30話 幻想への誘い
ダイヤモンドよりも固いドームで覆われた市街地の向こう、準特別警戒区域。通常の人間では出しえない速度で現場に到着した5人は、物陰からそっと様子をうかがう。
「麟さん、晶理さん、あれじゃないですか?」
「……! 分隊の皆さんが……!」
「1、2、……ほぼ全滅、か?」
「これは、確かに高危険度個体でござるな」
「やっぱりリンさんが言ったみたいに、つよーいウチュージンが多くなってるんだ……」
彼らの視線の先には、今まで見たことないほど大きな地球外生命体がいた。まるで聖歌隊の衣装のような不気味な姿をしたそれの足元には、ついさっきまで戦っていたであろう兵士たちがぴくりとも動かずに転がっていた。
「どうしますか? 二手に分かれますか?」
「そうしよう。……祝詞斗君、麟は兵士の救助を。私と元康、三依は奴に攻撃を仕掛ける」
「「了解」」
「任せといて!」
「任せるでござる!」
いうが早いか、深緑の髪をたなびかせて元康が前へ飛び出し、地球外生命体がその体にある大きな瞳で捉えた彼を三依が援護するような形で後ろで銃砲を構えた。晶理は元康を狙う地球外生命体を牽制するように素早く「糸」を展開し、地球外生命体の意識を完全に3人に集中させた。
「麟、祝詞斗君、今だ」
「はい!」
「行こうっ」
5人の中でも機動力に優れた麟と祝詞斗が素早く飛び出す。反物のような触手をしっかりと受け切る元康の絶妙な一度理で敵はこちらに気がついていない。
「大丈夫ですか?!……っ返事がない……」
「息は……ある。もうすぐ救護隊が到着するから、彼らを少しでも遠くに!」
麟は自身も数人の兵士を抱えながら素早く指示を飛ばす。幸か不幸か埼玉は彼の昔の勤務地だ。あの日以降訪れたことはなかったが、地形はそれほど変わっていないはずだ。
「あっちのほうに遮蔽物になりそうな建物がある。埼玉分団と同じ方向だから救護隊も見つけやすいはずだ」
「わかりました! じゃあ……あれ?」
「どうした、祝詞斗」
生気のない兵士をそっと抱えて祝詞斗が走り出そうとしたとき、ふと腕の中の兵士の状態に疑問を持った。
「あの……この人たち、傷が、ないです」
「……え?」
麟もあわてて担いでいた兵士の体を確認するが、確かに意識を失うに至るような傷はなく、それどころか傷一つない状態だった。
「本当だ……待て、息もだいぶ穏やかだ。気絶している、っていうよりは眠っている……?」
祝詞斗は勿論、今まで幾度となく死線を潜り抜けてきた麟ですら、このような異常事態は初めてだった。同じように眠っているおびただしい量の兵士を呆然と見つめながら、二人はこの敵は尋常ではない相手だということを悟った。
「これが、高危険度地球外生命体の力……」
「多分、術使いかなんかの類だな。祝詞斗、お前はこの場から離れろ! 俺はリーダーに伝え……」
その時、元康の刃と三依の銃弾の雨を弾き返していた大きな地球外生命体が、禍々しい日本の触手を大きく振り上げ――まるで指揮者が演奏の合図をするかのように振り下ろした。
そして、ほぼ同時に5人の脳内に流れ込む、不協和音。普段歌っているような歌とは異なる、体中を締め付けるようなそれに、たちまち耳を抑えて座り込む。
「う゛っ……! なに、こ、れ」
「なんかの、演、奏?……頭が、いたい……!」
「祝詞斗、三依! ……くっそ、思うように動かない……!」
「……っ」
大きな銃を地面に転がし、苦しそうに呟く三依。必死に距離をとろうとするが、次第に動くこともままならなくなる祝詞斗。そんな彼らを心配しているものの流れ込む音に徐々に自由を奪われていく麟。地球外生命体は好機と見たのか次々と触手て彼らに襲い掛かる。
「『――異常な有害音波を感知。対象音域帯を遮断します――』 某には効かぬでござるよっ!」
しかし、唯一の例外――人間ではないである元康が冷静に切り裂いた。
「む、晶理殿! 援護感謝するでござる! ……って晶理殿は大丈夫でござるか?」
「この程度、なら、な……」
そしてもう一人、耳を塞いだ状態であっても、体制が崩れていても使用できる強大な力の持ち主も、地球外生命体によって飛ばされた瓦礫を紅い糸で受け止めた。
「わあ……流石、リーダー……」
「無理はするな。今『糸』で音を遮蔽できないか……待て、また動くぞ!」
赤い壁を作りながら祝詞斗ら3人をゆっくりと遠ざけようとする晶理と元康だったが、その2人を確実に落とそうとばかりに地球外生命体が再び黒い触手を振り上げていた。
再びなだれ込む、不気味な音色。以前のものとは比べ物にならないほど激しく、彼らの体を支配する。
「う……ぐ……あ゛あ゛……!」
「これ……ちょと……マズい、か……も……」
「く……あ…………くそっ……」
「っ……元康!」
「承知! 止まるでござるっ!」
次々と地面に崩れ落ちてゆく3人。元康が大きく跳ね、最大出力で触手に刀をぶつける。しかし地球外生命体が動きを止めたころには、彼とかろうじて耐えている晶理を除き、戦場に立っている人物はいなかった。
「三依君!祝詞斗君! 麟!……元康、バイタルチェックを 」
「『バイタルスキャンを開始します』…………呼吸正常、脈拍……正常、でござる」
「正常? そんなはずはないだろう」
「むむむ……『脳波スキャンを開始します』…………これは……眠って、いる?」
「眠る……? まさか、他の兵士も……」
「ど、どういうことでござるか……?」
追い打ちをかけるように触手を展開し襲い掛かる地球外生命体。予想外の状態に混乱しながらも、元康は刀を構え直し、晶理は後輩達を守るようにふらふらと立ち上がった。
「取り敢えず、救護隊には私が状況報告を。並行して彼らの保護と奴の術から覚醒させる方法を糸で調査する。元康は……うっ」
「こやつのことは任せるでござる! 晶理殿も、無理はせぬように!」
ひとまず耐えるしかない。そう踏んだ二人は、迫りくる強大な地球外生命体を険しい顔で見つめた。




