第56話「降臨」
この異変を察知したこの国の治安維持部隊。
『魔導衛士』と言われるエリートたちだ。
他国における警察や衛兵と同義であるが、彼らは銃火器だけでなく魔術の腕も相当なものであり、卒業生の幾人かが彼らの仲間入りを果たす。
主に魔術的な要素が加わった凶悪犯罪の取締りが仕事だ
彼ら彼女らは、記念館での異変を聞きつけ出動要請がかかった。
殺気立っており、その瞳はまさにテロリストか凶悪犯を仕留めるかのような鋭さがあった。
「こちら、チーム・マイヤー。目的地点に到着。ターゲットは女ふたり。周囲は瓦礫の山だ。見たこともない巨大な蛇の死骸も散乱してる!……一体なんなんだこれは!?」
「おい聞こえているのか! 言われたとおりにするんだ!」
「ここでなにをしている? ここで戦闘を行っていた理由はなんだ?」
警戒態勢。
銃口を向け、魔術の気配を漂わせる。
「バカくんな! 逃げろ!」
「あぁ、なんだと!?」
「お前らが勝てる相手じゃないっつってんだ!!」
「貴様なにを────」
言葉を待たず、ロベリアが動いた。
踵を返して隊列のほうへと歩きだす。
すまし顔のまま、彼ら彼女らの制止を聞かずそのまま。
「動くな! 止まるんだ! 撃つぞ!」
「フフフ……」
「そうか、わかった。では我が国の法と正義に則り────撃て!!」
「よせやめろ!!」
撃ちだされる弾丸。
狙いは精密無比。一発も撃ち漏らしなくロベリアの肉体へと向かっていく。
────だが。
ヒラ……
ヒラ……
ヒラヒラ……
「────……な、に?」
穏やかな風とともに、銃声がやんだ。
着弾は認められず、ロベリアには弾痕どころか服に汚れひとつもない。
色鮮やかな蝶が舞う。
青色の、金属光沢を持つ大きな翅をはためかせながら、いつの間にかロベリアの周囲を飛んでいた。
「な、なんだ? なにが起こった?」
「なんらかの魔術防護か? それとも、幻術?」
「いいえ、魔力の痕跡は一切ないわ。確かに弾丸は彼女に向かったけれど……当たってない」
「まさか、弾丸が蝶に? バカな!」
動揺が渦になり、リロードも術式を練ることも遅れた。
その隙を見逃すはずがなく、ロベリアは怪能の脅威を味わわせる。
弾丸はディライラにより瞬時に美しい蝶となった。
しかし、ただの生命ではない。
軍事開発の研究データで、面白そうな論文を見つけた。
暗殺や偵察・奇襲に用いる軍用昆虫の製造実験データ。
その地域に生息する虫に遺伝子操作や機械技術を施し、第二の兵士・エージェントへと作り変えるのだ。
本来持ち得ない能力を得た虫は、遠隔操作によって敵を群れで襲い、果ては人知れず要人を葬っていく。
無論、科学的にもまだまだ課題が多く実現には至っていない。
魔術に言えば、魔物化や使い魔という表現がそれに該当するのだろうが、如何せん主従関係や使用者の腕前・魔力量にも左右されるので、いつでもどんな作戦でも、というわけにはいかないのが現実である。
あまりの難易度と時間・費用のかかり具合から、研究の打ち切りの話も出てきていた中、ロベリアはそれを発見し、悪用した。
ガサガサ、ガサガサ……。
────蝶が増えていく。
分身をするように瞬時に、ロベリアを覆い隠すほどの勢いで。
「な、なんだ? なにが起きている?」
「召喚魔術じゃない……! これは!」
しかし彼らに疑問の余地は与えられなかった。
リーネットが助けに行く前に、蝶たちが鋼鉄の牙を剥いた。
蝶の形をした兵器は瞬く間に魔導衛士たちを貪っていく。
時折、銃声や魔術の発動、そして悲鳴が聞こえたがすぐに掻き消えた。
蝶が塵のようになって消えたとき、その場には血だまりと彼らが身に着けていた制服の一部と武器が散乱していた。
まるで手品のように、あるいは嵐のあとなにもなくなった果樹のように。
凄絶な殺戮現場を前に、リーネットは舌打ち。
自分の目的以外になにひとつ容赦のないロベリアに、心に暗い渦を巻いた。
「いかがかしらワタシの力は?」
「あぁ、夏休みの自由研究にはもってこいだ」
「それはよかった。これからもっともっと面白いものを見せてあげるわ」
しかめっ面で噴火しそうな心を軽口で抑えながら、ロベリアの隙をうかがう。
「これはワタシの仮説なのだけれど、怪能の持ち主を倒すには、怪能を奪うか、心を圧し折るかのどちらか。ようは精神力の問題かな? 不死の肉体で、しかも未知の力で殴り合ってるんだから明確な答えがないのがネックね。でもやっぱりちゃんとアナタにはとどめをさしておきたい。だから徹底的にボコボコにして心を圧し折ってから、ディライラで消滅を試みる。身体をグチャグチャにして心もバキバキにする。そうすれば……案外サラッと怪能が通るかも……なんて」
平然と消滅を願うロベリアの顔は、いつものように美しい笑顔という仮面が張り付いている。
しかし今にもヒビが割れて、その奥からドス黒い本性が漏れて大洪水を引き起こしそうな危うさを秘めていた。
先ほどのセリフから、いかにディライラといえど怪能の持ち主を完全に殺すことは不可能なのかもしれない。
だからこそ、披露したいのだろう。
恐怖でリーネットを屈服させるという快楽欲求。
ディライラはそのためにある。
「じゃあ、次はもっと激しいコトしてあげる」
「動物ビックリショーはいらねえぞ?」
「まさか。もっともっと、怖い思いをさせてあげる。……というか、もうやってる」
「────は?」
そのとき、上空から轟音が響いてきた。
生命ではない。それは音速で死と破壊を運ぶ鋼鉄の嘶き。
かつての人類の夢から派生した、今なお大量生産されし死神の一角。
────……ミサイルだ。




