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第48話「自分の正体」

 テストを隠してたのかと問い詰める親のような怒気を向け、リーネットは詰め寄った。


「き、昨日だね。ホラ、君が準備室に来たくらいに、こういう症状が、ね」


「そうか。……チッ」


(舌打ち、怖ッ)


「急がねえとな。これってさあ、ネットに流れた噂とかでこうなってんだろ?」


「まぁ、そんな感じかな」


「……アダムスカの野郎だ」


「わたしに注目しているらしい。彼と友達メンバーの経由で広まったんだろう」


 怪異は良くも悪くも流れる噂に左右される。

 信仰と同じだ。なんでもかんでも後付けされるわけではないが、信憑性が高いと判断されたり、必要とされたときは……。


 今、カプノスにも同じことが起こっている。


「だが、同時にこれはわたしを黒幕と見ているってことだ。仮に君たちが捕まっても、わたしに操られていたってことになれば、心神喪失くらいは適応されるんじゃないかな?」


「そんな小難しい理屈知るかよ。アタシはアンタの提案に乗っただけだ。……第一、こういうのって成功するもんなのか? 映画みて~によ」


「さ、さぁ?」


「お互い頭脳派じゃないのがつらいな」


「そこは否定できないな。そもそも現実が厳しすぎるよ」


 自嘲気味な声色でニヒルに笑った。

 とりつくろってはいるが、彼の身体の奥は切り裂かれるような変化が駆け巡っている。


 身体。

 ヒト型とはいえ、それはまともな生命のものではない。

 いや、そもそも生命にカウントしてよいのか。


 しかし、リーネットはカプノスを受け入れ、ロベリアは愛した。

 ロベリアはこの人外に、リーネットのことを話した。


「なぁ、これもロベリアから聞いたんだが……」


「なんだい?」


「アイツは、アタシのこと出来損ないとか失敗作って言ってた。その理由も知ってるらしい」


「そうか」


「アンタに話したから、聞いてみろって」


「……そうか」


 帽子を深くかぶるように上を見上げるカプノスをしり目に、リーネットは床に座る。

 

「もうすぐ昼飯どきだ。手短だと嬉しい」


「本当に聞きたいのか?」


「ここまで来てやっぱなしなんて気持ち悪いからな」


「わかった」


 カプノスは話した。

 ホムンクルスという存在、成功作と失敗作、その歴史を。


「……というのが君の出自だ。君は過去の人間の遺伝子を基に創造されたホムンクルス」


「…………」


 リーネットは終始黙って聞いていた。

 変に取り乱したり、言葉を荒げてカプノスに掴みかかったりもしない。


「そうか」


 そのひと言。

 納得と諦観が合わさった、力のない返事。


 床から立ち上がり、カプノスに背を向け、ドアのほうまで歩く。 

 カプノスは声をかけることも、追いかけることもしなかった。


 準備室から出たリーネットに去来する空虚にも似た感情。

 これを胸に食堂へと足を運ぶ。


(オヤジとおふくろ、アタシがホムンクルスだってこと知ってたのかな? いや、知るわけないか。知ってたらそれでマウント取りそうなもんだ)

 

 ほんの疑問だが、すぐにそれはノーであると断じた。

 ホムンクルスとは自分たちがそうだと知らずに生きて、やがて死んでいく生き物。

 それが今を生きるホムンクルスの在り方なのだろう。


 この話を聞いた数秒は信じられなかった。

 しかし己が半生を振り返ると、妙な納得感を抱く。


 ────失敗作、出来損ない。

 自分のために存在するかのような蔑称の数々にふさわしいこれまでの行い。


 初めから愛を以て生まれたのではなかった。

 そして向けられたはずの愛情すら、いつの日か踏みにじっていた。


「ロクデナシなんて、こんなもんか……」


 ショックよりも納得感が勝り、身体が空洞にでもなったかのよう。

 

「メシ、食うか」


 リーネットは周囲の目を気にすることなく、食堂で食事にありつく。

 頼んだのは七味唐辛子と薬味ねぎをたっぷりのうどんと、コロッケふたつ。


 七味唐辛子と薬味ねぎをうどんと汁に押し込むようにかき混ぜ、その上にコロッケを沈ませる。

 熱い衣に染みた熱い汁。まださっくり感を残すコロッケと汁の風味を味わった。


 ネギと一緒に食べることでさらに食感が増す。

 彼女の好きなやけっぱちメシだ。

 気分がモヤモヤしたときは、こうしてガサツに食うのがリーネットの心の習い。


 丁度うどんの麺を食べようと箸でつまんだときだった。


「ここ、座るよ」


「ゲッ!」


 お盆に味噌ラーメンを乗せたアダムスカが向かい側に座ってきた。

 

「この学院の麵類は絶品だ。ほかの事件でさ、別の学校の食堂でご馳走になることはあったけど、ここほどじゃない」


「そうかよ」


「うどんにコロッケって……合うの?」


「食レポする気はねえ。自分で頼んで食え」


「ふむ、コミュニケーションは難しいね」


「なんの用だ?」


「これはミスター・カプノスにも言ったが、君と同じく不思議な力を持っている人物の特定は終わったに等しい。ルヴィアとレイカ。彼女らも魔術ではないなにかを持っている」


「……そうかい」


「そしてもうひとり。ラナフィー・スノウドロップだ。1年生でボクの妹と同じクラスだった。同じように調べてみた。……彼女も、そうなんだろう?」


「アタシに聞いてどうする?」


「この事件を終わらせる」


「アンタじゃ無理だよ」


「……あのカプノスがなにかを企んでいるとは思えない。いや、企めるような性格じゃない」


「プッ!」


「ボクが言うのもなんだが、笑ってやるなよ。本人は必死に演じてるんだぞ」


「はいはい、それで?」


「これまでの事件は、ルヴィアやレイカ、ラナフィーが起こしたことと言っていい。そして不思議なことに、君がなにかしろの事件を起こした形跡はない。……君は、彼女らと戦い事件を裏で止めようとしていたんじゃないのかな?」


「褒めてもこのコロッケはやらねえぞ」


「やはりそうか。だとしたらカプノスは君と組んで事件解決に奔走していた、と考えていいだろうな。……でもやっぱり不思議なんだ。カプノスは、なぜ嘘をつき続けている?」


「想像は自由だ」


 食べ終わったリーネットが立ち上がる。


「じゃあ最後にひとつだけ。……まだ不思議な力を持っている人間は、いる?」


「さぁな」


「また事件が起きてからじゃ遅いんだ」


「少なくともお前じゃ無理だ」


「……いるんだな? 知ってるんだなその人物を」


「黙秘」


「君ひとりで片を付ける気か!?」


「今回は外野に徹しろ名探偵。アンタの入れるジャンルじゃない」


 リーネットはさっさと行ってしまった。

 ひとり食席に残り、瞳を閉じて背もたれに身を預ける。


 今までにない感情だった。

 心身の疲労が一気にのしかかる。


 これまで解決できなかった事件はなかったというのに、手詰まり感があった。

 情報を掴み、特定や推理も進んでいる。

 なのにまだこの事件の実態がつかめないでいた。 


「やべ、ラーメンのびちゃった……」


 考えすぎて、時間が経つことも忘れていた。

 自分が好んで頼んだはずの食事のそれを見て、苦虫を嚙み潰したような顔になる。


(ミスター・カプノス……会いたい。彼に……)


 試しにチャーシューをかじってみたが、やはり風味や食感が……。

 眉間をつまむようにしてその場にうな垂れ、時間ギリギリまでその場に座っていた。

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