第39話「魔導士初交戦」
魔術を紐解けは、それは人類史の結晶でもある。
科学が発展した現代でもなお、その権威はけして揺るがない。
そこまでの過程がある。脅威がある。
科学では再現できない、神秘がある。
科学が証明を続けようと、魔術にひれ伏し続けるしかない。
ゆえに、才ある者は集い、学ぶ。
特にこの学院の知識にはそれだけの価値があるのだ。
それでこその名門。
この白女神の学院には、その生徒たちには、素晴らしき栄誉がある。
彼ら彼女らは、それだけで強い。
そのはずだった────。
「ダラアッッッ!!」
「ぐはっ!?」
リーネットを囲む生徒たちは、それぞれ魔力による身体補強を行っていた。
力も速度も防御力も、すべてが常人を上をゆく。
連発して来る弾丸を斬ろうと思えばすべて斬れるし、高速道路を走る車よりも速く動ける。
なんならダンプカーが突っ込んできても大したダメージにはならない。
しかし、そんな理屈がリーネットには通らなかった。
襲い来る生徒たちの動きをコマ送りのように目視し、的確な拳打を浴びせる。
剣や槍で来ようものなら、最小の動きで回避しカウンター。
時折遊び感覚でバネになり、隙間を作ることで刃をすり抜けさせた。
「な、なんなんだコイツ!」
「うろたえるな! 接近がダメなら遠距離からやれ!」
魔術の行使。
万象を焼き貫く炎の槍、降り注ぐ裁きの光。
すべてを圧し潰さんとする超重力。等々。
学院で出していい技ではないが、もう半数以上をノックアウトされているため、ヤケになっているのだろう。
魔導士相手との戦いはこれで初めてなのだが、リーネットにはまるで脅威に映らなかった。
魔力が肉体を通らない。
まるで絶縁体が電流を遮断するように、属性そのものが弾かれてしまう。
「ち、ちょっと、どういうことなのあれは!」
「怯むな! なにかのトリックだ!」
「で、でも!」
「いいから次の魔術を────オイ、うしろ!」
「え?」
女子生徒に繰り出される頭突き。
一発で気を失いリーネットの足元に倒れる。
それを見た、残った生徒たちに怖気が走った。
本気で挑んでいるにも関わらず、目の前の少女は余裕綽々だ。
魔術で制服が汚れる程度で、ダメージはおろか疲労すら感じ取れない。
黒い花の事件では大活躍だったようだが、実際に対峙してみると格の違いをまざまざと叩きつけられた。
「あんま歯ごたえねえな。多少楽しいっていうくらいか」
「オイオイ、コイツこんなバケモノだったのかよ!」
「れ、連携だ! 連携してコイツを!」
「うし、今度はバネになるから、オメーら覚悟しろ」
ビヨンドの猛威が生徒たちに逆襲する。
ルヴィアやラナフィーは見切れたが、怪能を持ち合わせない彼らにしたら、恐るべき速度と機動力だ。
四方八方飛び回り、伸びる手足で長距離からでも殴り飛ばせる。
取り囲んでの攻撃も、もはや無意味と化していた。
「うおおおおおおおおお!」
「よっと!」
グルン!
「がはっ!」
着地狩りを試みるも、超人的な反射速度で迎撃される。
リーネットは筋肉質の生徒に飛びかかり、頭部を太ももで挟んだ。
そのままうしろへ体重をかけて、生徒の身体を宙で一回転。
かなりの勢いで地面に叩きつけられ、昏倒。
プロレスじみた大技まで見せつけられ、生徒たちの戦意はだんだんと消えていった。
「さて、あと3人。やれそうか?」
「うっ」
「どうする? 援軍を呼ぶってんなら待っててやるよ。全員ぶちのめすのも悪くない」
そのときだった。
「君たち、なにをしているんだい?」
「あ、アダムスカ……ッ!」
「こ、これは、その……」
「妹のエヴァが知らせてくれた。……どういう状況なんだコレ? なぜ君たちが」
一度視線をリーネットに移し、
「彼女と交戦している? リーネットは黒い花事件で皆を守ってくれていたはずだが?」
「アダムスカ! お前はこの女を怪しいって言ってた」
「そ、そうよ。私たち、アナタの力になりたくて……!」
「これまでの事件の情報とか推理とかしていく中で、お前もリーネットを怪しんでただろ? だからこれは……」
「そのために必要な武力行使だった、と?」
周囲に転がる気を失った生徒たちを見る。
「ボクは怪しいとは言ったが、犯人とは言ってない」
「うっ」
「それに、武力行使に関しても軽率だね。むしろ悪手だ。……彼女が本気だったら、ここら一帯が血の海になっていただろう」
3人は黙り込む。
ため息を漏らしつつ、アダムスカはリーネットへと歩み寄った。
「今度はテメェが相手か? 探偵さんよぉ」
「いいや、とんでもない」
「だったら」
「────申し訳なかった」
リーネットの言葉を遮るように、アダムスカは頭を下げた。
「さっきも言ったとおり、君を怪しんでいたことはまぎれもない事実だ。でも、それがとんでもない勘違いを引き起こしてしまった。ボクにそれが予測できなかった。彼らを止められなかったのはボクの怠慢が原因でもある。謝る。すまない」
リーネットは淡々として彼の頭を見下ろしていた。
怒りや悲しみというものではなく、ただぼんやり観察しているかのような。
「……テメェの指示じゃねえにしてもだ。テメェの信者どもにこうして因縁をつけられた。返り討ちにしたとはいえ、得物を使うことに躊躇もねえ連中相手だ。おう、どう落とし前つけてくれんだ?」
「被害者として当然の主張だね」
「オイ待てよ! アダムスカは関係ない!」
「そうよ! 私たちが勝手にやったの!」
「そうだ。俺たちが先走ったせいで……」
「黙ってろ」
視線は向けない。ただ言葉だけ。
それだけで十分なほどの圧が3人を襲った。
口を閉じて縮こまる3人をよそに、リーネットは続ける。
「再発防止に努めます、ってか? そんな手垢のついた言葉を使って謝った気になられても、アタシは納得しない。どうする? ここで思いっきりブン殴られるってのも大いにアリと思うけど?」
「誤魔化す気はないし、本当に徹底する。それにブン殴られたくはない」
「………………」
「そうだな。じゃあ、これから来る《《厄介事》》を見事追っ払ったら、少し考えてくれるかな?」
「厄介事?」
なにを言っているんだ、と怪訝そうにした。
アダムスカはにこやかに頭を上げて、右を向く。
「お、お、お、お前たち、これは一体どういうことだ!?」
「げ、先生!」
「なんだ、これは……オイ! その手に持っているものはなんだ!? それに、リーネット・カルミア!」
「チッ」
「まさか、お前が……!」
初老の教員が慌てた様子でやってきた。
昔からリーネットのことをよく思わない人間であり、怪能を得たリーネットを本物の化け物のように内心蔑んでいた。
そんなリーネットも、彼が嫌いだ。
しかし、彼女を庇うようにアダムスカが口火を切る。
「誤解ですよ。先生」
「アダムスカ君……どういうことかね」
「野ネズミです」
「────は?」
「いえ、ですからとても大きな野ネズミなんです。迷い込んでしまったのか、ずっと住み着いていたのか。それで、ここにいる皆が大騒ぎ。しまいには武器を取り出し、魔術を行使して野ネズミを狩ろうとしたんです。ヒートアップしてしまったがゆえに、最終的にはこう言った乱闘騒ぎになってしまった。リーネットはたまたまここに居合わせただけだったんですよ。彼女は一貫して被害者です」
あまりに無理があるカバーストーリー。
それを本当のようにペラペラしゃべるアダムスカに、顔をしかめる教員。
「先生」
「な、なんだ?」
「今は先生方にとってもデリケートな時期でしょう。ここは穏便に」
「………………」
「でしたら、彼らに罰を与えましょう。全棟のトイレ掃除を1ヶ月。職員室や教授室の前掃除。いかがです?」
「……わかった。君がそこまで言うのなら、そうなのだろう。ここにいる生徒を医務室へ運んでくれるかな?」
「了解です」
先生は去っていった。
愉快そうに手を振って見送り終わると、アダムスカは再びリーネットと向き合う。
「どうかな? 君に一切の手間も罰則もかけずに、事を処理した」
「フッ、気に入った」
「よかった。これでダメだったらどうしようかと思ったよ」
「別にいいさ。言うほど怒ってねえ」
「やらかしはやらかしだ。君の感情に関係なく、申し訳なく思ってる。……あ~、そうだ。リーネット、今から時間はある?」
「なんだよ。デートのお誘いか?」
「ロマンチックだね。うん、そうとらえてもらってもいい。少しふたりで歩かない?」
「……今日はやけに誘われる日だな」
「え?」
「なんでもない。いいだろう」
ルヴィアを探していたが、もう切り上げだ。
その変わりに今を時めく魔導探偵と並び歩くことにした。




