第55話「終末」
先手はリーネット。
石畳とその下の土を隆起させるほどの勢いで踏み込む。
地面の隆起と肉薄までのタイムラグはほぼなし。
突き出される拳が、ロベリアのすまし顔に突き刺さる。
────はずだった。
「遅い」
(────は?)
ロベリアの反撃がリーネットの顎を突き上げる。
柔軟性を活かした圧倒的低姿勢からの蹴り上げ。
そのまま意識ごと脳みそを宙にブチまけられそうになるも、そこは圧倒的な回復力で持ち直し、宙で身をよじって後方へと着地。
「オラァァ!!」
着地と同時に繰り出すバネ化による左ストレート。
空を切り、ねじり込むような一撃。
初撃に勝るとも劣らない速度で伸びるパンチが、体勢を直そうとしているロベリアの脇腹へと飛ぶ。
ただでは転ばないリーネットらしい一撃だったが、ロベリアはすまし顔を崩さなかった。
怪能を用いるなら、怪能で返す。
突如、リーネットのバネ化した腕が糸のようにほどけて無力化していった。
驚く間もなく、ほどけた部位から着火。
導火線のように火が急速に腕を蝕み、おおよそ肘あたりまで来た。
「こんの……ヤロウが!!」
リーネットの咄嗟の判断が危機を乗り越える。
右手を伸ばして左腕を切り落とした。
────ズドンッッッ!!
爆炎とともに、切り落とした部位は消滅する。
「なんて……奴だ。……腕を変化させやがった……ッ!」
「あら残念。そのままいけば一気に粉々にしてあげたのに」
怪能の持ち主の特徴である不死。
たとえ欠損してもすぐに修復を可能とする。
再生した左腕を見て、ロベリアは髪をいじるような所作で一考。
「フゥン……正直な話、ちょっと気になってるのよね。さっきみたいに消滅させても怪能の持ち主ってすぐに復活するのかしら?」
「さぁな。気になるならやってみろよ。……やれるもんならな」
「冗談よ。昨晩のふたりとの戦い。……主にラナフィーで試したのだけれど、どの程度まで耐えるのか実証はしたから」
「……熱心なことで」
「ただの人間や魔導士ならともかく、怪能の持ち主相手だと、なにかしろの抵抗力が働いてディライラが思うように発動できないみたい」
「ははは、マウントとれなくて残念だったなクソボケ」
と、軽口を叩くも内心焦る。
そのなにかしろの抵抗力とやらがあっても、さっきの左腕のような惨状だ。
肉弾戦にしてもだが、ロベリアも優れている。
わりと全力で殴りに行ったが、ロベリアの対応に乱れはない。
そして怪能ディライラ。
ひどく単純な、目に見えた破壊力はない。
しかし、ただその場にいるだけで法則を捻じ曲げてしまう圧倒的な高次元的干渉。
その様はもはや人間ではなく、ホムンクルスでもなく、ましてや怪能の持ち主でもなく……。
ロベリアという名の新たなる種。
一個の究極生命体として仕上がっていた。
そんなロベリアを前に、思考がよぎる。
拳が届いたところでダメージが入るのか?
そも、拳が当たったとてさっきのように変化させられないか?
不敵な笑みは崩さなかったが、戦略を練るのに時間がかかっているのが身に染みてわかる。
思わず冷や汗が流れた。
まるで張り巡らされた有刺鉄線のように、動きを間違えれば絡めとられ切り裂かれる。
鼓動が激しくなり、息が詰まった。
「もっと激しくいきましょうか。アナタも好きでしょそういうの?」
妖艶な声のトーン。
そしてなんの前触れもなく街灯をいくつか巨大な蛇へと変化させる。
「なん……だとぉ?」
見るものをいすくませるであろう眼光。
しかも口からはユラユラと炎を吐いている。
それこそ神話にでもいそうなタイプの異形だ。
建物のように身を高く反らせ、リーネットを見下ろした。
「────噛み殺せ」
「オイ冗談だろ!」
ロベリアは高みの見物を決め込むようで、その場からは動かない。
代わりに忙しないほど獰猛に、大蛇がリーネットに牙を剥く。
その動きは車の比ではない。
ダンプカーが高速で蛇行運転しながら突っ込んでくるかのような圧力。
「蛇は、嫌いだ!!」
リーネットは地面を、建物の壁を跳ね回り、大蛇たちを翻弄する。
しかし1匹1匹の破壊力は折り紙つき。
高速でうねりながら動くだけで周辺の建造物をコナゴナにしていく。
圧倒的質量を前に、リーネットは持ち前の機転で反撃をくわえた。
彼女がバネと怪力で大蛇を打ち破るのはそう難しいことではない。
周囲に大蛇の体液が盛大に飛び散り、血の池地獄と化す。
大蛇の体液をモロに受けたリーネットは髪をかきあげながらロベリアの方へと足を向けた。
大蛇の肉片を一部引きちぎって、かぶりつく。
そんな彼女の健闘を称えるように、ロベリアは拍手をおくった。
にくったらしく、せせら笑いながら。
「さすがに猛毒や炎じゃ無理か~」
「何度か食われかけたぞオイ」
「良い動きだったわ。そういう戦い方するんだぁ。へぇ」
(このアマ、アタシの動きを観察してやがったな?)
肉片を放り捨て、再び闘志をたぎらせる。
当たるまで殴る。避けられるのならさっきより速度を出して殴ればいい。
とにかく思考をシンプルに抑える。
奴にも苦手な体術の技もあれば、ディライラの弱点も存在するだろう。
感覚を研ぎ澄ませ、見極める。
第2ラウンド突入の気配を全細胞が感じたとき────、
「なにをやっているんだ貴様ら!!」
「おい、そこを動くなッ!」
「両手を頭のうしろに! 地面に膝をつくんだ!」
突如怒声が響き、大勢の人間が割り込んできた。




