26話 深夜の獅子
「ここ、は……?」
麟が目を開けると、そこは荒れ果てた都市だった。人々の行き交っていた道路には崩れた建物が積もり、所々炎が広がっている。人の気配はなく、進んでも進んでも瓦礫の山と灰色の煙だけが広がっていた。
「誰か……誰か、いないのか?」
出しうる限りの声で叫びながら、瓦礫を避けて進み続ける麟。今度は別の場所を探そうとしたとき、彼の耳に地を這うような声が聞こえた。
『……なぜだ?』
「え?」
呪怨に満ちたその声に、麟はびくりと体を震わせる。
『なぜお前だけ、のうのうと生きている?』
「……え、あ」
それは、かつて自分達を導いた頼もしい隊長の声。
『なんであの時、一緒に死んでくれなかった?』
『仲間じゃなかったの?』
『痛かった……苦しかった……』
「それ、は」
それは、かつて泥だらけの背中を預けた戦友の声。
『あなただけ生きてるなんて、許さない』
『お前だけ平和に暮らしてるなんて、ずるいんじゃないか?』
「あ……ああ……」
それは、かつて頭を撫でてくれた祖父や姉弟の声。
『『どうしてどうしてどうして……どうしてお前だけが……』』
「やめてくれ……お願いだから、やめてくれ……!」
上からも下からも迫りくる怨嗟の声にか細い声で抗うのが精一杯の麟。止まない言葉の雨に耐えられず両手で耳を塞ぎ、地面に座り込み――そこで目が覚めた。
「……夢……か……」
ぐっしょりと汗をかいたTシャツ、眠っていたとは思えないほど荒い息、大きな傷が常夜灯に照らされるほど乱れた髪……丑三つ時を指す古い壁掛け時計を見た麟は、大きくため息をついた。
「はあ……これで何回目だ?」
「共用ルーム異常な……む、麟殿? いかがしたでござるか?」
「げ……じゃなくて、こんばんは元康さん。シャワー浴びたんで、ちょーと水飲みに来ただけですよ……ははは」
「シャワーを、こんな時間にでござるか?」
しんと静まり返った共用ルームに、2人の声が響く。頭を掻きながらごまかすように笑顔を浮かべる麟を、夜間見回り用のチェックリストを持った元康はスキャンしているかのように瞳を変えていた。
「ちょっと?! いくらアンドロイドつったって、許可のないスキャニングは禁止ですよね?」
「スキャンじゃないでござるよ。簡易的な健康診断でござる……むむむ、体に異常は無さそうでござるな。ということは、うまく寝付けなかったでござるか?」
「あーはい、まあ。だから、睡眠導入薬でも飲もうかなーなんて……」
スキャンしてるじゃないですか、というツッコミどころではない麟は、慌てて左手の小瓶をジャラジャラと振った。「一回2錠まで」と書かれたラベルをまじまじと見つめた元康は、それ以上の深入りはしないという様にくるりと背を向けた。
「……用法用量はよく守って、適切に使用するでござるよ。もうすぐ某らにとって大切なチャリティコンサートがあるでござる。麟殿も何かあったら、何でも相談してほしいでござる」
「……ありがとう、ございます」
「あ、ここの鍵は某が帰りにかけておくでござるから、そのままで大丈夫でござるよ。麟殿、おやすみなさいでござる!」
「元康さんも、お疲れ様です」
手をヒラヒラと動かしながら去っていく元康。麟はその背中を見つめながら小さくため息をついた。
「やっぱり|ヒューマンサポートアンドロイド《元康さん》には敵わないかあ……」
そして薬の小瓶の蓋を開け――躊躇なく8錠ほど左手に出し――一気に口へ運び、心なしかどろりとした水で押し込んだ。




