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最終話「夜明け前が一番暗い」

 その後も学院の動きは目まぐるしく。

 元怪能の持ち主にも、変化があった。


 ルヴィア・ガーネットは自身の行いが徐々に重く心に圧し掛かり、そしてもうミスター・カプノスがこの学院にはいないという事実によって虚脱感が著しくなる。


 都市の崩壊によって事件の追及こそされなかったものの、彼女は自主退学をし学院を去った。

 今は実家に帰っているそうだ。


 ラナフィー・スノウドロップは在学を決めていた。

 しかし怪能の持ち主だったころの感覚が忘れられず、凶悪ないたずらを考えては実行に移すという、もう救いようのない精神状態だった。

 それがアダムスカの推理によりバレて退学させられたのはまた別の話。


 レイカ・クロユリは以前として行方知れず。

 遥か西方に彼女と思しき人物を見たという目撃情報があったが、見つけることは叶わなかった。


 リーネット・カルミアは学院を辞め、カルミア家とも縁を切る。

 寮を引き払ったあと、彼女はなけなしの金を持ってどこかへと旅立った。

 家を出ていくことに関して、両親はなにも言わなかったらしい。

 むしろ父親は終始彼女に怯えていた。


 ……以後消息不明。



 そして、ロベリア・ロベリアは────。


「検体A、バイタルに異常なし」


「うむ、では当初の予定通り新薬を投与しよう」


「彼女の恐るべき力、ぜひとも解明したい」

 

 この国のどこにあるかもわからない地下研究所。

 巨大な台の上に寝かされたロベリアの身体から、無数の管が伸びておりそこから薬液や栄養や流し込まれる。


 薬の副作用などで自慢の髪は抜け落ち、身体の至る部位には痛々しい手術痕がみられた。


 成功例として最高峰の存在であるロベリア。

 一般病院から回収した彼女を使って日夜実験が行われていた。

 

 あのとき、研究者のひとりがロベリアの変異を目撃していた。

 これに目を輝かせた研究者が上層部に報告。

 リーネットのことは砂煙などで見えなかったらしく、それは奇跡的ともいえよう。


 研究者たちは希望いっぱいに瞳を輝かせる。

 ロベリアの力を解明すれば、人類にまた新たな道を示せる。

 彼らの知的好奇心はもはや快楽の域にまで達していた。


 ロベリアはなにもできない。

 ただ眠り続けることしかできなかった。


 薬で苦しみ、血を抜かれて呻く。

 安息はない、死ぬまで。

 わずかに保っていた精神は、やがて砕け落ち彼女を静かに壊していった。


 研究者たちと上層部の間で、ホムンクルスの有用性の見直しがされていた。

 ホムンクルスを今まで以上に量産し、さらに多分野の実験を繰り返させる。


 大まかに言えばこんな計画だ。

 都市の復興が落ち着き次第、予算案を提出するとのこと。

 新たなビジネスチャンスが舞い込んできたと思った矢先、



 ────研究者、並びにその周辺の関係者が次々と謎の変死を遂げる。

 大抵が寝ている間に、誰も彼もが苦しそうな顔をして死に絶えていたという。

 

 犠牲はとめどなく。

 代わりの人員が補充され、上層部の入れ替わりが幾度起きようとも、ロベリア、並びにホムンクルスの実験に関わる者が死んでいった。 


 誰もが気味悪がり、次第に研究は衰退していった。

 ロベリアに科していた実験も中断を余儀なくされる。


 そして、ある日の夜。

 安らかに寝息をたてるロベリアは、久々に夢を見た。


 そこに、ミスター・カプノスは現れた。


 カプノスが歩いているのは長々と続く子供部屋だった。

 オモチャやぬいぐるみの傍らに、小難しそうな本が積み上がっているが、その奥にいる夢の主は目もくれないのだろう。


 突き当りにドアがある。

 なんとも可愛らしいデザインのドアだ。


 ゆっくりと開くと、そこに彼女はいた。

 キャッキャッと喜びながらお人形遊びをしていた。


 学院の制服をまとった、以前とは違う無邪気な顔のロベリアが。


「やぁ」


 カプノスが声をかけると、


「あら! 珍しいお客様ね! いらっしゃい。ここはワタシのお家よ! ワタシはロベリア。よろしくね!」


 ロベリアは屈託のない笑顔でパタパタと歩み寄る。

 その所作はまるで幼い子供だ。

 

「さぁさぁお客様。どうぞゆっくりしていってくださいな」


「あぁ……」


 ロベリアはカプノスをふわふわのソファーに座らせた。


「今お茶を淹れますわね。ケーキもありますの!」


「いいね……」


「うふふ、嬉しいな嬉しいな! 誰も来ないから退屈してたのよ。お客様なら大人の人でも大歓迎! さぁ召し上がれ! 我が家特製のお茶とケーキ、ワタシの手作りよ!」


 と、空っぽのティーカップとオモチャのケーキののった皿をテーブルに置いた。


「ん、どうされたの? もしかして、ケーキが嫌いだった?」


「そんなことはない。とっても美味しそうだったから、ビックリしてしまったんだよ」


「まぁお上手ね! ……うふふ、なんだかアナタとは初めての気がしないわ。なんだろう、ずっと前からアナタと出会ってたような気がするの! キャッ、もしかして運命かしら」


 子供のようにはしゃぐロベリアを疲弊した笑みで見ていた。


 これがあのロベリアの精神の成れの果て。

 あれだけの邪悪が嘘のように、彼女は笑っていた。


 そこからもおままごとは続く。

 カプノスは黙ってそれに付き合った。


「わぁ~たくさん遊んだ! ねぇ、おじさま。次はなにをして遊ぶ?」


 ソファーに座るカプノスのヒザにもたれるように、ロベリアは床に座った。


「ロベリア、もうそろそろ寝る時間だよ」


「え~ヤダー。もっとおじさまと遊ぶの~。嫌だったら、こうしちゃうもん!」


 そう言うとカプノスのヒザに頭を乗せて寝るような姿勢になる。


「困った子だね」


「ね~頭撫でて~」


 カプノスは左手で撫でる。

 サラサラとした髪質の奥で、ロベリアがくすぐったそうに喜んでいた。


 ────カチッ


「ん? なに今の音?」


「時計の音じゃないかな? じゃあ、ここでいい。目を閉じてロベリア」


「う~~」


 言われた通りに目を閉じるロベリア、の後頭部に撃鉄を引いた拳銃を突き付ける。

 ロベリアは気づかないまま穏やかに彼の温もりを感じ取っていた。


 カプノスは顔を天井に上げ、目を閉じる。

 帽子のツバとマフラーの間で、小さな息が漏れたと同時に、引き金は引かれた。


 重音とともに、ロベリアの肉体が一瞬痙攣。

 ヒザに添えていた手が、コトリと床へと滑り落ちた。


「…………」


 カプノスはロベリアを抱え、ベッドへ寝かせた。

 白いハンカチで顔を覆ってやり、彼女の周囲にぬいぐるみやオモチャをたくさん寄り添わせてやった。


 ロベリアは永遠の眠りについた。 

 現実世界でも、彼女は安らかに苦しむことなく……。


 敵対していたとはいえ、あの狂ったメイリー・アンソニーの被害者、いや、この世界の歴史の被害者でもある。


 介錯のつもりだったが、やはり殺しは殺し。

 その事実は夢の中であろうと変わらなかった。


 彼にとって重く残酷な罪過だった。

 ソファーに置いていた銃をホルスターにしまい、カプノスはその場を静かにあとにする。


 白いハンカチが真紅に濡れる。

 それは涙のように溢れ、やがて枕をも濡らした。


 いずれこの夢も泡沫のように消える。

 それまでは、安寧と静寂が約束されている。


 もう誰のひとりとして、ロベリアを脅かすことはできない。

 渋く苦い表情をマフラーと帽子で隠しながら、カプノスはまた誰かの夢の中を彷徨い歩く旅に出た。永遠に。



 やがて夜が明け始めた。

 闇を裂く白が、1日の始まりの合図を送る。


 今度こそ完全に怪能事変は終わりを告げた。

 その地上を見届けるように静かに月は回る。


 新たな夜が反対側におとずれた。

 誰かの眠りの中で、ミスター・カプノスはまた彷徨う。


 いくつもの夢を、何十年、何百年とかけて渡り歩く。

 まるでこの星の自転のように、止まることなく。


 光と闇。

 希望と絶望の狭間を、いつまでもひとりで。

 

 それゆえか、元怪能の持ち主は彼と再会することは二度となかったと言う。

 幾重の夜の訪れがこようとも。

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