第51話「眠れぬ朝に」
ほとんど眠れず、気怠さで鈍くなった思考でリーネットは身体を起こす。
喜もなく憂もないくすんだ気分で、窓側まで移動した。
白んだ空に鳥はいない。
視線を落とすと、見える摩天楼の合間からかすかに車の音が聞こえてくる。
変わらない1日とは、常にこういった光景だ。
しかし一体誰が予想できるだろうか。
正午に始まる戦いを。
カプノスから聞いた話を信じるなら、歴史をも巻き込んだ因縁。
DNA配列のようにネジくれた互いの運命が、炎となってこの街を包むかもしれない。
「行くか……」
支度をして学院へと向かった。
まだ冷たさを残す空気を首筋に伝わせながら、校門をくぐる。
まだほとんど生徒は見られない。
分厚い本や書類をわきに抱え、眠そうな目をこすりながら教室や別室へと向かっている。
そんな様子を見ながら、ポケットの中にしまっておいたチョコをかじっていると、
「あれ、リーネットさん?」
「おう、スパイク……だったな。あと、別に呼び捨てでいい」
廊下の曲がり角を曲がったところ。
彼は廊下に設けられたベンチに座って自前のパソコンと睨めっこしていた。
目の下には隈が目立つことを考えると、どうやら眠れない夜を過ごしたのは自分だけではなかったらしい。
「こんな朝早くから優雅にデスクワークか? いつからサラリーマンになったんだよ」
「デスクワーク……そうかもね。アダムスカと協力してると、気苦労ばかりだよ」
「あの探偵。まだ諦めてなかったのか」
「これまでの事件がどういう力で行われていたのか。イメージはできても、証明はできないし証拠もない。……今回ばかりは解決は無理かもね」
「いいじゃねえか。敗北を味わえるなんて」
「でも、それ以外の情報は集まりつつある。アダムスカは、ミスター・カプノスを問い詰めるつもりらしい。しかし改めてすごいね。ミスター・カプノスと知り合いだっただなんて」
「もう知ってるだろ。色々あったんだ。しかしなんとも、無駄とわかってご苦労なこった」
「君も、今日なにかしようとしてるんじゃないかい?」
スパイクの直感。リーネットは黙る。
「やっぱりか。なにかは想像つかないけど、まぁ頑張ってくれ。事件じゃないことを祈るよ」
「なんだよ。お前は止めないのか?」
「僕に君が止められるわけないだろう? あ、それとだ。事件の容疑者のひとり、レイカ・クロユリが失踪した」
「なに?」
「その反応を見るに、どうやらレイカ・クロユリの単独行動らしいね。夜中のうちに逃げ出したんだろう」
「……ふーん、そうか」
「アダムスカも頭を抱えてたね」
どう対応するか気になったが、こちらが口を挟むことでもないし、変にこじれて情報を漏らしてしまうのも癪だったので、そのままガムを噛み始める。
「色んな難事件で彼が悩んだりするところは見たけど……うん、今回ばかりは超常的過ぎる。彼の望むような結果は得られないだろう」
「慰めてやれ」
「そうするさ。やけ食いくらいは付き合ってやるよ」
「……おう、そういやさ。お前は進路どうするんだよ」
「進路?」
「あぁ、なんやかんや進路希望出してなかったの今思い出してな」
「そっか。僕は進学だ。魔導メカニック専門のね」
「そのまま探偵の助手になるのかと思ったよ」
「ハハハ、それも面白いかもね。あ、ここだけの話、進路希望がまだなのは、アダムスカも同じなんだ。これ、言わないでやってくれ。事件のこととかで頭がいっぱいっぱいだから」
「言わない言わない。……ありがとよ。これ、楽しいお話してくれた駄賃だ」
「え、あ、また……」
「糖分必要だろ。じゃあな」
あのときと同じお菓子をスパイクに投げ渡す。
優しさで緩んだ不敵な笑み。その眼差しにはどこか孤独が潜んでいた。
それを問うことも、考えることもなく、スパイクは彼女の背を見送りながらお菓子を柔らかく握る。
リーネットがたどり着いたのは教室棟。
窓へ視線を向けると、隣の校舎が見える。
あの裏で、カプノスと出会った────。
すべてはあそこから始まった。
いや、もっと深い深い部分で運命は繋がっていたのかもしれない。
出会いこそ最悪だったが、スリルと脅威に満ちた最高に綺麗な日々だった。
歩調を早め、準備室へと向かう。
いつも以上にシンとした部屋の前で、ドアをノックしようとしたが、
「……いってきます」
リーネットは開けようとはせず、中にいるであろう彼にドア越しの挨拶を済ませた。
返事はなかった。リーネットは一瞬奇妙に思いながらも、決意を以て昇降口を目指す。
時刻は登校時間。
大勢の生徒が入り込んでいく中、リーネットは気にせず通り過ぎていく。
彼女を阻むものはなにもなく、昇降口を抜け、校門を出た。
街へと続く道。
大都会はすでにエンジンを吹かすように騒音交じりの賑わいを回している。
この中にロベリアはいて、大手を振って歩いているのだろう。
戦いは正午。それまでにロベリアを見つけてなんとかしたいものだが……。
街へ出るためには林道を通らなくてはならない。
面倒くさいが今の季節だと、涼やかな空気が流れるためウォーキングにはちょうどいいらしい。
奥歯を嚙みしめながら進んでいると、見知った車が走ってきて急ブレーキ。
目の前に立ちはだかった。
「リーネットォ……」
「オヤジか」
父母だった。
父親は魔物のような形相で睨み、助手席から出てきた母親はオロオロとしている。




