第54話「再臨」
「くそ~、なにがどうなってんだ。早くアイツを見つけてボコボコにしてやらねえと……」
しかし、探せど探せど被害は大きくなるばかり。
車に人に火の手があがり、それどころではなくなっていく。
視界に映る惨劇に歯軋りと、脳裏に浮かぶロベリアの嘲笑に苛立ちがつのる。
注意深く周囲を見るが、それらしい影も形もなかった。
悲鳴と怒号だけが彩る世界に、リーネットは囚われてしまった。
「あ、なんだ、メールか? でも誰からだ?」
震えるスマホを手に取る。
知らないアドレスからだったが、それがロベリアのものだとすぐにわかった。
「電話に出ろ、だぁ? はぁ? いつアタシのメアドとか知ったんだうぉおおお!? ほんとに着信来た! 怖っ!」
恐る恐る出てみる。
直後、電話越しからわざとらしいため息が耳介にねっとり絡みつく。
「無様ねリーネット。やる気あるのかしら?」
「見てたのか? どこにいやがる!」
「アナタの近くにはいない。そんなことしなくても手に取るようにわかるの」
「さっきから起こりまくってる事故、やっぱりテメェかボケッ」
「正午からスタートって言ったけど、そんな感じじゃ日が暮れちゃいそうだから間に合わせてあげる」
プツンッ
「あ、おい! クソ、切れやがった……電話番号まで知ってるとかマジで気持ち悪いなアイツ……あん?」
突如ある一定の方向に向かって歩行者用信号が青に、車道の信号はことごとく赤へと変化していった。
フィクションにおける、真っ暗な廊下で急にロウソクや松明に火がついて道を示していくような……。
しかし、いつだってその導きの先にあるのは安寧でも宝の山でもない。
想像を絶する苦難と、死を伴侶とし牙を剥いてくる試練の数々なのだ。
このシチュエーションに、リーネットは寒気を覚える。
舞台はそのままに、演目が急に変わったような空気感。
胸のざわつきとともにリーネットは導きの方向へと向くも、やや抵抗はあった。
呪われた意志が大きな口を開け、リーネットを舞台へ上げようとしている。
ロベリアが放つ死への冷たい息吹をそこに感じた。
「だぁもう。行ってやろうじゃねえかコノヤロウ!!」
導きのまま、リーネットは駆けていく。
信号無視で飛び込んでくる車もあったが、ものともせずロベリアの誘いに乗った。
……進むにつれ街の色合いも変わってきた。
未来へ進む超都市的な街並みから、厳かな造形の建物が増えていく。
建国以来、数々の時代の難題が降りかかる中でずっと変わらずに並び立ってきたものたちだ。
金融機関、博物館、その他歴史的建造物は、黙して物語る。
人も建物も、どれだけ時代が進んでも後世に伝えるという役目はかわらない。
繁栄を、過ちを。
その中に飛び込まされたリーネットの足取りは、緩やかになっていった。
同時に導きも消え、ここだけ別世界のように穏やかだ。
まるでゆっくり見てこいと言っているかのように。
ロベリアの意図に乗っかるのは癪だが、リーネットはそのまま真っ直ぐに道なりを進む。
見上げるほどに眩しく映る道なりを進むと、たどり着いたのは古城らしき建物。
学に疎いリーネットは見覚えはあれどワードが出てこない。
しかしこの白を基調とした荘厳な建物こそ、建国の起源でもある重要な場所だった。
「素敵でしょう。王制が廃止されたあとも議事堂として利用され、政治の中心にあり続けた。すべての決定はここで下されていたの」
銅像の陰から待ち人の来訪を歓迎する笑みでロベリアが出てきた。
「ロベリア……ッ」
「その後も幾度のトラブルを乗り越え、増改築や修復工事が施されながらも今に至る。今でこそ記念館として観光名所になってるけど、それに収まらないほどのパワーがここにはあるのよ? この国で生まれたありとあらゆる概念的なものの生みの親と言っていい。……当然、ホムンクルス製造もここで最終決定された」
「課外授業か? 交通事故のパレードまでやってずいぶん豪勢じゃねえかオイ」
「あんなのはまだまだ序の口よ? 正午のための素敵な、ね」
「くだらねー小競り合いのために都市ひとつ貸切か? 太っ腹だな。だが楽しむつもりはない」
「遠慮しないで。このために全世界を巻き込んだのだから」
「どういうことだ?」
「世界中をスポンサーにつけたのよ、ワタシ」
言葉の意図がよくわからなかった。
だが彼女の確信めいた笑みからこぼれる言葉には、純粋な邪悪しか感じられなかった。
色々問いただしたいが、もうじき正午となる。
リーネットは靴底を地面にこするように静かに身構えた。
なびく風が時間の訪れをより鮮明に肌に教えてくれる。
これ以上ない圧がロベリアから放たれるも、引く気にはならなかった。
怪能の持ち主としても、そしてリーネット・カルミアとしても……これは最後の戦いとなる。
しばしの沈黙。
時間にして2分かそこら。
刻まれていく1秒そのまた1秒という間隔の中に、暗黒に満ちた闘気が染み渡り、膨張し続ける。
正午を指せば一気に弾ける、それはさながら時限爆弾。
「……さて、準備はいいかしら?」
「聞くまでもねえだろ」
「あらそう」
彼女らの繋がりを証明するのは、怪能でもカプノスでもない。
遠い遥か昔から連なる、先人たちの因縁。
あずかり知らぬ過去の所業。
今、ふたりを悪鬼羅刹としてこの場に巡り合わせた。
残り10秒。
互いの瞳に邪悪に収縮した黒黒しさが宿り、時計の針の巡りとともに解き放たれた。




