第35話「空の薬莢」
「ま、ま、また邪魔者がひとりぃ!」
「うっほ! 生で見るとめっちゃ際どい衣装だなオイ」
「コラ、一応神様だよ。……一応ね」
「どうせ自称だろ? それにアンタだって何発も撃ってるだろ」
「……なんで来た?」
「いや、こっちに来たほうが面白いかなって。大丈夫大丈夫、あのふたりが今頑張ってるから、多分」
「絵はどうした?」
「隠してるよ安心しろ。抜かりはねえ」
面白そうという理由は半分嘘だ。
実際はカプノスが心配だったから。
リーネットは、カプノスは地味に命を懸けていると感じていた。
自分たちは不死だが、彼がどうかはわからない。
ここでレイカ・クロユリに敗北した場合、彼はどうなるのだろう。
普段自分たちのことを気にかけてくれる分、柄にもないことだと思いつつもリーネットははせ参じた。
「うし、ブッ飛ばそう」
「まぁ、火力が高くなって悪いことはない。さっきより楽に戦えそうだ」
「おのれ……恨めしや、仏敵。焼いて、砕いて、引きちぎってやるぞおおおお!!」
法剣と槍で嵐を巻き起こす。
薙ぎ、刺突、唐竹、まとうは断罪の炎と審判の雷。
リーネットが躍り出て拳を交えるも、互角の戦いを演じていた。
いや、この接戦においてはまだ愧悦天が若干有利だ。
武器術はもちろん、炎と雷によってバネ化しようと関係なくダメージを与えてくる。
「くう! カプノス!」
「右に頭傾けろ」
「オッケー!」
言葉だけの連携。
弾丸はリーネットの顔横を通り、愧悦天の左目に当たる。
しかし怯むことなく鬼のような形相で、ヘラヘラ笑っていたリーネットを法剣で薙いだ。
「ヤベッ!!」
ガードも虚しく、力で押し切られる。
裂くような速度でお堂を越えて、枯山水にある巨岩に激突した。
円形の凹みの中心でリーネットは大きく目を見開いた。
「リーネット!」
「ふん、その程度? バネの身体には驚いたけど、なんの脅威にも────」
「いいや、一か八かだったが……やればできるもんだ、アタシも!」
円形の凹みの正体。
それはバネ化してクッションのようにリーネットを支える巨岩の表面だった。
ラナフィーが周りのものを刃物にしたように、リーネットも触れたものをバネに変えた。ほんの一瞬でだ。タイミングがずれればひとたまりもなかっただろう。
ぶっつけ本番で彼女はピンチを塗り替えた。
「物をバネにしてる間はアタシはバネにはなれない。まぁそういう縛りってやつか。だったらそれで戦ってやる────よッ!」
巨岩から弾けるように、元の方へ飛ぶ。
その途中でへし折った木の枝を手に、先端を鋭くしたバネに変えた。
逆手に持ち、今まさにカプノスと戦っている愧悦天の後頭部、小脳に当たる部位に思いきり突き刺した。
────ズシュウウウッ!!
「あっがぁああ!?」
勢いのあまり目が飛び出るほどの衝撃を受けた。
バネ化した枝は見事に突き刺さったようだ。
愧悦天はそのまま前のめりに受け身も取れず転がり、柱に激突する。
彼女とぶつかった衝撃を利用し、リーネットはうまく着地した。
「ほい、ただいま」
「お帰り。さぁもうひと仕事だよ」
「おう」
カプノスは銃を一丁、華麗な背面投げでリーネットに渡す。
リーネットはカプノスと並ぶように銃を構えた。
「撃ち方はわかるかい?」
「アンタのマネをするよ」
「グッド」
勢いよく立ち上がった愧悦天。
枝を後頭部に刺したまま、獣のような咆哮を上げる。
もはや理性もなく、最後の足搔きと言わんばかりに身を振るった。
そんな彼女が振り向いた直後に、その両目を穿つように同時に弾丸を放った。
「が……っ、ぶばぁ……ッ!?」
両目は鮮血とともに空洞となり、愧悦天はビクンと痙攣し硬直した。
気づけば雨はやみ、周囲に静けさが漂う。
どこからかの微風が各々の髪を揺らした。
それに押されるように愧悦天が倒れ、桃闇天同様に、塵となって消えていく。
「どうやら、精神が折れたらしいな」
「だろうな。空間も崩れていく……」
「外に出られるみたいだ」
寺院も、木も、枯山水も。
すべてはこの風に漂う塵に同じ。
大仰な雰囲気が立ち込めていたこの空間も、こうなればあまりにあっけないものだった。
神様になりたい。
その想いすら今や儚いもの。
彼女の言う神とはなんだろう。
自分を変えたい・生まれ変わりたいという意志の裏返しか。
それとも救いの神なき現実というニヒリズムから逃げたいという、倒錯の象徴であったか。
明確な答えなどないし、もう然したる興味もない。
そんなとき、ふと、ふたりの足元から重力的感覚が消える。
お互い、細く長くほつれていき、遥か上空の一点へと吸い込まれていった。
…………気がつくと、ふたりは現実世界へ戻っていた。
「ほお、体育館の倉庫か。いい隠し場所だね」
「だろう? ……お、コイツは」
跳び箱にもたれるように眠る少女に目を向ける。
その隣には真っ白になったキャンバスが倒れていた。
「レイカ・クロユリだね。恐ろしい怪能だったな……」
「おう、どうやら黒い花も桃闇天も全部消えたらしいぞ。歓声が聞こえてくる。皆助かったらしい」
「そうか」
カプノスはレイカの顔を覗き込むようにしゃがみながら、懐から『空の薬莢』を取り出す。
「それは?」
「これに怪能を封じ込めるんだよ」
「アンタが前に言ってた摘出ってやつか?」
「そういうこと」
首筋に当てると「うっ」とレイカが唸り、一瞬顔をしかめる。
だがすぐに安らかな顔色になり、一筋の涙とともに寝息を立て始めた。
「こんで終わり? もっとこう、複雑な儀式とかやるのかと」
「わたしがそんなの知るわけないだろ。こんなもんだよ」
「へぇ~。意外にアバウトなんだな」
医者が慣れた手つきで注射をするように、速攻で終わった。
あまりのあっけなさにリーネットは拍子抜け。
そして踵を返したとき、
「……怖いかい?」
「なにが?」
「こうやって怪能を取られることがさ」
リーネットの動きが止まった。
「君、その力を気に入ってるようだからね。失うの、嫌だろうなって」
「嫌って言ったら、やめてくれんのか?」
「いいや。わたしだって自分の居場所に帰りたいし、こんな力を現実世界に置いておくわけにはいかない」
「ちなみに聞くわ。なんで置いとけない? 別に現実世界がどうなろうと、アンタには関係ないだろ」
「怪異のテリトリーの話はしただろ? バランスなんだ。怪異が範囲を広げれば広げるほど、ほかの怪異が追いやられたり、取り込まれたりする可能性がある。わたしも例外じゃあないんだ。今は個人の範囲でとどまっていても、怪能はいずれ能力範囲を拡大させる。今回の愧悦天のようにね。そしてやがては世界を蝕む怪異そのものになる」
「……なるほど」
再び歩き出し、倉庫のドアを開けた。
「答えを聞いてないな」
「アタシの答えは、もう決まってる」
いつもとは違う、邪念のない気怠そうな顔で、
「別にアンタに恩を感じてるわけじゃないけどサ。……仇で返す、なんてことはしない。約束する」
「……いいだろう。君を信じよう」
リーネットはそのまま去っていった。
カプノスの目から見ても、彼女の背中は寂しさを物語っていた。
怪能の持ち主は、ついに最後のひとり────。




