19話 目の前に想いを
「あ、あと少しで本番?! 急に緊張が……」
札幌会場の舞台袖。あと数歩踏み出せば光に包まれたステージ。開演時間が迫り会場のざわめきもしっかりと聞こえる。鳥をイメージした衣装に身を包んだ祝詞斗がそっと顔を出すと、所々に青いペンライトの光が見えた。
「青色……うれしいけど、なんか余計緊張してきたかも……はあ」
自分を見に来てくれている、ということは自分に期待してくれてる、ということである。わざわざ高いチケット代や交通費、煩雑なブロック間移動手続きをしてここまで足を運んでくれたファンに、自分はそれ以上の価値を渡せるだろうか。水を飲んで落ち着こうとしたてが小刻みに震えていることに気がついた祝詞斗は苦笑いでため息をついた。
「へー、シュート君の色、沢山見えるじゃん。人気者だね! シュート君!」
「うわあっ! ……なんだ、三依さんか……」
手から取り落としそうになったコップを慌てて持ち直すと、「センパイ」でしょ! と頬を膨らせる三依がいた。
「まあ? なんかキンチョーしてるみたいだから? 大目に見てあげるけど」
「あ、ありがとうございます?」
祝詞斗がコップを机の上に置くと、三依がスカートのようになっている衣装の裾を持ちながらパイプ椅子に座りながら何かを思い出したように口を開いた。
「そうだ、ボク、シュート君にいいこと教えてあげようと思って」
「いいこと、ですか」
「そ、シュート君はユーカンキャクのライブ初めてでしょ? だから、ユーカンキャクで大事なファンサのやり方を教えてあげようと思って。今回客降りあるでしょ」
確かにそのとおりである。間奏長い曲で一度、客席の通路に降りてファンの近くを通ることになっている。そのファンは当然各々で作ったうちわや、応援しているメンバーのペンライトを持っているはずだ。当然、素通りするだけでは味気ない、というより申し訳ない。
「それは……確かに。配信もありますから、そっちを見てる人にも喜んでもらいたいし……」
「んじゃあ決まり! 先ずは基本のキ!ウィンクだよ!……確認だけどウィンクぐらいできるよね?」
「当然ですよ! ほら! できてますよね!」
どこからどう見ても両眼を閉じているようにしか見えない「コウハイ」に三依は深くため息をついた。
「……ありがと。もう二度とやらないでね。次、指ハート。親指と人差し指をこう! カメラ目線も忘れずに!」
「親指と人差し指を……こうか。これなら簡単にできるかも」
「次、指さし。ホントは手で銃の真似するのほうがウケがいーんだけど、最近フキンシンっていうフーチョーになったからしばらくやらないでね」
「……いろいろ面倒だな」
戦争のもたらす思わぬ弊害に驚きつつ、動きだけじゃないよ! しっかりファンの子も見てあげてね! という三依のアドバイスを手帳にメモする。
「まあ今回はこのくらいできれば十分! あとは、うちわがあったらできるだけ答えてあげること! 客降りの時間はゲンシュ! 同じ場所にに留まりすぎない!ファンサする機械になっちゃダメ! このくらいかな。一番大事なのは、お客さんとシュート君が楽しむこと!」
ポンと、「コウハイ」の背中をたたいて激励する三依。祝詞斗はいつの間にか震えが収まっていた右手でコップを持ち上げ、一気に飲み干した。
「神風さん、美笠浜さん、最終確認お願いします」
「はーい!」
「わかりました!」
スタッフの声に二人は席を立ち、控室を後にした。
**********
『♪――――――』
煌めくステージ、スピーカーから溢れる音、客席に広がる光の花畑。それを一身に受け止めた5人の不死鳥は舞う。間近で聞こえる歓声、今にも弾けそうな熱気。どれも祝詞斗にとっては新鮮であり、刺激的だった。
『では客席の方へお願いします』
耳元でスタッフの声がし、5人はそれぞれの 持ち場へと向かった。
観客の黄色い悲鳴を浴びながら祝詞斗は一階左通路を、三依は右通路を進む。
一歩横に入れば座席。青いペンライトも、ファンの笑顔も、緊張した顔も、ステージの上よりもはるかにはっきりと見える。
(えーと、基本は手を振って……うちわとカメラに注意、か)
ふと後ろの方へ視線をやると、深紅の光に染まった場所から悲鳴が湧いていた。恐らく目当ての――晶理が来たのだろう。隣を見るとピンク。見えないが、2階席は緑と黄色に染まっていることだろう。
(あ……うちわ)
祝詞斗の視界に入った青を基調として綺麗に飾られたうちわ。白く縁取られた青い色で貼られた「大好きだよ」の文字。これは答えなければ無作法というものだろう。
緊張した面持ちでこちらを見つめる女性にしっかりと視線を向け、教わった通りに指を交差させる。勿論、笑顔も忘れずに。
「えっ……!!」
途端にあふれる喜びと驚きの混じった笑顔、高い歓声。
――よかった、喜んでくれて――
次のエリアへ移動するために祝詞斗はその場を離れたが、彼の心は満足感でいっぱいだった。
「どう? シュート君! 楽しかった?」
ステージに戻り、暗転の間に三依の囁く声がする。上目遣いでこちらを見つめる頼もしい「先輩」に祝詞斗は力強く頷いた。
「はい、とても! 楽しいし、嬉しいです!」
「Midnight Phoneix」地方ツアー札幌公演は、大歓声の中幕を閉じた。




