第40話「アダムスカと行く」
奇妙なデートだった。
探偵と怪能。互いに疑い合う者同士。
一定の距離を開けながら、誰もいない花咲く校庭を歩く。
ここまでたどり着くまで、一切の会話はなかった。
アダムスカは花壇で立ち止まり、ジッと花を見る。
傍でリーネットは彼を見ていたが、その表情には無関心が張り付いていた。
「ここ一面、あの黒い花が咲いていたけどもうすっかりなくなったね」
「そうだな」
「ボクも戦ったけど、君もすごく戦ったそうじゃないか。皆すごいって言ってたよ」
「へぇ」
「腕とか足を伸ばして戦うの? わりと不便じゃない?」
「つまらねえ質問だな。デートする気あんのか?」
「おや、じゃあもっと面白い話をしてあげよう。君と、────ミスター・カプノスについてだ」
リーネットの瞼が反応する。
「夢の中を歩くとされる都市伝説。君のことを調べたりしてる間にね、この話にいきついた。そして、クラスの皆がとあるスレでこんな書き込みを見つけてくれた」
スマホを取り出すと、そこにはかつてリーネットが書き込んだものが映し出される。
「夢で悪さをする。悪魔のような取引をするエトセトラエトセトラ……。書き込みのタイミング見る限り、例のカミソリ事件があったときだね。これ、書いたの君?」
「……さぁな」
「そうか。でも、なんだかタイミング的にね。疑ってしまうんだよ。そういえば君は、夢の中でその力を手に入れた……だったね。しかも、その話をしたタイミングも、この書き込みと同じ時期」
スマホをしまってからも、アダムスカは一切リーネットを見なかった。
彼はしゃがんだまま花を見続け、その様をリーネットがずっと見下ろしているという構図。
拳を放てばあっという間に彼の頭蓋を破壊できる。
しかし、それができない奇妙な圧が距離感としてこの場に表れていた。
「君を怪しんでいるのはそういうことなんだよ」
「だが、犯人扱いはしてない。妙じゃねえか。探偵ってのは犯人かもしれない奴を疑うもんだろ?」
「パターンがあるんだよ。犯人であると疑う場合と、……犯人と繋がっている場合があるのとね」
「で、さっきも言ったミスター・カプノスが犯人だって?」
「そう、それ! それが聞きたかった!」
嬉しそうな声色でようやくリーネットのほうを向いた。
その無邪気を装った顔に、思わず猜疑心をよぎらせる。
「でもやっぱりおかしいんだ。彼が犯人だとしても、あまりに杜撰すぎる。噂もスレもまるで急に思いついたように湧いて出てきた」
「………………」
「ボクはね。これまでの学院の事件は、君のように不思議な力を持った人間たちの仕業なんじゃないかって思っている。その中で、君だけが力を周囲に顕示していた。奇妙な構図だよ。そこでひとつ洗い出してみたんだ」
「なにをだよ。誰かわかんねえんじゃ当てずっぽうしか無理だろ」
「ま、そうだね。最初のクレーター事件。被害者を洗い出してみると、ひとりの人物に行き着く。────ルヴィア・バードック。知らない?」
その名を聞いた瞬間、リーネットの表情にも驚愕が現れ始める。
「……彼女、急に授業をサボりだしたそうだね。珍しいって先生も言ってたよ。あ、さっきの騒動だけどさ。君がなんであの場所にいたのか。もしかしてルヴィア・バードックを探していたとか?」
「し、知らねえよ」
「うわ、図星だ。これこそ当てずっぽうだったのに」
反論しようとする彼女を遮るように、アダムスカは続ける。
「色々気にはなるけど、それ以上にもっと気になるのが、ミスター・カプノスはなぜこんなことをしているんだろうってトコ。目的がわからない。……少なくとも、大きなことを企んでいるとは到底思えないんだ」
アダムスカはリーネットの周囲を歩くようにしながら、
「これはまだボクのわずかな経験からなる直感でしかない。教えてくれリーネット。……もしかして、ミスター・カプノスは学院にいるんじゃないか?」
「ハッ、もうそこまで考えてんのかよ……」
「やはり、ボクが見た人型の影は。しかし、この一週間でボクが何度も見かけたのは学院内のみだった。外では見かけていない。……学院から出られないのか?」
「さ、推理ごっこはここまでだ。アタシはもう行く。つまらん男の話に付き合うのはごめんだ」
「待て。君ならなにか知ってるんじゃないのか? 彼はなにをしようとしている? 不思議な力を与えることの意味が分からない!」
足を止めたアダムスカを小さく嘲笑うように振り返りながら、
「違うよ」
「え?」
「ふふふ、全然違う」
リーネットはそのまま去っていった。
無理に追いかけるまいとアダムスカはその場に立ち尽くし、空を仰ぎ見る。
そのとき、スマホが鳴った。
「……やぁスパイク」
『どうしたんだい? やけに元気がないじゃないか』
「ま、色々あってね。なにか報告かな?」
『あぁ、メイリー・アンソニーのことがいくらかわかったんだ』
「聞かせてくれ」
『いいかい? 彼女の家はホムンクルス事業に古くから従事していたらしいんだ』
「へぇ。でもメイリー・アンソニー自体にその手の話は聞かないな」
『そう。でも彼女は事業から外されているらしい。理由は定かじゃないけど、本人も納得してるなら、まぁって感じ? ほかにもあるんだけど、これはおったまげだよ』
「なにかあったのか?」
『西ノーヴァティア魔導銀行から60億グリス盗られたってのあったろ? あれ、どうやら犯人は彼女らしいんだ』
「なんだって?」
『60億もなにに使うんだろうねって思って調べてみたんだ。10億あればかなりいい機材は揃えられるしね』
「……その金で、実験棟に機材を揃えたのか。でも仮に10億で揃えたとして……残りはなにに使ったんだ?」
『少なくとも生活費じゃあないね』
「もったいぶらずに言ってくれ。わかっているんだろう?」
『────左腕だよ』
「は?」
遠くでカラスの群れが鳴いた。
『研究所から持ち出された。いや、買い取ったと言っていいだろう』
「……誰の、左腕だ?」
『200年前に存在した最強の魔導士の遺体。この学院の聖堂にも彫像があるから知ってるだろう?』
「……まさか! なんのために!?」
『どうやら資料からは、夢にまつわる研究を行っていたらしいね。魔術というイメージの幅をより高次元のものにするための研究、なのかな?』
────夢。
ここでミスター・カプノスに繋がる。
アダムスカの頭の中で、言語化できないなにかがカチリと音を立ててはまる感覚がした。
「……ありがとうスパイク。引き続き調べてくれ。ボクも調査を続ける」




