第42話「名探偵」
「やれやれ、リーネットの奴。どっかで道草くってるな」
カプノスは準備室を出て廊下を歩く。
体調が悪くなりだしたので、外の空気を吸いに行くのだ。
また咳込み、カミソリや花びらが吐き出てくる。
そればかりか触れた部位にあの黒い花が咲いた。
だがそれらも一瞬のようなもので、すぐに消える。
自分の中の概念が著しく変化してきているのが、まざまざと見受けられた。
「クソ、いや、確かに噂を流すようにしたのはわたしだが……まさか、こんなに効くとはッ!」
ベコンッ!!
バランスをとろうと手で触れた用具入れがひしゃげ、小さなクレーターを生んだ。
アダムスカの介入を機に、ミスター・カプノスの伝説に変化がもたらされている。
それがカプノスの肉体を暴走させているのだろう。
壁にもたれるようにその場にて座り、落ち着くのを待った。
呼吸が乱れ、身体が怠い。
思考にノイズが走り、うまく整理できない中、ここまでのことを思い出す。
帰りたいだけなのに、なぜこんなにも苦労しなければならないのか。
人間の無駄な好奇心のせいだと心内で毒づくも、自分が選んだ道だと思い返して気を取り直す。
少しばかり落ち着いて、また壁伝いに歩きだした。
もう行きかう生徒はいない。静けさだけがその先の通路に繋がっている。
あともう一歩で外へ出られるというときだった────。
「見つけた……」
「!?」
背後から現れたアダムスカ。
魔眼ペルセポネを開き、荒野のガンマンのように睨み佇む。
(なんて、こった……ただでさえしんどいのに、メンドクサイ奴が現れちまった)
「学院を動く影……いや、都市伝説ミスター・カプノス。あぁ、今ははっきりと姿が見えるよ。そういう姿をしているんだね。ここ数日事件続きだったから、魔眼の精度が上がったのかな?」
「魔導、探偵……」
「知っていたか。自己紹介がまだだったね。ボクの名はアダムスカ。アンタにまつわる真実を追っている」
「真実? ハッ、そんなのネットでも見ろよ。わたしのことなんていくらでも書いてあるよ」
「そうじゃない」
近づいてくる。
相手をしなくてはならない。
アダムスカは見えているだけで触れられるわけではない。
カプノスもまた然り。話せても触れることはできない。
撃ち殺すことも────。
こうなった以上、カプノスは悪の黒幕を演じなくてはならない。
しんどさにうだる身体に鞭打って、背筋を伸ばした。
演技の練習くらいすればよかったと、内心ちょっぴり後悔する。
「なにを知りたいんだい少年」
「この学院に来たのはなんだ? なにを企んでる?」
「……人間ってのは、見ていて面白いからねえ。夢の中なんて特にさ」
「……? それが理由か?」
「おいおい、数々の事件を解決してきた名探偵様ならわかるだろ? どんな企みも根っこを掘り起こせばしょうもないものなんだって」
「だから、リーネットに力を与えて観察してたのか? 彼女が周囲に言いふらしてもなにもせず」
「君、色々調べまわってるね」
「リーネットだけじゃない。ルヴィア・ガーネットもレイカ・クロユリも、おそらくはアンタが!」
「おいおい、ふたりもアタリをつけているのか。ハハハ、やるねえ名探偵」
「クレーター事件の被害者は、全員ルヴィア・ガーネットの関係者。桃闇天に関してはレイカ・クロユリの作品だ。そのふたりはある日を境に授業に出なくなっている。怪しいと思うのは普通だよ」
「……なるほどね」
悪者の演じ方がわからないので、とりあえず余裕ぶったフリをしておいた。
「……やっぱりわからないな。釈然としないよ」
「真実がいつでも自分の納得のいくものとは限らない」
「じゃあ、メイリー・アンソニーにしてもそうなのか?」
「あぁ、あのイカれた研究者か? 簡単だったよ。夢でそそのかして、実験棟で禁忌の研究をしてくれた。知識欲を刺激してやったらすぐさハハハハハ」
一瞬カプノスの視界がゆれる。
その際に集中力が途切れ始めた。
「夢でそそのかした?」
「あぁ」
「じゃあ遺体の左腕も! 60億グリスも!」
「…………」
「……? おい」
「な、なに……?」
思わず素の反応がでた。
自分の知らない情報を、朦朧としかけている意識に叩き込まれ、小規模のパニックを起こした。
それが大きな隙を生む。
アダムスカがそれを見逃すはずはなかった。
「知らないのか?」
「え、いや、別に、そういうわけじゃない」
「どうした? なんで取りつくろう!?」
「取りつくろってない」
「アンタ、メイリー・アンソニーを動かしていないのか…………?」
「いや、おい、待て」
(なんだコイツ? 嘘下手なのか?)
「コホン。いいか名探偵。君にわたしを……ゴホ、止めることはできない。わたしが描いたストーリーは、もう最終局面までいっているんだ」
「最終局面? なにをする気だ? ほかにもなにかあるってのか!?」
「フハハハハハ、推理してみたまえ!」
しんどさをバネにやけっぱちのひと言。
そのまま全力疾走で逃げる。
当然、アダムスカはカプノスを追いかけた。
あまりにしつこく追いかけてくるその姿勢に、若さという勢いをふと感じる。
(クソ、これじゃまるでわたしがオッサンみたいじゃないか!)
(くっ、ペルセポネの効果が切れて……だんだん見えなくなってきた!)
アダムスカは、カプノスを知らなくてはならない。
その内に秘める目的を、暴かねばならない。
だが、走りながら問い詰めてもガン無視で逃げるので、完全に見えなくなる前に質問はやめた。
しかし追うのを諦めるのは気に喰わないので、ひたすらカプノスを無言で追い回した。
「くそ……逃げられたか」
臍を嚙む思いで、茜色に染まる光景を見渡す。
影も足音も、もう届かない場所にまで行ってしまった。
いや、それともどこか別の場所で自分を嘲笑っているのではないかと思うと、虚仮にされたようでムシャクシャした。
アダムスカはその場を逃げるように後にする。
「ふぅ、なんとかまいたな」
一方、カプノスは聖堂の裏でへばっていた。
夢の中を悠々自適に歩く怪異ミスター・カプノスが、現実世界ではこうも形無し。
「も~、イヤ。しばらく会いたくない」
動く気になれず、このまま真っ暗になるのを待とうとする。
しかし、運命はそれすら許してくれなかった。
「あら────?」
(ワァオ……)
目が合ってしまった。
聖堂から出てきたロベリアが、なぜか裏まで回ってきた。
「……ここ、お好きなんですか?」
「別に、全然、帰るね」
「待ってください」
「君と話すことは今はないんだ。悪いね」
「今夜!」
ワタワタと身を起こすカプノスを止めるように声を張る。
「今夜22時、お話ししませんか?」
「だからねえ」
「場所は、プールなんてどうです?」
「プール?」
そう言えばプール開きがどうのこうのとかの話を聞いたことがある。
「話をするのになんでそんな場所?」
「……来てくださいね?」
「拒否したいんだが?」
「来てくださいね?」
「なんのために?」
「来てくださいね?」
「……────わかった」
「アナタなら、そう言ってくださると思っていました」
拒否権はない。
ほんの一瞬だが、凄まじいエネルギーを感じた。
あと1回でも断っていたら、街の一部を破壊する気だったのだろうか。
どちらにしても、今彼女の持つ怪能の脅威を解放させるわけにはいかない。
「22時、ね。今夜は雲ひとつない満月だ。明るいかもね」
「ええ、とっても明るいですよ。────では」
圧の強さに負け、カプノスは壁にもたれる。
あと少しなのに、ゴールが遠い。
ロベリア、そしてアダムスカ。
彼にとってこれほどまでに恐ろしい存在が立ちはだかっている。
うまく立ち回らなくてはならない。
特にアダムスカは、真実に迫りつつある。
「最悪の敵どもめ……」
憎しみ。
もしくはそれに近い感情が、夜闇とともに降りてきた。
理不尽と真実に追い詰められる犯人の心境が、少しわかった気がする。




