閑話 闇夜の井戸端会議3-下
「…………」
「晶理殿……? 本当におかしいでござるよ? なにかあったでござるか?」
昼下がり、空調の効いたショッピングモール。多くの人が行きかう通路で、一組の男性が周囲の店を行ったり来たりしている。一人は小さな紙袋を手に持った長い赤髪、もう一人は大量のショッパーを持ち、深緑色の髪をポニーテールにしていた。
「まずいな……まだ2時間といたわけではないのに、もう時間を稼げそうにない……」
元康を共用ルームに入れないため咄嗟に麟の代わりに彼を連れ出したはいいものの、普段からあまり買い物をしない彼は大層に困っていた。元康の服選びは数秒で終わる。自分のボディの形や外部装飾の状態と店頭に置かれている服の形状、サイズ、ブランドをスキャンし比較、そして最も適合率が高い服を選ぶ……この間長くて2分である。通常の人間であれば20分ほどは稼げる工程をこの速度で終わられてしまっては、いくら服を買っても時計の針は進まない。
「買いたいものが決まらぬのであれば、某が決めるでござるよ?」
「いや、買いたいものがないというか……買い物のために来たわけではないというか……」
「買い物のために来たのでござろう?! そういっていたではござらぬか?」
もやは店という店をふらふらと見て回ることしかできなくなってしまった晶理。それに加えてどんどんと破綻していく取り繕いに限界を感じ、たまらず「㊙元康さん誕生日会大作戦グループ!」と記されたトークグループに素早くメッセージを打ち込んだ。
『すまない、もう限界だ。これ以上何か聞かれたらごまかせる自信がない』
そして深いため息とともに小さくつぶやいた。
「やはりこういったことは私には向いていないな……」
「どうして何も言ってくれぬでござるか? もしかして、某には言えぬようなことを隠しているでござるか?」
「う……いや、そんなことはない。君に隠し事をするなんて私にできると思うか?」
「それもそうでござるが……じゃあどうして今日の言動がおかしいでござるか?」
「それは…………あ」
晶理が答えを言い淀んでいた時、元康には見えないように持っていたスマートフォンに短い機械音とともに三依からの返信が画面に映し出された。
『ショーリさんありがと! もう大丈夫だから帰ってきて!』
『あ、でも、入るときちーさくノックしてほしいな!』
「……よかった」
「何が良かったでござるか?!」
肩の荷が下りた晶理はこんどは心底安心したように息をつき、いまにも嘘発見モードを起動しそうな元康ほうにくるりと向き直った。
「いや、恥ずかしいことだが実は手持ちが少なくてだな、なにを買うべきか悩んでいたんだ。君に行ってしまったらまるで貸してくれと言っているようで言えなかったのだ」
「むむ……そう、であったのでござるな?」
「そうだ。だから、今日は買い物はここまでにしよう。君はまだ買いたいものはあるか? ないのなら中枢地区に戻ろう」
「某も今日は満足したでござる! 晶理殿、次からは財布を確認してから出かけるでござるよ!」
晶理渾身の言い訳に一応は納得してくれた元康は、すぐににこにことした顔になりそうと決まれば移動するでござる! バスはこっちでござるよ! と晶理の前を歩きだした。
「はあ……もう二度と行きたくない……」
晶理も苦笑いを浮かべながら『わかった。すぐに帰る』とメッセージに返信し、早足で彼の後を追った。
――――――――――――
「いい服がたくさん買えたでござる! 麟殿や三依殿にも見てもらいたいでござる!」
「それはよかった。……多分共用ルームにいるはずだ。見に行ってみるか?」
「そうするでござる!」
しばらくの後中枢地区職員生活棟に帰宅した2人は、今日の戦利品の片づけをしていた。小さな観葉植物を机に飾っていた晶理の提案で服を2,3着持ちながら立ち上がる元康。朝と同じように共用ルームへの廊下を歩きだした。
「三依殿も麟殿も祝詞斗殿もセンスがいいでござるからな! 見せるのが楽しみでござる!」
これから起こることも知らずにうきうきとしながら共用ルームの扉の前に立つ元康。そんな彼をちらりと見ながら、晶理は念のため室内の彼らに送ったメッセージに既読が付いていることを確認した。
「君は両手がふさがっているから、私がドアを開けよう……だれかいるか? はい、るぞ」
そして、事前に決めた通り、ノックを5回。すこしだけ時間を空けて、そっとドアノブに手をかけた。
「三依殿、麟殿、祝詞斗殿、いるでござ……むむ、真っ暗でござるな」
元気な声で部屋に踏み入れた元康だったが、しんと静まり返った暗闇に頭をきょとんと傾けた。
「LED電球が切れたでござるか? こういう時は某の赤外線暗視モードで……」
元康が瞳から赤い光を出そうとしたその時、暗闇の中から小さな声が聞こえた。
「いくよっ! せーの!! 」
「む!?」
その掛け声と同時に、後ろに控えていた長年の相棒部屋の電気が全て灯された。突然のことに状況が呑み込めない元康の前に現れたのは、クラッカーを手に持った頼れるムードメーカー、小さな勇士、そして飛翔を待つ新しい仲間。
「「「元康さん、お誕生日おめでとうございます!!」」」
パンッという軽快な破裂音とともに弾ける色とりどりの紙。
「誕生日? 某の……?」
「ちょっとー? まさか自分の誕生日忘れちゃったのー?」
赤と金のカメラレンズの中を舞う紙吹雪を見つめながら、元康はインターネット検索機能を起動する。「健元康 誕生日」と入力された検索結果画面には彼自身の公式プロフィールが表示され――便宜上設定されたものではあるが確かに今日の日付、8月15日が記されていた。
「むむむ……確かに今日は某の……某が製作段階初期テストで初めて起動された日ではあるでござるが……某はアンドロイドでござるよ? 三依殿らのように誕生日に深い意味は……」
「そんなこといーの! モトヤスさんがモトヤスさんとして生まれた日ってことにかわりはないんだから!」
「そうですよ元康さん。元康さんが人間もアンドロイドも関係ない、仲間の誕生日ぐらい祝わせてください」
「バレそうでハラハラしましたけど……見てください! オレ達で飾り付け、頑張ったんですよ!」
祝詞斗の言葉に、外装装飾についたクラッカーの中身を取りながら周囲をスキャンする。大きな文字で祝いの言葉が書かれた紙、少しだけバランスの悪い輪飾り、色とりどりの紙製の花……普段は味気ない共用ルームが、今日は綺麗に飾り付けられていた。そしてテーブルには大小様々なプレゼントと数種類の料理が並んでいた。
「昨日まではこんなふうには…………は! まさか、某を今朝この部屋に入れなかったのも……晶理殿の支離滅裂な言動も、この準備のため、でござるか?」
「……そうだ。少々予定は狂ったが、3人がしっかり準備をしてくれた。喜んでくれると、嬉しい」
元康が数時間前の映像を思い出しながらそう呟くと、赤と金の紙で作られた円錐の帽子を持った晶理が笑顔で頷いた。
「も……」
4人の不安の交じった視線を集めながら、元康は彼らが自分のために何をしてくれたのかを完全に理解した。
そして、その行為への「感謝」を示すために、表情管理システムの「喜び」のパラメーターを最大まで上げた。
「勿論でござる! 晶理殿、麟殿、三依殿、祝詞斗殿、某のために準備してくれて、ありがとうでござる!」
いくら人間と変わらない見た目をしていても、自分とは無縁だった誕生日。それなのに彼らは毎年のようにこうして祝いの場を作ってくれた。心などないはずの元康だったが、何となく温かいものがこみ上げてくるような気がした。
「ささ、このタスキもかけちゃって〜! シュヤクの席はここ!」
「元康さんはケーキとか食べれないって聞いたんで、オレ達プレゼントをいろいろ用意したんです!」
「みんな、少しならおかわりあるから足りなかったら言ってくれよ?」
「今日は予定が入っていないはずだ。存分に楽しもう、元康」
「当然でござる! 皆が選んでくれたプレゼント、楽しみでござるなあ」
三依に背中を押され、プレゼントが山のように積まれた席に座る元康。にぎやかで温かなパーティーを祝福するように、窓の外には雲1つない爽やかな青空が広がっていた。




