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第64話「哀愁の時」

 すべての事件は幕を閉じた。

 あれから数日たち、焼け野原のようになった街の復興が急がれる中、学院も学院でひと悶着ありそうだった。


 メイリー・アンソニーのやらかしと、学院全体の隠蔽がバレた。

 特大の事件として取り上げられるも、街の崩壊と比較すると大した話題性ではなく。


 世間はそれどころではないといった感じだ。

 とは言え、責任追及からは逃れられないだろう。


 アダムスカはまるで廃人のように、興味を失っていた。

 今度は上層部の闇を暴こうと急かしてくる奴もいたが、アダムスカはすべて無視した。


「やぁ、アダムスカ」


「あぁ」


「君が事件を解決したって……もうそういう認識みたいだよ。なんかあれだね。周囲が勘違いして持ちあげられる主人公みたいな。そういうラノベってあったよね」


「どうだろ。読んだことない」


「そっか……」


 スパイクは変わらず話しかけてくれる。

 今回の事件がどういう風な終息を辿ったか、彼は報告してくれた。


「結局、不思議な力での怪事件も有耶無耶になっちゃったね」


「まったくだ」


「どうする? また追及する?」


「……いや、いい」


「そうか。……先生から伝言。進路希望届、もうちょっと待ってくれるみたいだよ。さすがに街があんな感じだからね」


「それと、学院側のやらかしもあるだろうしね」


「……大勢が将来の夢と進路を失った。てんやわんやだ」


 教室を見渡すと、大半が暗い面持ちだった。

 気怠げにそれを見据えるアダムスカは、椅子にもたれかかり重く息をはいた。


「この戦いってなんだったんだろうね?」


「なんだっていうのは?」


「映画やゲームみたいに、わかりやすくないってことさ」


「それどころかB級、いや、Z級映画並に落としどころがない。世界情勢は以前パニックのまま。責任追及をしても、皆が皆わけがわかりませんって。誰がどう見てもハッピーエンドじゃない」


「さすがの魔導探偵でもお手上げか」


「無茶言わないでくれ」


「……リーネット、今日もいなかったな」


「心配かい?」


「記念館で出会ってから、一度も顔を合わせてないんだ」


「ロベリアさんに至っては完全に行方不明。遠方の病院にも問い合わせたけど、どこにも入院していないらしい。というか、取り合ってもくれないらしいね。これじゃ探しようがないな」


 スパイクのため息で会話は途切れた。

 しばらく互いに黙っていたが、教室の外から妹の声が聞こえたのを確認し、


「すまない。ちょっと行ってくるよ」


「あぁ、……いつまでも兄妹仲良くね」


「当たり前だろう?」


 しばらく見つめ合ってから親愛の握手。

 その後、スパイクはアダムスカを見送った。


 窓の外を眺めると、復興作業が絶え間なく進んでいるのがわかった。

 巨大なクレーターのある場所にはなにがあっただろうと考えたとき、ふと思い出したのがいつも懇意にしていたレストランだった。


 あそこの包み焼きハンバーグが絶品だったのだが、しばらく行ってなかったせいか、味や店主の顔も思い出せない。


 それが無情の寂しさを生んだ。

 こんなときにリーネットがいればまだ心の慰めになったかなと思ったが、────やはり彼女は教室に現れなかった。


 一方、リーネットはというと、彼女は病院を即退院したのち寮に引きこもっていた。

 そして本日久しぶりの登校。廊下を歩いていると先生に出会った。


「おお、リーネット」


 変わらずにこやかに挨拶してくれた。


「よっ」


「ご両親から聞いたぞ。お前、辞めるんだってな」


「あぁ、アタシみたいな能なしがいてもどうしようもないからな」


「ご両親、無事でよかったな」


「ハッ」


 リーネットの反応で仲たがいを起こしたことを大体察した先生は、そのことに言及はしなかった。


「学院辞めて、これからどうするんだ?」


「さぁね」


「あ、もしかして、好きな男のところへ転がり込むとか?」


「しねえよ! てか、いねえよ!」


「そうか? 愛はいいぞぉ~? 愛は勇気を与えてくれる」


「相変わらず能天気だなアンタ。愛なんて贅沢品、アタシにゃ重すぎるよ」


 そう言うと先生は豪快に笑いだした。


「ハッハッハッ! そうか。愛などくだらぬ、か」


「いやそこまで言ってねえけど」


「まぁ、いいんじゃないか。そういう道もいい。だが、覚えておけよ? 人間ってのはな、くだらないって言ったくせして、いつの日かそれがたまらなく欲しくなる日がくる生き物なんだ。だからいつかお前も……」


「だぁーわかった! そういうお説教はもういいから!」


「ハッハッハッ! 相変わらずだなぁお前も」


 最後まで変わらず接してくれた。

 今回のことで彼に心労がないはずがない。


 隠しているのがわかったけど、それを言及しようとは思わなかった。

 代わりに、


「……先生、ありがとうございました」


 再び歩き出す先生の背中に一礼。

 それが聞こえていたのか、彼は振り向きもせず、片手をヒラヒラとさせた。


 先生を見送ったあと、リーネットは例の準備室へと向かった。

 鍵は開いている。ドアを開けた瞬間、カプノスがいたように見えた。


 そんなわけはない。

 もう彼は夢の中へと帰っていったのだから。


 寂寞の念がしんしんと降り積もる。

 彼の痕跡を探したが、初めからそんなものはない。


 強いて言うなら、彼がいつも座っていたイスだ。

 窓際の弱い明るさで、劣化してざらついた表面が光る。


「よっこらしょっと……」


 しばらく座って部屋の中を眺めていた。

 ふと、資料が陳列している棚からはみ出ている紙を見つけた。


 近くにはボールペン、紙はルーズリーフだ。

 手に取ってみると、短く不器用な文章がつづられている。


『リーネットへ。最後らしく面と向かって別れの挨拶はすませたかったが、もうそんな余裕はなくなってしまったらしい。こんな手紙すら残すべきではなかったろうが、やはり書いておく。君には助けられっぱなしで、なにもお返しができなかったね。ルヴィアやラナフィーにも、大したお礼もお別れもできなかった。彼女らへの手紙を書く時間さえも。……君はこの学院を去るだろう。すまなかった。わたしがもっとしっかりしていれば、別の未来もあったかもしれない。無能なわたしをどうか恨んでくれ。君はなにも悪くない。そして、できれば人間らしく健やかに幸せな人生を歩んでほしい。こんな拙い文章で申し訳ない。こういう手紙なんて書いたことがないから勝手がよくわからないし、なによりしんど過ぎて頭が回らない。では、失礼する。ありがとう。我が親友の未来に、幸多からんことを』


 読み終わって、視線を天井に向けた。

 

「……なんだよ。アタシより手紙書くのうまいじゃん」


 微笑みながら、無造作に手紙を折りたたみ、ポケットにねじ込んだ。

 彼女が準備室を出たとき、元の静寂がまた広がった。


 今度はもう、用もなければ誰も入らない。

 誰のひとりも……。


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