第52話「生きた証」
「どこへ行く。戻れ。学院へ戻り死ぬもの狂いで勉強しろ」
「もうしねえよ」
「お前に拒否権などない! 学院を辞めるなど絶対に許さんぞ!!」
「お父さんやめて!」
「お前は黙っていなさい!」
「リーネットだってキチンと考えているわ! なにも、なにも魔術を修めるだけが人生じゃない。そうよねリーネット。今、素敵な人がいるものね!」
「いねえ。あんな男知らねえ」
「り、リーネット!」
「お前と言う奴は……ッ! いいから戻れと言っているんだこの大馬鹿者がッ!!」
父親は、やってはならないことをした。
「……それ、本気か?」
「ば、馬鹿にするなよ……ッ!」
「お父さんなにをしてるの!?」
「まがいなりにもって話だが……アンタ、仮にも自分の娘って相手に、銃向けんのか?」
「黙れッ! お前が悪いんだ!」
「お父さんやめて! こんなの間違っているわ! 話し合いましょう!」
「この馬鹿になにを言っても無駄だ!」
リボルバー拳銃。装弾数6発。
モデルガンではなく、実銃だ。
中身も空砲ではなく、実弾だろう。
しかし、リーネットは表情ひとつ変えず、むしろ納得の色を見せていた。
「腐った性根で辞めるなんて贅沢抜かしたんだ。まぁ、そういうことになるのかな?」
「お父さん! リーネット! お願い、冷静になるの! お互いに話し合いましょう! そうすれば……」
しかし、リーネットは母親の制止も聞かず、街へ行くため再び歩み始めた。
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
「……」
「この忌み子がァ!!」
「やめてぇええ!!」
カチッ……
ズガンッッ!!!!
胸に受けた強い衝撃にリーネットは目を見開いた。
同じように父母も目を見開く。いや、茫然としていた。
母親が止めようとした際の弾みで、引き金を引いてしまったのだ。
血の気の引いた父親の顔を見ながら、リーネットは倒れるのを踏みとどまる。
「……いってぇ」
胸部に染みる赤。
しかし時を巻き戻すように、みるみるうちに消えていく。
なにごともなく立っているリーネットを見て、父親は恐怖した。
そしてまた歩いてくるリーネットを、人間として見れなくなった。
「う、うわぁあああああ!!」
続けて2発連射。
しかしすべて外れる。
すっかり腰が引けて、その場に尻餅をついた。
そんな父親と、信じられないものを見て硬直する母親の傍まできて止まる。
足元には彼が落とした拳銃。
それをリーネットは拾い上げる。
「ま、待て……待て、待ってくれ……」
一気に老け込んだ父親を見下ろしながら、リーネットは自身のこめかみに銃口を突きつけた。
「……プシュ~」
ズガンッッッ!!
「プシュ~」
ズガンッッッ!!
「プシュ~……」
ズガンッッッ!!
続けて受ける銃弾に頭部は派手に損傷する。
弾丸によって頭蓋骨は砕け、脳にまで至っていた。
鼻や口、目からも血を流しながらも、リーネットは不適な笑みを浮かべてみせた。
「今アタシは絶好調。最高の人生を歩んでるんだ……」
弾切れの銃を手から滑らせ、また歩き出した。
母親が恐る恐る振り向いたときには、もう完治していた。
父親はへたり込んだまま、茫然として動けなかった。
林道に元の静寂が戻る。
怪異的な時間から解放されてもなお、ふたりは現実を受け止められずにしばらくずっとそこにいた。
そんなふたりを背に、ロリポップキャンディーを取り出して口に咥える。
大人がタバコを咥え、紫煙をくゆらせるように。
口の中で甘酸っぱい風味が広がるも、そんなにいい気分にさせてくれるものではなかった。
街へと入り、賑わいの中に身を委ねながら周囲を彷徨う。
誰も彼もの人生に食い込んだ運命の中で、自分だけが空回りをしている歯車のような疎外感が身に襲った。
……験担ぎと言えるものではないが、ロベリアを探す前にある場所へと立ち寄る。
建物が入り組んだ場所にある、もう使われなくなった旧時代の象徴『公衆電話』だ。
いつか聞いた都市伝説で、願いが叶う幸せの公衆電話として紹介されており、なんでもコインを入れ受話器をとると、神様に繋がり願いを叶えてもらえるというものだ。
恋に勉強、仕事といった願掛けを行う、知る人ぞ知るパワースポットになっている。
(ホントかどうかわかったもんじゃないが、まぁ、やってみてもいい気分だな)
古びたボックスはいかにもな古い時代を思わせ、やや異臭まで立ち込める。
誰かタバコでも吸ったのだろうか。嫌そうな顔をしながらもリーネットはコインを入れた。
「あーもしもし、神様?」
無音。返事はない。
「別にさ、アンタに贅沢を言いにきたわけじゃないんだ。幸せが品切れってンなら、それでもいい」
リーネットは真剣な眼差し、軽妙な笑みで続ける。
「……バカやっちまったんだ。お陰でドン底さ。初めからなんも持ってねえのに、高望みしちまったんだよ。でもさ、そんなアタシでもアンタが許してくれるなら、ひとつだけ聞いてくれ」
ひと節置いて、続ける。
「希望だけは用意しといてくれねえかな? どうせこの先サ、どうあがいたって苦しいことばっかりなんだ。ロクデナシでも、それくらいは願ったっていいだろう? 飴玉みて~に、ちっちゃいのでいい。疲れたときには、そういう希望がよく効くんだ。────じゃあな神様、よろしく頼むよ」
受話器をおいてボックスを出る。
願いが通じたかどうかはわからない。
なんの反応もなかったから、きっとガセなのだろう。
しかし、悪い気分ではない。
ほんの少し、この晴れやかな空のように心の陰りが消えた。
同時に勇気も湧いてきた。
「うし、行くか」
────……今、最後の戦いへと歩み出る。




