21話 大千秋楽
「いや~、やっぱり『糸』があると安心する~!」
「そんなに、か……?」
「実際問題として安心ではあるでござる」
三日月が輝く黒い空の下で、戦闘服に身を包んだ祝詞斗、晶理、元康。やや離れた地点には三依と麟も行動を開始している。
『ふ〜ん、シュート君はボクのこと信じてくれてなかったんだあ』
「いやいやいや、そんなこと言ってないですよ!」
『三依、からかうのもそのへんにしておけよ?』
耳元の通信器から聞こえる賑やかな声。はたから見ればとても高松での大千秋楽終了後の夜とは思えないだろう。超人気アイドルグループともなれば、ツアー後の予定もカツカツなのだ。
「ふふふ、元気なのはいいことだ。では行動を開始しよう」
晶理は目に見えないほどの細さで張り巡らせた「糸」をたぐり、地球外生命体の位置を正確に特定していく。政府の予測システムのみを使っていた前回とは違い、物の数秒で特定された彼らの位置は淡々と共有された。
「麟、東に12メートル先、制圧対象2体……美笠浜君はそのまま左に曲がった瓦礫の奥の1体を」
『寿了解!』
『ボクもりょーかい!』
耳元から軽快な声が響き、その直後には風を切る音が聞こえた。
「では、私達も始めよう。元康、単独行動をお願いしたい」
「承知したでござる! どこに行けばよいでござるか?」
「……もう少し先の分かれ道の左側だ。3体ほど確認できたが、頼めるか?」
「任せるでござる!」
「祝詞斗君は私と一緒に。分かれ道の右側に4体の地球外生命体を確認した。私が引きつけるからその間に制圧してほしい」
「了解です!」
祝詞斗の元気な返事に晶理は頷き、行くぞ、と呟くと軽く地面を蹴った。
「目標まで30メートル……20メートル……」
祝詞斗もそれに続き、敵に見つからないように瓦礫に身を隠しながら徐々に距離を詰めていく。
「10メートル……接敵」
瓦礫の後ろからふわりから飛び出し、細い糸で1体を派手に弾け飛ばす。突然の襲撃に残りの注意は完全に晶理に向いていた。よく分からない咆哮をあげながら突撃する地球外生命体を、赤い髪を揺らしながら軽くかわす晶理。
「……行きます!」
彼らがもう1人の伏兵に背を向けた瞬間、祝詞斗はクローを構えて飛び出した。
「!!」
「ハァッ!」
姿勢を低くし、目にも留まらぬ速さでまずは1体を切り刻む。こちらに気が付き標的を変え地球外生命体の攻撃は体を捻って躱す。そして振り向きざまに爪でしっかりと捉え切った。
「後は……えっ」
最後の1体を目で探そうとした時、その1体の鋭い腕が眼前に迫っていることにようやく気がついた。彼がいくら素早くとも、この至近距離で完全に躱すことは不可能だ。一瞬、彼の脳裏に幼き日の襲い来る怪物の姿がよぎった。
「っ……あれ」
しかし祝詞斗が回避を試みつつ衝撃に備えようとした瞬間、その凶暴な生物は身体中に赤い痕を走らせたかと思うと塵となって破裂した。
「怪我はないか?」
赤い糸の主は糸を操っていたであろう右手を下ろし、驚いた顔をしている祝詞斗を心配そうに見つめていた。
「だ、大丈夫です……ありがとう、ございます」
油断していたというわけではないが、あの距離まで接近を許したのは初めてだった。収まらない心臓の高鳴りを感じつつ、祝詞斗は素早く全身を確認した。さすが「Midnight Phoenix」のリーダーというべきか、彼の攻撃は敵に動く猶予を与えなかったようだ。
「ふむ……この辺りの奴らは大方片付いた。訓練では問題なく片付けられていた数だと思ったらが……公演の疲れが取れていなかったのか?」
周囲を警戒しながらも祝詞斗に怪我がないことを確認し、首をかしげる晶理。
「疲れが取れてないわけじゃないんですけど……なんで気が付かなかったんだろう……」
祝詞斗も先ほどの状況を思い出しながら首をかしげる。突っ込んでいったときは確かにすべての敵の場所を把握していたはずだ。祝詞斗に実践を積ませるために囮役になった晶理を見て、これなら自分でも大丈夫だと思っていた。
「戦闘への恐怖心か? ……いや、待て。先ほどの動き、地球外生命体というよりは私を見ていたような……?」
晶理は1人で何かを呟いていたが、その思案はとある機械生命体によって中断された。
「晶理殿、祝詞斗殿! こちらも討伐完了したでござる! ……むむ、顔が暗いでござるよ? 何か問題でもあったござるか?」
「……いや、大きな問題はない。麟、美笠浜君、そちらは?」
『こっちも終わりました!』
『ラクショーだったよ!』
「そうか、政府の予測機ではこれで最後ということだが、一応私が確認を……」
晶理が再び「糸」を使おうと右手を少し上げた時、通信機の向こうから三浦の声が聞こえた。
『その必要がありません、晶理さん。こちらで殲滅を確認しましたから』
「……そうか。では後のことは任せても構わないだろうか」
『勿論です。皆さんお疲れでしょうから、ゆっくりと休息を取ってください』
晶理は短く返事をしてから祝詞斗と元康、そしてインカム越しの麟と三依に告げた。
「……とのことだ。今回の作戦はこれもって完了とする。明日は自由時間なるが、各々しっかりと休養して帰郷に備えてほしい。では」
『了解です。俺は三依と帰ってますね』
『おさきにね〜!』
インカム越しの浮かれた声を聞きながら、祝詞斗らもホテルに戻ることにした。
「にしても、晶理さんの索敵、すごく正確、ですよね。オレもあんなふうにできるようになるのかな……」
帰路の中、空に輝く星を見つめてながら祝詞斗がポツリとつぶやく、と元康の耳に入ったのかむむむ……とこちらを見つめながら考え込んだ。
「むー……、いつかはできるようになるかもしれぬが……まずは『特異点』として覚醒することから始めねばならぬでござるな!」
「特異点、って?」
初めて聞く言葉に祝詞斗はきょとんと首をかしげる。
「『特異点』というのはでござるな、身体に埋め込まれたチップと高い共鳴を示した人間が、極度の緊張状態、もしくは昂揚状態になった際に習得する強大な能力のことでござる! ……と資料には書いてあるでござるが、簡単に言うと身体能力の向上でござるな」
「へえー……じゃあ、元康さんや晶理さんは特異点ってことですが?」
「某は違うでござるよ! そもそもアンドロイドでござるからチップを埋め込んでいるわけじゃないでござるし……今のところ『Midnight Phoenix』で覚醒しているのは晶理殿だけでござる!」
「だ、だからあんなに強いのか……」
絶対的な強さを見せつけられたシーンがまざまざと脳裏を走り、祝詞斗は自然と納得した。
「詳しいことは晶理殿に聞いてほしいでござる! 晶理殿、よろしくお願いするでござ……」
元康が隣にいたはずの晶理に目配せしようとしたが、彼はそこにはいなかった。代わりに少し離れた場所で先ほどまでいた放棄地区を険しい表情でじっと見つめていた。
「………………気の所為、か?」
「晶理殿?」
何か忘れ物でもしたのかと元康が声を掛けると、こちらに気がついたらしい彼はすぐにいつもの穏やかな表情で歩き出した。
「……すまない、少しぼうっとしていただけだ。それで、何を話していたのだ?」
「晶理殿が強いという話をしていたでござるよ! 祝詞斗殿が特異点に興味を……」
瓦礫を照らす星々の下に3人の賑やかな声が響く。そして同じ頃、影の間を縫うように放棄地区のをうごめく異星の怪物を知る人は誰もいなかった。




