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第62話「自由」

 吹き抜ける風が終焉を告げ、街とかつて街だった荒野に冷たさを運ぶ。


「か、かえ……して……それはワタシの。お願い返し……ごふっ! げほっ!!」


 ロベリアの肉体は元の状態に戻った。

 大怪我はさることながら、元々身体が弱っていたのでその反動が一気にやってきた。


 弱々しい動作で薬莢を取ろうとするも、リーネットの残存膂力には勝てない。

 そんなとき、こちらに向かって自転車を漕いで向かってくる人影を見た。


「リーネット!」


「あ、お前……」


「この騒動……やっぱり、ロベリアさんが……」


 やってきたスパイクはロベリアに苦々しい顔を向ける。


「スパイク。お前に頼みがある」


「頼みなんかより、今は病院だ! 街の病院はもうダメだ。学院の病院へ行こう! そこで」


「お前だけが頼りなんだ!」


 遮られたと同時に、スパイクは無意識に胸を高鳴らせた。

 

「え、えっと……その、頼みっていうのは?」


「これを」


 とリーネットが空の薬莢ふたつを投げ渡した。


「いやっ! イヤァアア!!」


 ロベリアが発狂し、スパイクに手を伸ばす。

 それをリーネットが抑え込んだ。


「返して! それはワタシのなの! 返して! 返し……ゴホッ!!」


「これを持って、実験棟のほうまでいけ。持っていけばわかる!」


「え、で、でも……」


「────行けッ!!」


 リーネットの喝に肩を震わせ、スパイクは自転車にまたがって元来た道を戻っていく。

 それを大粒の涙を流しながら、ロベリアは絶叫する。


「あああ、あああああああああああ!! リーネットォォォオオオ!!」


 あまりに弱々しいパンチがリーネットの顔面に当たる。


「ワタシの、すべて……あれがなかったら……あれがなかったらワタシ……もう、どこにもッ」


 そのあとも罵詈雑言を吐きながら何度も何度もリーネットを叩く。

 リーネットは抵抗しなかった。

 ロベリアを抱きしめるようにしながら、甘んじて彼女の怒りと悲しみを受けた。


 自分でもよくわからなかったが、どうしてかロベリアの絶望を見捨てることができなかった。

 やがて疲れ果て、呼吸を乱しながらリーネットにもたれかかり、大きな声で泣いた。


「…………」


 ロベリアの慟哭の裏で、やがてサイレンの音が響いてくる。

 未曾有の異常事態に、都市も自国も、海や国境を超えた他国も対応を迫られるだろう。

 一個人の理解を超えた政治的なものがきっと何十年にも渡って動き出す。

 まるで自浄作用のように、あるいは機能代償のように。


 それをどうにかすることもできないし、結果どうなるかなんて見当もつかない。

 怪能の持ち主だろうと、ただの落ちこぼれであろうと、そんなものはもうどうでもよかった。


 ふと、銅像を見る。

 最初来たときより、それはずっと大きく見えた。


 銅像の偉人が誰かなどもう忘れた。

 この記念館に関する人物だろうが、リーネットは正解を答えられない。


 ホムンクルス。

 怪能の持ち主でなくなり、人間でないと判明し、家も学院も捨てた。


 今の自分は何者で、どこへ行こうというのだろう。

 ホムンクルスだったとて、その種名の中に正解は用意されていない。


 そんなことを考えていると、サイレンの音が近づいてくるのがわかった。

 緊張の糸がほぐれていくのがわかると、瞼が重くなっていく。


 しかし、それをこらえながら救助が来るのを待った。

 やがて救急隊らしき人々が来て、ふたりを保護する。


「アタシは大丈夫だから、そっちを重点的に見てやってくれ。死ぬほどケガしてる」


 ふたりは別々の車に乗った。

 そのあとはもうわからない。


 急激な眠気によって、リーネットは瞼を閉じた。

 イビキが凄く、寝相もアレだったため、隊員の人も終始顔をしかめていたらしい。


 記念館前に、静寂が戻る。

 塵を運ぶ風が、銅像の表面を撫でた。


 遥か遠い祖先たちが築き上げてきた繁栄と権力の歴史。

 その土台である広大な地は、未知なる力の奔流によって蹂躙された。


 遠くで救助ヘリや報道ヘリが飛び交い、地上の惨状を見下ろしている。

 カメラ越しに映る光景は、世界的大混乱の狼煙でもあった。


 そんなさまを、銅像は予見するように静かに見守る。

 その視線の先には、奇跡的に破壊を免れた公衆電話が黒煙の昇る青空の下に佇んでいた。


 そして、白女神の学院。

 すべての決着がつこうとしていた。


「どうやら、うまくいったみたいだ」


「わかるのか?」


「あぁ、感覚でね」


「…………」


「ふふふ、わたしを逮捕できなくて不満そうだな」


「逮捕なんてする必要がないだろ。しつこいな」


「そうかな?」


「……ボクはアンタのことを聞いたことがある。小さいころ、妹を助けてくれた」


「…………」


 アダムスカの妹、エヴァンヒルデは幼いころに原因不明の病にかかった。

 毎晩のようにうなされ、このときばかりは死んでしまうのではないかとアダムスカも焦った。


 そんなある日の夜、エヴァンヒルデは真夜中に悪夢を見た。

 ひとりぼっちの病院で、父母を呼び兄を呼ぶも虚しく響く。


 寂しくて、暗くて、怖くて。

 そんなとき、ミスター・カプノスが現れた。


『一緒に行こう。出口まで案内するよ』


 彼はそう声をかけるも、エヴァンヒルデは怖がって隠れてしまう。


『じゃあ、準備ができたら声をかけてくれ。わたしはここで待ってるから』


 彼は本当にずっと待っていた。

 イスに座り、いつまでもエヴァンヒルデの答えを待ち続けた。

 そんな姿を見て、彼女はカプノスの前に身を出す。


『ほんとに、つれていってくれる?』


『約束する』


 終始淡々とした声調だったが、どこか温かみのある雰囲気だった。

 そしてたどり着いたのは、光が差し込む出口だった。

 彼にそっと背中を押され、出口まで走り抜いたときに目が覚めたのだとか。


 今のエヴァンヒルデはこの話を忘れているが、アダムスカはずっと覚えていた。




「アンタが悪さしてるって聞いたときは、さすがにパニックになりかけたよ」


「…なるほど、まったく覚えてないや」


「でも、間違いなくアンタは、ボクや妹にとってヒーローだったんだ」


「そんな大層なもんじゃない。だって、夢の中での話だよ? 夢の中で救われても、大抵の人はどうでもいいんじゃないの?」


 自嘲気味に笑うカプノスを、アダムスカは寂しそうに見つめた。

 すると背後で自転車を漕ぐ音と、スパイクの声が聞こえてきた。



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