23話 まだ小さな雛鳥だった頃
「故郷……?」
「そう! ここはボクが生まれて、4歳ぐらいまで育った場所! ま、今は見ての通りぐっちゃぐちゃのボロボロ、ウチュージンの彷徨うホーキチクだけどね」
彼は玄関へと続く階段だったであろう場所にそっと腰掛ける。
「驚いた? ま、『今回のツアーにボクのコキョウが入ってる』って言われてホーキチクを思い浮かべるほうがフキンシンだけどさ」
「ここは、三依先輩の家、なんですか?」
「そ。ほら見て! ここ、『神楽』って書いてあるでしょ? あ、ボクの本当の名前は神楽晴希っていうんだけど」
彼の後ろに立つ祝詞斗が三依の指さす先を見ると、崩れた塀の中に辛うじて「神楽」と書かれた長方形の石の表札が見えた。
「ショーリさんから故郷が入ってるって聞いて、嬉しかったんだよねえ。ほら、シュート君も家族に会えてないでしょ? ボクもなかなか来れなくて。ホントはもっと手を合わせに行きたいんだけどさ」
「手を、合わせる?……まさか、三依先輩のご両親って ……」
いつものように軽い口調で花束に視線を落とす三依。表情は確認できないが、きっといつものように笑っているのだろう。しかしなんてことのないように言う彼の痛みは、祝詞斗も痛いほど分かっていた。
「言ったでしょ? ボク、4歳ぐらいまでここにいたって。その4歳ぐらいのときにねー、ウチュージンがたくさん来たの。たくさん来てー、たくさん壊して、たくさん奪ってたんだよねー」
「……!」
三依の脳裏にあの日の出来事が克明に蘇る。あっという間に壊された日常、飛び交う悲鳴、必死に応戦する兵士の声……
「まあ結果は放棄地区見てくれれば分かると思うんだけどさ。ヘーシの人もたくさん来てくれて、頑張ってくれたんだけどさー、やっぱダメだったんだよねえ」
「……それで、三依先輩のご両親も犠牲に?」
「いや、ちょっと違うかなー……ボクのパパとママはねー、ここを守るために、自分から死んだの」
「え…………?」
全く予想していない答えに、祝詞斗は言葉を失った。三依はおもむろに空を見上げ、ぽつりぽつりと続けた。
「ウチュージンがもう来ちゃうって時にね、みんな……子供以外はみんな、ヘーシと一緒にウチュージンに向かってったの。ほら、見ての通りこんな田舎に防護ドームなんてないからさ、家も壊れて住める状態じゃなかったし。だったらボク達が逃げる時間も稼げるし、ワンチャンに賭けてって感じだったんじゃない?」
「どうして、そんな無謀なことを……」
「それはボクにはわかんなかった。でもモトヤスさんに聞いてみればわかると思うよ。『放棄地区難民ってなんですか』って」
「放棄地区、難民……」
度々テレビから流れたその言葉に祝詞斗は聞き覚えがあった。放棄地区の元住人たちの受け入れ先問題や、補償限度についての論争が日々絶えず行われている……幸いにも家は無事であった彼には無縁のことに思えたが、いざ当事者を前にすると決して無縁だったわけではないことをひしひしと感じた。
「その後はまあ、孤児院に入って、ヘーシになるための訓練してたらチップ? に適正があってここに来たって感じ。…………あーあ、ウチュージンが来た次の日に、パパとママと一緒に遊園地に行く予定だったのになー……」
「……」
「今でも考えちゃうんだよねえ……ボクが何かできてたら、メリーゴーランドも観覧車にも乗れたのかなーとか……はーあ、久しぶりに思い出したら悲しくなっちゃった」
「…………三依、さん……」
心に刻まれた傷に蓋をするようにへらりと笑う桃色髪の少年。かける言葉のみつからない祝詞斗がうつむいていると、三依は笑顔のままこちらを振り返った。
「気ぃ使ってくれなくても大丈夫だよシュート君。別に家族がいなくなるのって、そんな珍しいことじゃないから気にしてないから! シュート君にははなしてもいいかなーって思っただけ」
「……ありがとう、ございます?」
「それにね、1人になってからいいこともあったんだから!」
「いいこと、ですか?」
祝詞斗が乾いた声で呟くと、三依はうん、と頷いた。
「1つは、アイドルっていうテンショクに就けたこと! ボクの孤児院にも何回か来てくれてさ、とっても嬉しかったんだあ。1人でもなんとか生きていけるんじゃないかって、ちょっとだけ前向きになれた。だからボクもボクみたいな人に笑顔と幸せを届けようって決めたの!」
「そう、なんですね」
「もう1つはねー、なんでパパとママがあの時死ぬことを選んだのかちゃんとわかったこと!」
「え?」
驚く祝詞斗に、三依は立ち上がると彼を見上げるように覗き込んだ。
「シュート君さあ、戦災孤児年金って知ってる?」
「は、はい……」
「ボクねー、パパとママ以外家族がいなかったの」
「……!!」
刹那、質問の意図を理解した祝詞斗の胸は、自分のことではないはずなのにずきりと痛んだ。
「パパもママもヘーシじゃなかったから、お金があったわけじゃないし……わかってたのかもね、身寄りもない、家もない……ここで生き残っても、満足に生活できないって」
世の中というものは、あまりにも残酷だった。
「でも、パパもママもわかってないよねー。お金がいくらあっても、パパとママは買えないのにね」
こちらを見上げたままくしゃりと笑うその笑顔には、隠しきれていない悲しみと一抹の苦しみが浮かんでいた。
「あ……」
しかし重たい沈黙も束の間、祝詞斗がなになにかを言おうと言葉を発しかけたその時、近くでその沈黙を破るように大きな破裂音が聞こえた。




