第60話「探偵と怪異」
頂上決戦が起こるほんの数分前。
都市を襲う怪奇的な大事故と、ミサイル来襲により学院は騒然となっていた。
座学や実習どころではない。
学院の用地全体を覆うように、教員たちは魔力防壁を張り巡らせる。
しかし惨状より生じる衝撃は凄まじく、今にも割れそうなガラスのように防壁が揺れた。
これには大勢の生徒が怯えを抱く。
「ど、どうなっているんだこれは……」
スパイクはひとり、得意のハッキング技術で街の様子を見ていた。
その中の画像。見知った顔をした少女がふたり映っている。
「リーネットに、ロベリアさん。なんで、こんなところに? それに、街のカメラの様子が変だったな。誰かハッキングしてたのか? いや、でもそれだったら僕のプログラムに引っかからないわけがない……一体どうなって」
と、ほんの一瞬目を離していた。
次に画像を見たとき、「ひっ!」と息を詰まらせた。
それはまるで心霊写真のように。
リーネットを見据えていたはずのロベリアの顔が、いつの間にかスパイクを見ていた。
能面のような表情で、目を見開き瞳孔を収縮させている。
急いでタイピングし画像を消そうとするもコントロールが効かない。
次の瞬間、────ボッ!! と音を立てパソコンがクラッシュ。
小さく黒煙を上げながら、愛用のパソコンはその機能を終えた。
そのまま転げるようにへたり込み、パソコンから距離を離す。
「リーネットは……彼女と戦おうとしているのか? と、すれば……不思議な力を持っているのは学院治安部長のロベリアさん!」
推測が確信めいた感覚へと移り行く。
街のこの状況は、ロベリアが引き起こしたものだ。
すぐさまアダムスカに連絡をとり、このことを伝える。
「……────と、いうことだ。アダムスカ」
『ありがとうスパイク。どうやら、事件は最悪の展開を迎えてしまったらしい』
「君は、どうするんだい?」
『ボクは、決着をつけなくちゃならない……』
「ミスター・カプノスだね」
『この事件、ボクの敗北だ。解決できなかった。すべてを明らかにできなかった』
「君のせいじゃないだろ。こんなの探偵が背負えるようなものじゃない」
『君は優しいね。でも、それでも、彼に会って話さなくては』
「今日まで集めた情報や君の推理でも、ミスター・カプノスを追い詰めることはできないってこと?」
『そのとおり。だから、完全にボクの憶測になってしまう』
「憶測だけで、都市伝説と勝負か。確かに魔導探偵最大のピンチだね」
『こんなに気落ちしたの久しぶりだよ……じゃあ、行ってくる。君も、気を付けるんだよ』
「……あぁ、僕は少し行くところがある」
『どこへ? ……まさか君』
「止めないでくれよ。僕だって怖いんだ」
『なにが起こるかわからないぞ?』
「承知の上だ」
『絶対に行くな』
互いのしばらくの沈黙ののち、
『……さ、一応ボクは止めたからな。しかも電話口だから、君を直接止めにはいけない。あとは責任とれないよ』
「そうか、ありがとう」
『死ぬなよ。生きて帰って猛烈に怒られろ。それがきっと一番マシな道だ』
「わかってる。互いにベストを尽くそう」
通話を切ったのち、スパイクは昇降口まで進んでいく。
リーネットとの最後の会話がずっと脳裏をよぎっていた。
それと連動するように、これまでの彼女との関わりが妙に胸をざわつかせた。
理由を証明できないが、殺気の画像でリーネットのことが余計に気になって、ほっとけなくてしょうがなかった。
スパイクは内心恐れおののきながらも激戦区へと向かった。
同時に、アダムスカもまたある場所へと向かう。
かつての大事故の現場となった実験棟。
ポケットに手を突っ込み、怠く睨みつけるような面持ちで廊下を進み、ドアというドアを開けてその場に訪れた。
そして、見つけた。────《《いた》》。
「……驚いた。魔眼を開かずとも、確かに見えるよ」
「魔導探偵……ッ」
満身創痍のミスター・カプノス。
今にも倒れてしまいそうな身体に難儀な顔をしながら、アダムスカを睨む。
「ここに現れるんじゃないかって思ってたよ」
「なんのようかな? わたしを捕まえようってんなら、無駄だ。触れることはできない。お互いにね」
「そんなんじゃないよ」
アダムスカの柔らかな声調で、
「今回の事件、ボクの敗北だ」
「ほう?」
「だけど、職業柄このままじゃしまりが悪いんだ。ボクは真実が知りたい」
真っ直ぐな視線をカプノスに向ける。
「……だから、わたしがすべて仕組んだことだって何度言えば……」
「本当にそうかな?」
「君にこれが嘘だって証明できるのかい?」
「そうだなあ。それ言われると、なんだ、弱い」
だから、とアダムスカは続ける。
「────今から言うのは、ボクの憶測だ。証拠がない。これまでの情報やアンタらの反応から推察して出した仮説でしかない」
「……ハッ、名探偵も落ちたもんだな。だがいいだろう。君のことは気に入らなかったんだ。くだらない憶測ごと、鼻をへし折ってやるよ」
カプノスは強気に出る。
今にもガラスのように崩れ落ちそうな身体は、見ていて《《いたたまれない》》ものがある。
「結論から言えば、アンタは黒幕じゃない。むしろ被害者だったんじゃないか?」
「どうしてそう思う?」
「アンタはメイリー・アンソニーの実験に巻き込まれたんだ」
「わたしが彼女を操ったと言ったろう?」
「前日かそこら、だっけ? そうしたのは」
「あぁ」
「それは不可能だ」
「なに?」
「彼女は実験棟を使用する数日前から寝てないんだよ。確認がとれた」
スパイクが調べてくれた。
彼のハッキング技術には毎度舌を巻く。
メイリー・アンソニーは大の研究好きで、そのためなら寝る間も惜しんで延々と続けられる体力と精神力の持ち主らしい。
眠気や疲労でどうしてもヤバいときは自作の薬で身体をもたせていたようだ。
「そしてアンタは60億グリスの使い道を知らなかった。いや、持ちだされたことすら知らなかった」
「いや、それは……」
「じゃあなんで60億グリス必要だったんだ? 言ってみろ。アンタが本当に力を与えられる存在なら、そんな回りくどいことしなくて済んだはずだ」
アダムスカに反論してやりたいが、頭が回らない。
息巻いて鼻をへし折ってやるなどと言ったが、今になって恥ずかしくなってきた。
「リーネット・カルミア、ルヴィア・ガーネット、ラナフィー・スノウドロップ、レイカ・クロユリ、そしてロベリア・ロベリア……。不思議な力を持っているのは、5人。そのうちロベリアさんが今、街でリーネットと暴れてる」
「……」
「リーネットは、いや、リーネットとアンタは、不思議な力で暴れる者たちと戦ってたんじゃないかな? 黒い花事件のこともあったし」
「ぐっ!」
(ホントに嘘が下手な奴だな……)
素直な反応に呆れを通り越して感心しつつ、
「どうしてアンタは自分のことを黒幕みたいに言っていたのか。それがずっとわからなかった。だから、発想を変えてみたんだよ。嘘をつかなきゃならない状況が、アンタやリーネットたちにあったとすればって」
「そんなものは……ない!」
「あるさ。これはボクの経験則からなる推理だ。……犯人を名乗る者が、実は誰かを庇っているとかね」
「────!」
「その誰かとは、リーネットやルヴィア、ラナフィーと言った力の持ち主。レイカ・クロユリやロベリアさんは、おそらく手が回らなかったんだろうね。……で、なにについて庇っていたかというと、それは彼女らの罪だ」
事前に集めていたルヴィア、ラナフィー、レイカの情報をカプノスに話す。
これらをもとに導きだした結論は、力によって凶暴になった彼女らを罪に問われないようにすること。
だから、怪異であり有名な都市伝説であるミスター・カプノスが実は彼女らを操っていたと偽の真相を用意することで情状酌量を与えようとした。
これがアダムスカの推理だった。
「ここはきっとアンタにとっても、5人の少女たちにとっても、始まりの場所なんだろうね。力の始点であり、終点……そう考えるとだ。アンタがここへ来た目的も薄っすらと見えてくる」
ここは帰り道である。
アダムスカは静かにそう告げた。
「……もう終わり? 鼻をへし折ってやるんじゃなかったのか?」
「さぁね」
カプノスは勝てないと判断したのか、それ以上はしゃべらなかった。
(帰り道であるがさっさと逃げないあたり、まだなにかあるんだろうな)
そう考えていたそのとき、街のほうでさらなる轟音とともに凄まじい圧を感じた。
「な、なんだこれは!?」
「……この気配、リーネット……か? いや、あれは、なんだ!?」
カプノスの驚き具合にアダムスカも目を見開いた。
またしてもアダムスカの知らないところで、事態が急変している。
その気配を、カプノスだけがわかっていた。
しかし、それを問いただせなかった。
それができないほどの、よくわからない異様な空気が街からここまで来ていたから。




