第34話「黒衣愧悦天」
黒百合家の家訓は『文武両道』。
3人兄妹の末っ子として生まれた麗香のプレッシャーは尋常ではなかった。
長男・長女ともに優秀。
武術に魔術、果ては茶道に華道、そして舞踊。
各々の才能が日々の生活で開花する。
しかし麗香はそんな兄たちに比べると、平凡そのものだった。
父母も彼女に落胆するも、まだマシだった魔術の才を見込んで海を渡らせる。
彼女の孤独な日々が始まった。
ただ、絵を描いているときだけは孤独を紛らわせた。
中でも神仏を描いているときは、身も心も洗われるようで。
しかし、だんだんとその絵にも影が落ちてくる。
ちょうど魔術の才に限界を感じたときだった。
────救いなど、ない。
それが彼女が引きこもるようになって得た虚しい真理だった。
その証として、麗香もまた怪能の持ち主に選ばれてしまう。
神が自分を救わぬのなら、自分が神になればいい……。
怪なる導きが、ねじくれた解を彼女に与えた。
「かかれえええ!!」
愧悦天を守るように、桃闇天が欄干をよじ登ってくる。
彼女が合図を送ると一斉にカプノスへ飛びかかった。
しかし、わめき声は銃声によって断末魔へと変わる。
二挺拳銃が火を噴き、弾丸が桃闇天を貫いた。
「くぅ、なにをしているのです! 賊はひとりです!」
「こんな狭い場所でワラワラ集まったって、いい的になるだけだ」
数で圧倒する戦法。
しかしそれには密集し過ぎて動きが限定されてしまっている。
神速射撃と神速のリロードが、次々に数を減らしていった。
彼の瞳はこの空間の闇よりドス黒く、引き金を引くことに一切の躊躇がなかった。
殺し屋が情なくターゲットを仕留めるように。
ハヤブサが上空から獲物を爪で捕え、引き裂くように。
だが愧悦天も負けじと、再度合図を出すと、今度は左右前後から現れ始める。
「参ったな。一撃で死んでくれるからまだいいが、こうも多いと……」
「隙あり!」
「おっと!」
天狗飛斬の術。
彼女の得意とする剣技が、燃え盛る法剣によって繰り出される。
防御の暇はない。
回避の後、すかさず眉間に向かって撃つが、槍の放つ雷で砕かれてしまう。
愧悦天はニヤリと得意げに笑った。
「無駄です。そんな武器では私には勝てない」
「そうだといいね」
「自信たっぷりな……随分と侮られたものですわ」
「侮っているのは君の方だ」
「なんですって?」
「忘れたのか? ここは仮初とはいえ、レイカ・クロユリの夢の中でもある。……つまり」
愧悦天でも見切れぬ瞬間移動。
背後に回られ、脳幹を撃たれた。
「わたしのホームグラウンドでもある」
「ガパァ!?」
彼女を守っていた桃闇天もうろたえる。
しかしカプノスは続けて発砲。
何発も受け、血と脳漿が飛ぶ。
振り向く暇すら与えない。
連続してダメージを受ける愧悦天だったが、白目を向いたまま雄叫びを上げた。
法剣と槍を振り回し、周囲を炎で焼き、雷で穿つ。
双方とてつもない破壊力で、魔術の域を超えている。
「ギギギギィイイイイイイイイ!!」
桃闇天は巻き添えを喰らい消滅。
そんな中、カプノスは炎と雷を見切るように優雅な徒歩で、リロードを行う。
「ゼイ、ゼイ、ゼイ……よくもこの私に」
「力は強そうだけど、まだ怪能での実戦経験はないと見える」
「たったその程度で、神たる私に勝てると、思うなぁ!!」
愧悦天がカプノスへと躍り出た。
剣を振るい、槍で突き、炎が揺らめき、雷が迸る。
舞うような鬼神が如き武闘。
怪能で再現した神秘は、まさしく人ならざる妖艶な大気を放っていた。
これにはカプノスも焦る。
炎と雷で弾丸が遮られ、剣と槍で弾かれる。
真っ向からでは隙をつくことは無理だった。
「ほほほほ、防戦一方ですわね」
「そうでもないさ!」
弾丸が飛ぶ。
したり顔で弾こうとした瞬間、愧悦天の視界からそれは消えた。
「なに!?」
弾丸が曲がった。
鋭角に、直角に、弧を描くように軌道を瞬時に変え惑わしてから、彼女の顎下に着弾し、
ボカァアアッ!
────そのまま脳天を貫いていった。
「あがっ!!」
未知の動きに反応できず、大ダメージで硬直が生まれた。
その隙に、カプノスはまた何発も叩き込む。
神速のリロードを駆使し、まるでマシンガンのように正確に彼女の全身を撃ち込んでいった。
(な、なぜ……!? なぜ神たるこの私が、こんな男に!?)
だが考える間もなく眉間に2発喰らう。
カプノスのワンホールショットにより、頭蓋骨を貫通していった。
これにはさすがの愧悦天も、膝をついて息を荒くする。
「気はすんだかな?」
「この、このぉ……!」
「惜しいね。現実世界でまともにやってりゃ、もっと強かったかもしれないのに。……生憎、夢の中でわたしが負ける道理はないんだよ。ごめんね」
「!!」
「神様になりたい。……わたしには理解できないが、きっと今の子には、素敵な願いなんだろうね」
否定するでもなく、寄りそうでもなく、淡々と感想を述べる。
だが、それを侮辱に感じたレイカは立ち上がり、剣と槍を構えた。
「まだやるのか……」
「黙りなさい! 私は、私は神に、なって……それで!」
「神になる。言いたいことはそれだけ?」
「ッ!」
またカプノスはリロードを行う。
ただそれだけで、レイカは身を震わせた。
また撃ち込まれる、容赦なく。
もはやトラウマとも言える連撃に、歯をカチカチと鳴らした。
だが怪能によって歪められた精神がそれを許してくれない。
逃げなければよりも、殺さなければが強まっていく。
そんな彼女に銃口を向けたときだった。
「大将、やってる?」
後方からの声に、カプノスは綺麗な二度見をする。
「うっふ~ん、来ちゃった。テヘペロ」
無表情でおどけてみせたのは、リーネットだった。
「は?」
これにはカプノスも素の反応になる。




