第50話「ディライラ」
リーネットが準備室を出る1時間前のこと。
中庭でロベリアはルヴィアと対峙していた。
「アナタを倒します」
「いきなりですね。どういうつもり?」
「あの人のためです」
「あぁ、アナタもミスター・カプノスの」
ロベリアと出会うにあたって、ルヴィアの緊張は極大まで達していた。
ラナフィーと手を組んでいることは伏せていた。
タイマンということにしておけば、奇襲に使えるかもしれない。そう思ったから。
そんなルヴィアの周囲を歩き、嘗め回すように見ながらロベリアは彼女を牽制する。
「ワタシはあの人と一緒にいたいだけ。本当にそれだけなんです。……戦うメリットってあります?」
「私も、あの人が好き。でも…………」
言葉に詰まった。
己の中の未練が、喉を絞め、舌を硬くさせる。
嫌な汗が頬を伝うその姿に、ロベリアは鼻で笑った。
「話になりませんね。それでも戦う気?」
その質問にわなわなと震えるルヴィアだったが、すぐに目の色が変わる。
「今夜0時、この学院のグラウンドで」
怪能を操る者として、無機質で黒々とした瞳でロベリアを見据えたあと、踵を返した。
「ふん、バカな女」
感情を押し殺すルヴィアを、そして彼女と手を組んでいるであろうラナフィーを心底見下した。ついでに無力化されたレイカも。
タイマンに見せかけた、奇襲攻撃。
あまりにわかりやすい
一瞬リーネットもいるのかと思ったが、彼女がそんな回りくどいことをするはずがない。確信がある。
「いいでしょう。リーネットと戦う前のウォームアップです。自分たちがいかに低次元な存在か、思い知らせてあげましょう。ワタシは、運命に選ばれたのよ。アンタたちのちっぽけな力とは訳が違う」
ロベリアの自意識はさらに加速していく。
今、この世の頂点に立つは自分ただひとり。
誰のひとりとして、自分に追いつくことも阻むことも敵わない。
《《たとえそれが世界であり時代であっても》》。
「お待ちしてますよ。素敵なお友達と一緒に」
この夕方を以て、一度リーネット以外の怪能の持ち主は学院から姿を消した。
それゆえ、リーネットはまた話そうかとも思っていたが、ルヴィアやラナフィーを発見できなかった。
学院に落ちる嵐の前の静けさが、リーネットの胸をざわめかせた。
そして深夜0時。時間通りにルヴィアはグラウンドへとやってきたのだが。
「あら、遅刻してくるのかと思っちゃった」
「……ずいぶん早かったのですね」
「えぇ、少しばかりはしゃいでおこうかなって思いまして」
「は?」
「暇潰しですよ。ちょっとしたね。ホラ、あの娘も満足してくれたみたい」
親指で後方あたりを指し示す。
木の太い枝に繋がれたなにかが、ブランコのように揺れている。
「────ラ……ナフィー、さん?」
巨大なツインテールはほどかれ、枝に括り付けられていた。
全身ボロボロの状態で、意識はなさそうだ。
「どうせ奇襲でもさせようとしてたのでしょう? わかりやすい人たち」
「……ッ」
「目論見がバレたときのラナフィーさんの顔。クス、今思い出してもすっごく面白かったぁ。あとはなぶるだけ。やっぱりバトルにすらならない」
「そうでしたか。ならば正々堂々と戦いましょう」
「信じられませんね。まぁいいですよ。別にアナタのことを信頼したいわけじゃないし、なんならさっさと終わらせて寝たいんですよ」
「ならば我がアトラスで寝かしつけてあげますよ。グラウンドの寝心地は知りませんけど」
「かかってきなさい。まぁアナタなら多少は楽しめそうですね。────混沌なる哉、我がディライラ。かの力に禍福はなく、罰も赦しもない」
突如、空気が変異した。
闘気や邪気といったものではない。
もっと明確な、圧倒的なまでの力の差による歪みだ。
一瞬の怖気で動くのをためらってしまう。
そして気がつけばルヴィアの全身は燃え上がっていた。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」
「ふふふ」
続いて地面から伸び出た金属の棘で串刺し。
刺さった部位から無数に枝分かれするように、細やかな棘が伸びて内臓や筋肉、神経を抉り、
「はい、どーん」
綺麗な血飛沫が夜空へと舞う。
あまりに惨く、力を使わせてすらもらえないほどにあっという間……。
なぜ炎が急に?
この金属の棘は一体?
考える間もなく、ルヴィアは倒れた。
死ねないルヴィアはその後、ラナフィーと同じ木に吊るされた。
逆さ吊り。
こんなにも悪趣味なことをする自分にも驚いている。
だが悪くない気分だった。
残忍性まで加速していき、一種の万能感へと変化していく。
ロベリアがひとり笑いをこらえている中、カプノスが気配を感じ取り駆けつけてきた。
「くそ、この気配! もう終わったとでもいうのか!?」
グラウンドに出ると、ロベリアと目が合った。
その傍の木にはふたりがあられもなく吊らされている。
瞬間的に銃を引き抜き、ロベリアに向けて放った。
しかし彼女は、
「にひっ」
不気味な笑みを浮かべ、無抵抗で弾丸を額に受けた。
しかし大したダメージにはなっていない。むしろ攻撃を受けたことすら悦びに変換している。
そればかりか弾丸を取り出すとそれを飴玉のように舐めだした。
「この、ぐ、うぷっ!!」
身体がくずれ、拳銃を力なく落とす。
四つん這いでむせ込み、呼吸を乱した。
今まで以上に負担がかかっていることに、命の危機すら感じた。
「あらあら、体調不良? 心配ですね。本当ですよ? そんな状態で戦えるんですか?」
「チィ」
「可哀想に。でも安心してくださいね。全部ワタシがなんとかします」
「彼女たちをこうも簡単に……」
「ワタシのディライラは全なる力。この世のどんな物質も、ワタシに平伏するほか道はない」
曰く、『誘惑』と『不義』を暗示する限りなきエネルギー。
物質を原子・分子レベルで分解及び再構成し操作する。
どんなものにするかは、ロベリアの思うがまま。
それを悟ったときのカプノスの絶望感は相当なものだった。
自信満々に微笑むロベリア。
しかしカプノスの背後からくる気配に、一気に表情を険しくした。
「楽しんでくれてんじゃねえかロベリアちゃんよお」
「アナタですか。あーあ、萎えました」
「こっちからブチかましてやろうと思ったが、手間がはぶけたか」
「いいえ、ここではやりません。愛する人がケガをしたらどうするの?」
「寝言言ってんじゃねえよタコ。なにほかの女と楽しんでんだ。テメェの相手はアタシだろうが」
「そう慌てないで。ワタシは逃げも隠れもしない。ただ、彼を巻き込みたくない。だから戦う場所は選ばせてもらう」
「どこだ?」
「学院の外。そうねえ、街中なんてどう? エンカウントバトルってやつ?」
「……正気じゃねえ」
「正午きっかりにスタート。それまでワタシはズル休み。街でウインドウショッピングにカフェに行ったりして、えっと」
日常の楽しみと、民間人への被害に対する無関心。
矛盾したふたつを両立させながら、楽しそうに予定を膨らましている。
「ワタシは色々見て回りたいからあっちこっち行ってしまうかも。だからもしも探すのに時間がかかりそうなら、ワタシが迎えに行ってあげるわ」
なにもかもが、ロベリアのペースだった。
ほかの怪能の持ち主と違い、誰よりも理性的ではあるが、会話が著しく破綻している。
リーネットたちに決定権がない。
無理矢理にでも不思議の空間に引きずり込むような、異様なスピード感があった。
「じゃあ、バイバイ。明日の正午までよい学生ライフを。そして、カプノスさん。どうか待っていてくださいね。ふふふ。逃がさないから」
次の瞬間、地面から無数の烏が飛び出すように現れ、一瞬彼女を覆い隠した。
文字通り影も形もなく、グラウンドに元の静けさが舞い降りる。
「……ひとりで、やれるのか?」
「あぁ、やるよ」
「すまないね。最後まで君の世話になってばかりだ」
「いいよ。さ、それよりもコイツら降ろそう」
ルヴィアとラナフィーを降ろして介抱する。
ふたりを地面に寝かせ、その惨状に目を細めた。
「リーネット」
「ん?」
「これ」
「……空の薬莢か」
「君と、ロベリアの分だ」
「いいのか?」
「あぁ、君を信じる」
リーネットは託されたふたつを手に取った。
時刻は1時前。夜の闇がより濃くなっていき、まだ見えぬ未来を暗示するように遥か地平線、水平線の先まで覆いつくしていた。
遠くで灯台がぼんやりと光を照らす。
しかし、学院のグラウンドまで届くことはない。




