20話 眠れない夜に
深夜、空には星々がきらめき、街はしんと静まり返っている。とあるホテルの3人も、ベッドの中で静かに眠っている。
その中に、空の星のようにらんらんとした瞳の青年が1人。
「だめだ、興奮して全然眠れない……」
初めてのドームツアーを終えた彼は、なかなか熱から覚めないようだ。隣の三依はぐっすりと眠っているようで、すうすうと寝息が聞こえる。それに引き換え彼は、何度羊を数えようが目を閉じようが眠れない始末である。
「……水でも飲むか」
ごそごそと布団をめくり、片足だけスリッパを踏みながら洗面所へと向かう。暗闇の中、手ぐさりでスイッチに触れると、リビングルームの中が明るくなった。
「あれ、麟さん?」
「祝詞斗? もしかして、君も眠れないのか?」
そこには寝間着姿でソファに座る麟がいた。
「ちょっと、興奮が冷めなくて……麟さんも、ですか?」
「俺が三依だったら一発どつかれても文句言えないぞ……」
アイドル歴7年のベテランが、流石にそんな理由で眠れない訳はない。彼は睡眠導入薬の瓶をジャラジャラと振りながら持ち上げた。
「職業病、かな。昔は夜も任務にあたることが多かったからさ。たまに目が冴えて眠れなくなるんだよ」
「そういえば昨日言ってましたね。やっぱりそういうことってあるんだ……」
「まあ俺は16歳から軍にいたからな。家の方針で中学も入隊志望者の集まるところだったから夜間訓練もあったし、それもあるかもしれない」
「軍って、大変なんですね……」
自分が触れたことのない環境に驚きつつ、心の何処かでやはり行かなくて良かったと安堵する。祝詞斗も水を飲むためにコップを持つと、麟が呼び止めた。
「そうだ、せっかく2人いるんだ、祝詞斗の地方ツアーデビュー祝いも兼ねて、お酒でもどうだ? 三依がいると飲めないだろう?……もちろん無理にとは言わない」
お酒は飲めないわけではない。先輩からのありがたい誘いに、異論なく承諾した。麟は立ち上がり、コンビニで入手したであろうチューハイを冷蔵庫から取り出した。簡素なグラスに、トクトクと注がれる小さな泡をたたえた液体。
「明日もあるから少しだけ……な」
半分を祝詞斗に、もう半分を自分のグラスに注ぎ、片手でそっと持ち上げる。
「じゃあ、祝詞斗の初地方ツアーの成功を祈って、乾杯」
「乾杯!」
2人はグラスを近づけ、そのまま口に運ぶ。パチパチと弾ける感触とともにほどよい甘さが口の中に広がった。
「お酒も久しぶりだなあ……味はまあ値段相応だけど、まあまあいいじゃないか」
「俺もあんまり飲まないですね。朝早かったり、体型維持とかありますから」
「三依もいるからな。晶理さんが飲んでるとこもほぼ見ないし、元康さんは飲めないし……」
麟はそう言いながらグラスの中を一気に飲み干し、机にトン、と置いた。
「ああそうだ、せっかく2人だけなんだし、なにか俺に聞いておきたいことはないか? ほら、三依がいると聞けないこともあるだろう?」
「聞きたいこと、ですか……うーん……」
確かに三依がいるとお互い言いづらいこと、聞きづらいこと――例えば昨夜の、祝詞斗だけが知らないセンテンシブンなことなど――は存在する。
「趣味、恋愛歴、苦手なこと……何でもいいぞ? ま、アイドルは恋愛しない、けどな」
聞きたいことはあるが聞いていいのかと戸惑っている祝詞斗に麟はニヤリとしながらおどけて話しかける。その言葉に緊張がほぐれたのか、本当に何でも聞いていいと分かったのか、祝詞斗はようやく口を開いた。
「じゃあ……麟は、どうしてアイドルにい来たんですか? オレみたいにオーディションですか? それとも、やっぱりその……怪我ですか?」
やはり憚られたのか最後は小さな声ですぼむ祝詞斗。しかし麟はすぐに応えた。
「気遣ってかくれてありがとな。でもこの怪我は関係無い……そもそもこれぐらいじゃ前線に出ても支障は無いからな」
「じゃあやっぱり、オーディションで?」
「いや、上からの命令だ。元々軍にいたって話はしただろ? その時の定期健康診断で、『特殊チップの適性あり』って結果が出たらしいんだ」
髪の毛の隙間から見える彼のうなじの小さな傷跡。恐らく通常一般兵が使用する量産型チップを取り出した跡なのだろう。
「その後話がトントン拍子に決まってさ。本当は大きい作戦……第14次迎撃戦があったんだけど、元いた防衛分隊から移籍して、ここに来たんだ」
「そうだったんですね……元の仲間のみなさんとは……いや、いいです。これは聞くべきじゃないですね」
「……まあ、そうだな。ただでさえ少ない人員だったのに俺が直前で抜けちまったんだ。よく俺を笑顔で送り出してくれたと思うし、結果はどうであれ……よく、やったと思う」
かつての仲間に思いを馳せ、カーテンの向こうの夜空を見つめる麟。昨夜と同じように哀しさをたたえていたが、すぐにいつものように爽やかに笑った。
「ま、俺の加入経緯はこんな感じだ。祝詞斗はオーディションだと思ってたのか?」
「軍隊からアイドルっていうのがどうもつながらなかったんですけど……僕たちも一応軍の一部でしたね……」
「むしろオーディションのほうが珍しいぞ? 三依も傭兵育成施設からの引き抜きだし」
「え」
「晶理さん《リーダー》と元康さんもスカウトだし……他の初期メンバーはオーディションだって師匠から聞いたけど」
「じゃあ、なんでオレの時だけオーディションを……? あんなうまく擬態してなきゃ引っかかることはなかったのに……!!」
最初の夜の脱走劇を思い出したのか飲み干したグラスを悔しそうに置く祝詞斗。麟は慰めるように軽く肩を叩いた。
「きっと一般人からも特殊チップ適合者を見つけたかったんじゃないか? ……酒も飲み終わったし、コップは俺が洗っておくから、先に寝室に戻っていいぞ」
「うう……ありがとうございます」
先輩の心意気をへこんだ心に沁み渡らせ、祝詞斗はぐっすりと眠る三依を起こさないように静かに寝室へと戻った。




