抱えていた兵士の息を確かめ、こう言った。
――『本当だ……待て、息もだいぶ穏やかだ。気絶している、っていうよりは眠っている……?』――
「……もしかして」
彼の言葉が正しいのなら、確認することはひとつ。祝詞斗は右手で自分の頬を軽くつねった。
「痛くない……てことは、これは夢か! オレは地球外生命体に眠らされたんだ!」
状況がひとまず一歩前進しほっと胸をなでおろす。ということは、おそらくあの場にいた三依や麟、晶理と元康――
「……多分、今は人間じゃない元康さん以外は眠ってるってことか…………大丈夫、かな」
公園へと続く坂道を登りながら、祝詞斗はまるで人間のように心優しい先輩を案じた。元康が負ける姿は想像できないが、流石に祝詞斗ら4人を守りながらの戦いは不利を強いられるのではないだろうか。
「うーん…………いや、きっと大丈夫! それより早く、オレも起きて加勢しないと!」
今現在一つ確かなことは、少しでも早く彼の援護に戻るためにはまずこの夢から目覚めなければならないということだろう。
「でも、どうやって……?」
ここが夢であることは分かったといえど、たったそれだけである。夢の仕組み、敵の狙い、覚める方法、ここで死んだらどうなるのか……まだわからないことのほうが多い。
「祝詞斗? あんまり遅いと置いてっちゃうぞ?」
「あ、待ってよ兄さん! すぐ行くから!」
見ると既に坂を上り終えた兄が笑顔で手招きをしている。
「……取り敢えず、ついていこう。もしこのまま進むなら…………きっと、あれも来るはずだから」
祝詞斗は自分に言い聞かせるように呟くと、早足で坂を駆け上がった。




