28話 末席
「ま、間に合った……!」
職員に会議室まで案内してもらった麟は息を整えながら自分の席を探した。正面のスクリーンを囲むように半円状に配置された木目調の机の左端に「内閣特別行動分隊『Midnight Phoneix』代表」と書かれた座席を見つけ、後方に設置された折り畳み机に集う一般職員の雑談を耳に入れながら席へと向かった。
「今日の議題は……いつも通りの戦果報告、か。じゃあ俺は聞いてるだけかな」
開始時間まではあと数分ある。先に資料にでも目を通そうと、冊子の表紙に左手をかけたとき、隣から聞き覚えのある声がした。
「お、もしかして澤村か? 懐かしいな。元気だったか?」
「え?」
驚いて隣を見ると、そこにはかつて――まだ寿麟ではなく、日本軍埼玉防衛支部第7師団第7歩兵分隊隊員の澤村拳翔だった彼が従っていた師団長だった。白髪と胸元の勲章が増えた彼は、麟の顔を見てにかりと笑った。
「柴田師団長!……あ、いや、今は違いますよね」
「ははは、気にするな気にするな! 確かに今は防衛戦線本部に入っているが、師団長で構わんよ」
麟は思わぬ再会に慌てて椅子から立ち上がり敬礼の構えをとる。しかし柴田は豪快に笑い、楽にするように促した。
「いや、まさかお前に会えるとは思わなんだ。堅苦しい会議も出てみるものだな」
「自分も驚きました。お元気そうでなによりです」
「ま、この年だし前線は退いたがありがたいことに大きなけがはしていないな。お前はどうだ? 最近も地方ブロックを回りながらライ……ライブ? をしたんだろう? おまけに地球外生命体の盗伐もなんて、大変じゃないか?」
「はい、まあ……でもあのころに比べればずいぶん出動回数は減りましたし、歌はまあ苦労しましたけど……ダンスはそこまで大変ではありませんから」
「あいつらが知ったら驚くだろうなあ。なんたって『7分隊の生真面目坊や』が歌って踊ってるだから……」
古い戦友との話に花を咲かせていると、会議の開始を告げるチャイムが会場に響いた。
「只今より定例会議を始めます。皆様ご着席下ださい。」
機械的な女性の声とともに静まり返る場内。麟と柴田も会話を終え、目の前のスライドが映ったスクリーンに視線を移した。
「では情報総括長より今期の地球外生命体出現に関する定例総括をお願いいたします」
女性の声に促された男性職員が席を立ち、スクリーンの前の演壇に立った。
「えー、お手元の資料とこちらのグラフをご覧ください。前回の報告時と比較しますと……」
男性が手元の機器で操作すると、薄暗い室内のスクリーンに鮮やかな色のグラフが映し出された。
「ほお、地球外生命体の出現数が……」
「明らかに低くなってますね。一時的なものだと思ってたんですけど」
「……ついに奴らも戦力が尽きてきたのか」
「だと、いいんですけど」
大きく映し出された明らかに右下がりのグラフと、少しだけざわつく会議室。補足説明を行う職員だったが、恐らく聞いている人のほうが少ないだろう。とうとう長い戦いも終わりに近づいているのか、少しだけ胸をなでおろしたとき、壇上の男性の言葉が耳に入った。
「……しかしながら個別の地球外生命体の脅威度は上昇しており……ここからは推測の域を出ないのですが、おそらく人海戦術から強個体による単独での襲撃に切り替えてきていると考えられます。これにより一般戦闘員における戦闘危険度は上昇しており、今後の対策が急務であると考えられます。また……」
「……まあそううまくはいかん、ということか」
「量から質、ってことですか……また出動数増えるなあ……」
敵と同様量より質、いわば精鋭揃いの「Midnight Phoneix」の特性上仕方ないといえば仕方がない。しかしレッスンや仕事の傍らの出動が増加するとなれば、まだ慣れていない祝詞斗のとってはつらいだろうな、と麟は苦笑いを浮かべながらメモを取った。
「続いて各国の情報統括に移ります。先日の国際会議での報告によりますと、国際連合軍の作戦により東南アジア及びアフリカ諸国における放棄地域の大規模奪還に成功した模様です。またアメリカ合衆国では新型兵器の開発が最終段階に進んだとの報告が上がっており、早ければ2が月後には輸出が可能になるとのことです。さらにイギリスの潜入調査班からは地球外生命隊の大まかな地上拠点の特定に成功したとも情報を受け取っており……」
彼の話はその後も続き、質疑応答と事務報告の後に女性の声が会議の終了を告げた。
「久しぶりにいい報告が多かったな。これで一安心だ」
「自分もリー……晶理隊長にいい報告ができそうです」
参加者が次々と退室を始め歓談で溢れている明るい会議室。麟と柴田も席を立ち、出入り口に向かった。
「ところでなんでお前なんだ? 隊長さんは具合でも悪かったのか?」
「さあ……いつのまにか自分が出席することになっておりましたので、詳しい理由は……」
考えたこともなかった、と麟は軍帽を手に持ちながら首を傾げた。
「ははは、まあいいさ。つまらん会議に楽しみができたからな。色々忙しくなるだろうが、次もちゃんと来てくれよ」
「は、承知いたしました!」
古い手術痕が走る顔ににかりと笑顔を浮かべながら労いの言葉をかける柴田。麟は彼を敬礼で見送ると、昼食を食べずに待っているであろうメンバーの元へと急足で戻ろうとした。
「……今まで考えたことなかったけど、なんで会議の出席が俺なんだ? 戦闘寄りの晶理さんはともかく、元康さんの方が絶対いい気がするんだけど……」
しかし先ほどの柴田の言葉に思うことあったのか、壁際に立ち止まって少し考えた。
「まあ、後から聞いて……」
「おい見ろよあいつ……内閣お抱えのアイドル犬じゃないか?」
「歌って踊って媚び売ってる奴がなんでここにいるんだ?」
考えても仕方がないと切り替え、会議室を去ろうとしたその時、明らかに自分の――「Midnight Phoenix 」のことを指す言葉が彼の耳に入った。顔を動かさないまま後ろを周囲を確認すると、少し離れた場所にいる3人組の軍人が話しているようだった。
「しっ! あいつは元軍人らしいぞ。聞こえたらどうする?!」
「そういうことは先に言えよ……あれ、でも今までロボットか化け物が来てなかったか?」
「さあ……壊れて廃棄処分された、とか?」
「ハッ! だと清々するもんなんだけどなぁ」
彼は聞こえていないと思っているのか、有る事無い事――正確にいうと無い事無い事だが――をニヤニヤしながら話し続けていた。麟は聞こえないふりをしながら静かに――しかし険しい表情で歩き出した。そして一連の会話で、なぜ自分が出席を任されたのかを十分過ぎるほど理解した。
「……なるほど、対外コミュニケーションの円滑化、か」




