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第63話「哀しみの悪夢(よる)を越えて」

「アダムスカ! ……あ、あれはまさか」


「スパイク。どうだった?」


「終わったみたいだ。街はもう、酷いもんだよ」


「そうか……」


「それでだけど、リーネットがこれをここにって」


 ポケットから取り出した空の薬莢をふたつ。

 それを見たカプノスは手をかざすと、


「ご苦労、返してもらうよ」


「あ!」


 一瞬にしてカプノスの手元に。

 呆気にとられ、動作が出遅れるふたり。


 さらに背後から生徒たちがやってくることに気がつかなかった。


「見ろ! アダムスカだ!」


「あそこにいるのってまさか……」


「えぇ、ミスター・カプノスよ。彼はミスター・カプノスを追い詰めたんだわ!」


 色めきたつ生徒たちの反応に、アダムスカは思わず振り向いた。

 言葉を失っている彼を見て、カプノスはニヤリとほくそ笑み、


「フハハハハハ!! さすがは名探偵! よくぞこのわたしが黒幕であると見破った!!」


「な、なに!? おい、なにを言って……」


「認めよう。君の勝ちだ。今回は潔く引き上げるとするよ。……最後にひと仕事しなきゃいけないのでね!」


 そうして宙高くに浮く、5つの薬莢。

 それぞれが一点へと飛び、円形のゲートが開いた。


「待て! 話は終わっていないぞ! こんなの、……こんなの間違ってる!」


「……なにも間違っちゃいない。落とし前は、つけないとね」


「待て!!」


 まるで滝つぼに堕ちるように。

 カプノスは軽やかにゲートに身を投げ、一瞬にして消えていった。


 手を伸ばした姿勢でかたまるアダムスカ。

 その背後で、歓声が上がった。


 アダムスカ、またまた事件を解決。

 虚しい称賛を受ける中、スパイクが歩み寄り彼の背中をさすった。


「大丈夫かい?」


「……あぁ」


「なんて言っていいか。ごめん、僕も頭がこんがらがってる」


「無理もないさ」


「ミスター・カプノス……変に優しい人だったね」


「ふん」


「……だとすると、あの噂は嘘なのかな?」


 この呟きを聞き逃すことができなかった。


「どういうことだ?」


「あ、いや、昔読んだ雑誌でね。ミスター・カプノスの特集が組まれていたことがあったんだ。もう廃刊になっちゃってるけど」


「どんな噂なのさ?」


「彼は夢を歩き、夢の中で人を救う。……でも、ドス黒いものもあるんだ」


「だからなんなんだ!」


 思わず声を上げる。

 ショックで思考が鈍っているためか、自身の内をよぎる不安の正体にたどり着けない。


「大声出さないでよ。……いいかい? ミスター・カプノスはね、人を夢の中で救いもするけど、人を殺しもするんだ」


「……なに?」


「えっと、昔の内容だからぼんやりとしか覚えてないケド……夢の中で彼に殺されると、もう二度と夢から醒めない。実質、死だね。でも、見た感じそういうことをするようには見えなかったから……やっぱデマなんだろうね」


 スパイクの言葉で、アダムスカの脳内のありとあらゆるワードと推測が連結した。


『最後にひと仕事しなきゃいけないのでね!』


 それは背筋が凍ってしまうほどの衝撃となって、彼を突き動かした。


「スパイク、自転車借りるぞ!」


「え、ちょっとどこ行くんだい!?」


「学院付属の病院! 集中治療室!」


「まさか、メイリー・アンソニー教授?」


 アダムスカは一目散に自転車で全速力。

 学院の広大な敷地内に設けられた大病院。


 駐輪場に自転車を乗り捨て、全速力で駆けていく。

 リーネットたちの戦闘の影響はここにも響いており、院内はパニック状態。


 人をかきわけながら、アダムスカは急ぐ。


「やめろ……やめろカプノス! メイリー・アンソニーを殺すなッ!!」


 しかし、幾人かの病院関係者につかまり行く手を阻まれる。

 事情を説明したくても、どう言えばいいのかわからかった。


 そうこうしているうちに、メイリー・アンソニーにも異常が現れる。

 眠っている彼女の呼吸と心拍が乱れ始めた。




 その、眠りの意識の中で────。


「暗い……怖い……誰か、誰か私を」


 教授という役職を持つにはあまりにも若く美しい女性。

 どことなく少女の面影を残し、縮こまって震えている。


 周囲は色とりどりの大小さまざまな結晶。

 しかし周囲はどこまでも暗く、そしてさむい。


 あの大事故からずっと、彼女は眠り続け、この夢の中を彷徨っていた。

 そんなとき、遠くのほうで足音がした。


 おそるおそる視線を向けてみると、ひとりの男が彼女のほうに歩いてきていた。

 夢の中で初めて見る人だった。


「メイリー・アンソニーさん、ですね?」


「アナタは?」


「お迎えに上がりました。ミスター・カプノスと申します」


 帽子を脱いで丁寧に挨拶。

 彼の名を聞いた瞬間、パァッと顔を明るくして彼に抱き着いた。


「あぁ! 噂は本当だったのですね! ……会いたかった。アナタに、会いたかった! この悪夢から連れ出してくださるのは、アナタしかいません!」


「恐縮です。では、参りましょう」


 希望を取り戻したメイリー・アンソニーはカプノスのうしろをついていく。


「……大事故を起こしたようですね」


「えぇ、まぁ。あれ? ご存じだったのですか?」


「まぁひと通り。……なんであんな実験を?」


「ふふふ、ひと言で言うなら、魔術と科学の発展のためですかね」


「やはりインテリジェンスな方は、見るものも違いますなあ」


「アナタが夢の中で人を救うように、私も研究で人を救おうとしているだけです」


 真っ直ぐな目で、キラキラとした不純を知らぬ眼差しでカプノスにそう答えた。


「アナタがいない間、外は大変なことになりました」


「まぁ、そうなのですか?」


「アナタの実験の影響が街に及んで、未曾有の被害が」


「まぁ!」


 他人事だ。


「でもでも! 私が目を覚ませばすべて解決できます! だって、私はそのために研究を進めてきたのですから! 失敗して被害が出たのは痛ましいことです。でも、私は研究を続けます。犠牲になった人たちの死を無駄にしないために」


「過去の人間の遺伝子を違法に用いてでも、ですか」


 その発言に一瞬固まったが、彼女はすぐに柔らかな表情に戻った。


「本当は、もっとキチンとした方法でやりたかったんですけどね。でも、私にはその機会は与えられませんでした。ホムンクルスって知っています? ひどいんですよ? 私はこの分野から外れろって……。ホムンクルスの研究もまた人類の幸福には欠かせません。私なら、もっともっとすごい研究ができるのに」


「……」


「夢の持つ力を引き出して、さらに魔術をアップデートさせる。それに連動して科学技術も進歩するでしょう。そう、人類の人類による人類のための調和と進歩! アハ! ワクワクしてきた」


 これ以上の問答はもういらない、とカプノスは結論付けた。

 飛びぬけた知的好奇心と子供のような異常な執着。


 話し方や雰囲気で、勝手にわかってしまったのが辛かった。

 なにか反省の色が見えそうな発言がひと言でもあれば、次に起こる悲劇をためらったかもしれないのに。


 仮に彼女が目覚めても、きっと悲しみはすれど実験や研究はやめないだろう。

 罪を犯したとすら感じないだろう。


 彼女はすでに罪を償う資格を自分から放棄していた。

 生きていても死んでいても贖罪に値しない、純粋といえる狂気たましい

 ありあまる才能からなる、痛々しい全能感。


 カプノスは覚悟を決めた。


「む、ストップ!」


「ど、どうしたのですか?」


「不届き者が……」


「ど、どこです? 怖い! 助けて!」


 カプノスは結晶を砕き、剣か槍のように構える。

 しかし、メイリー・アンソニーが違和感を覚えないはずがない。


「あの、カプノスさん?」


「……」


「どうしてお腰の銃を使われないのです?」


「いえ、これがいいんですよ。これが一番良く効くのです」


「えっと、なにに────」


    ザクッッッ!!!



「え?」


 灼熱、からの猛烈な激痛。

 カプノスの振り向きざまの平刺突が、容赦なく腹部に突き刺さった。


 筋肉の硬直と痛みでピクリとも動けない中、ワナワナとカプノスに視線を送った。

 どこまでも虚無的で、暗く恐ろしい瞳だった。


「ああ、あああ、ああああああああ……な、んで……?」


 しかしそのあとに絶叫。

 カプノスがさらに踏み込み、メイリーを背後の壁まで無理矢理に後退させる。

 壁に当たり、さらに深々と突き刺さったことで、メイリーの顔は絶望の色が強くなった。


「────ッ」


 カプノスは満身の力を込め、突き刺さった結晶を横一文字にじっくりと時間をかけて引く。


「がああああああああああああああああああああああああああ!!」


 悲鳴にもならない声を上げ、苦しむメイリー。

 腹に刺さった結晶を握って、何度も首を横に振って許しをこう。

 

「悪夢はここで終わりだ。続きは地獄でやってくれ」


 乱暴に引き抜くと、メイリーは歪みに歪んだ顔で倒れ込む。

 カプノスは結晶を放り捨て、はるか暗闇の先へと歩いていった。


 

 


 アダムスカが入れたときには、メイリー・アンソニーはスタッフの急変対応の甲斐もなく、息を引き取った。

 絶望に歪み、今にも地獄に堕ちそうな、そんな表情をしながら。


 それを見たアダムスカの顔は青ざめ、瞳を収縮させていた。

 そして力なくその場を去った────。

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