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第47話「表明」

 学院治安部の執務室。

 乱暴にドアがノックされ、書類の作成や決済を行っていた数人が色めきたつ。


「入るぞ」


「おい、なんだお前は!」


「授業中のはずだ。さっさと帰れ」


「雑魚に用はねえ。なぁロベリアさんよぉ」


 目もくれず執務机に座り、冷めた瞳をするロベリア。

 しかしリーネットには目もくれず、書類をただ眺めている。


 舌打ちして近づこうとするリーネットにメンバーが群がるも、


「皆、少しの間だけこの方とふたりにしてくださる?」


「部長、しかし……」


「ふたりにして、と言ったのだけれど」


「わ、わかりました」


 執務室はふたりだけになる。

 ロベリアは特にソファーに勧めるようなことはしない。


 リーネットも立ったままでいいと、ロベリアにガンを飛ばす。

 ロベリアも彼女の目を見たまま、机の上に肘をついた。


「なにか言いたいことがあるのでは? こうして見つめ合うのも姉妹っぽくていいけど、生憎今はそういう気分じゃないの」


「いつまで言ってんだよそれ。初めから姉妹でもなんでもねえだろ」


「あぁ……知らないんだ」


「同じ孤児院だからって威張るな。覚えてねえよお前のことなんか」


「あらそう」

 

 ロベリアは無関心な風に紅茶のカップに口をつけ沈黙する。

 リーネットの態度も気に喰わないし、なによりこのまま知らないままでいたらどうなるのだろうという意地悪な実験的思考からだった。


「……テメェの怪能を奪って、アイツを返す」


「それを言いに来たの?」


「それ以外になにがある」


「宣戦布告ととらえてもいいのかしら?」


「おう」


「……そう、ご苦労様。もう帰ってくれる? 仕事が山積みなの」


「時間と場所決めるぞオイ。タイマンだコノヤロー」


「そんなの必要? その気になれば、いつでも・どこでも……瞬殺できる」


「…………」


「あら、そんなこともわからずに喧嘩吹っかけたわけ? ラナフィーさんやレイカさんのように、コソコソ隠れながらアナタたちを追い詰めることも全然できる。────……ワタシの怪能『ディライラ』にできないことなんてないのよ」


 初めて口にする怪能の名前。

 そこには圧倒的な自信の表れが垣間見れた。

 面と向かって、もう隠しもしない殺意をリーネットに向けている。

 

「アナタの怪能、バネになるってやつよね?」


「ああ、セクシーだろ?」


 リーネットはおどける。


「それがどうやったら4人も相手にできるほどの力になるのかしらね」


「夢見る美少女の底力ってやつだよ」


「夢、ねえ。あの人がいなきゃ、アナタなんて……」


 情念渦巻く眼光。

 しかし、それをリーネットに見せたのがいけなかった。

 

「あ、そうだ。告白はうまくいったか?」


 リーネットの言葉に思考が止まり、表情が仮面のように強張る。

 色々とありすぎてすっかり頭から抜けていたのだが、ロベリアが口にしたことで思い出した。


 まったくの偶然である。

 心理的優位性から一気に放たれ、ロベリアの心が密かに乱された。

 

「あぁ。いい、いい。ダメだったんだろ? なんだよ急にわかりやすくなりやがってぇ。んんん~~~~?」


 ロベリア、歯軋り。

 リーネットのにやけ面を映す瞳に炎が迸る。

 自身の甘さを呪いつつも、逸る気持ちを抑えた。


「そんなわけだ。オメエの恋愛ごっこはここでお終い。────場所や時間は問わない。いいだろう。いつでも来いよ。アイツを元の居場所に返す。アタシはそのために全力を尽くす」


「やってみなさいよこの出来損ないが」


 リーネットの揺るぎない真っ直ぐな瞳に我慢できず、ロベリアは振り絞るような呪詛を吐く。

 

「その出来損ないにいつぶん殴られてもいいように、お化粧はキチッとしとけよ」


「…………出ていきなさい。話は終わりです」


「じゃあね、《《おねえちゃん》》」


 踵を返しドアのほうへ向かう。


「なにも知らない失敗作の分際で」


「出来損ないの次は失敗作か。ご挨拶だな。まるでアタシのことを知り尽くしてるような言いぶりだ」


「ええ、知ってるわ。……あの人にも、そのことを話した」


「は?」


「なんならカプノスさんに聞いてみたら? さ、早く出てけ。塩まくわよ」


 ────バタン。


 乱暴にドアが閉められたあと、ロベリアは震える手でカップを手に取る。

 これまでにない動揺。自分の気持ちを支配できない。


 その証拠にカプノスに聞けなんて、頭に血が昇ってなければ言えないセリフだ。

 アドバンテージもあったもんじゃない。


 負けることはないのだ。

 怪能『ディライラ』は無敵だ。


 そう自分に言い聞かせるが、リーネットのあの瞳が忘れられない。

 そして脳裏によぎるヴィジョン。

 カプノスが消えていく、そんな未来────。


「あぁッ!!!!」


 カップを床に投げ飛ばし、中に残った液体が飛散する。

 カーペットに染みていく紅茶の残滓が、かすかな匂いを漂わた。


 今のこの拭えない思いを示すかのように。

 ロベリアの呼吸は乱れ、瞳は収縮してカタカタ揺れる。

 ────もう、ためらってはいられない。

 


 そんなことも露知らず、リーネットは準備室へと向かった。

 恐らくずっと言わずとしていただろうことを、ロベリアはカプノスに話し、そして聞いてみろとも言った。


「おう、入るぞ」


 中にはカプノスがいた。

 彼はかまわずイスに座ったままリーネットに視線を向ける。

 しかし様子がおかしい。


「おい、具合悪いのか? 珍しいな」


「まぁ、ここ最近色々あったからちょっとね」


「怪異でもそうなんのか? 生き物じゃねえのに?」


「言ってくれるなあ。まぁ当然の疑問ではある。わたしも初めての経験だ」


 カプノスは再び窓の外に目を向けようとしたが、それをリーネットに阻まれる。

 自ら窓の近くにいき、縁にもたれるようにしてカプノスを見下ろした。

 これにはカプノスも面食らい、彼女に顔を向ける。


「な、なに?」


「さっきロベリアと話した。アイツとは決着をつける」


「いつ?」


「さぁな。いつでも来いってお互いに啖呵を切ったばっかだ。アタシとしちゃ、明日にでもブッ飛ばそうとは思ったけど」


「そう焦るなよ。チャンスを待つんだ」


「そうも言ってらんねえだろ。ヘタすりゃアイツ夜這いでもしかねねえ」


「闇討ちじゃなくて?」


「夜這い」


「誰が?」


「言うまでもねえだろアンタにだよ」


「わりと現実になりそうなのが嫌なんだよなあ」


「アイツ告ったけど、振ったらしいな」


「あぁ、プールに来るよう言われてね。彼女、なんでか知らないが水着だったよ」


 リーネットは驚いた顔をしたあとフッと笑い、


「なるほど、よっぽど切羽詰まってたみたいだな。それであんなに必死だったのか」


「……なにか?」


「いいや、なんでもない」


「そうか……ゴホッゴホッ! うぷっ!」


「ん、おい、しっかり────……」


 突然むせ込み、えづきだした。

 だが口をおさえた手から、《《それ》》はこぼれ落ちる。


 カミソリ、黒い花びら。


「……ゴホッ、あ、アハハ、いやすまない。見苦しいところを」


「おい」


「はい」


「なんだよこれ。いつからだ?」


 リーネットの表情から、軽い雰囲気が完全に消えた。


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