第30話「決意の弾丸」
「んだよ、いねえじゃねえか!! 嘘つきやがったなあのヤロウ!!」
レイカ・クロユリの部屋に押し入るも、人の気配はない。
トイレもバスルームも押し入れもくまなく調べた。
憤慨していると、部屋の片隅に布を被せたキャンバスがあるのが目に入る。
特に悪びれる様子もなく、布を取って中を確認した。
裸身に直接黒い羽衣を巻いた少女の絵だ。
「恰好は桃闇天ってのより上等そうなやつだな」
剣と槍を両手に持つ天女だろうか。
木造寺院の内部で佇む姿は神秘を表現した荘厳な美しさを感じる。
しかし同時に、桃闇天とはまた別のおぞましさも感じた。
たたえる微笑みには優し気というよりも、あざけっているような。
どこか人間的で、生々しい。
題名は『黒衣愧悦天』。
「あの蠅女どもといい、コイツのオリキャラか? けっ、気分悪いな」
布を被せて部屋を出る。
今は学院内でおさまっているが、あれが外に及べばタダではすまない。
(でも妙なんだよなあ。────感じる。奴はまだこの近くにいる)
怪能の持ち主としての感覚が、警鐘のように敵の気配を告げる。
妙なことにこの部屋に来て一気に気配が濃くなったのだ。
だが、正確な位置まではつかめない。
少なくとも学院を出ていないことは確かだ。
注意深く観察してみるが、どこを見てもいない。
代わりに見つけたのがあの黒い花。
籠に入れられて、隣にあるすり鉢には種や花弁が入っている。
薬を作っていたと言うよりも、絵の顔料を作っていたようだった。
「ワケわかんねえ。どうなってんだよ。あー、こういう頭使うの苦手なんだよ。カプノスにでも聞くか」
とりあえず寮を出てると、寮の出入口にも奴らがワラワラと現れ始めていた。
「イラつかせんじゃねえよ、クソボケどもがぁ!! ヒャッハー!」
言葉とは裏腹の笑い声。
そして桃闇天の悲鳴が周囲に響いた。
一方、カプノスはと言うと注意深く廊下を進んでいた。
執務室は生徒たちがきて騒がしくなり、ロベリアも本格的に指揮を執らなければならなくなった。
こうなれば退室せざるを得ない。
黒い花より現れしバケモノ、桃闇天。
人間には見えないカプノスも、もしも相手がカプノスを認識するようであれば応戦しなくてはならない。
決意を固めながら彼は進む。
リーネット、ルヴィアとの合流を目指す。
しかしその余裕がなさそうな光景が窓の外から見えた。
黒い花より生まれ出た桃闇天が、群れを成して行進している。
「なんだこりゃ……あんな数のバケモノが!」
カプノスは彼女らを初めて見る。
虫。虫。虫。虫。虫。
しかも肉体は神々しいまでに美しい女人の身体なので、余計におぞましさが際立つ。
あれは魔物に分類していいのだろうか。
いや、そもそも生命と考えていいのだろうか。
髪型や身長に多少の差はあれど、顔面は蠅にも似た異形。
考察するのもはばかられるほどに、創造主の思想がブッ飛んでいる。
「なんてこった。これは集落ひとつぶんの怪異に匹敵する。村だったらあっという間に飲まれて、奴らの縄張りになるだろう。この学院には抵抗手段があるが……」
物量でこられれば、ひとたまりもないのではないか。
リーネットやルヴィアだけでは持たない。
ロベリアやラナフィーの力も借りれればいいが、それはどれくらいの時間が経ってからになるだろうか。
立ち回りを思案していたときだった。
「キャァァァアアアアアアアア!」
「!」
下の階からだ。
降りてみると、腰を抜かした女子生徒が追い詰められていた。
どこから入ったのか、1体が徘徊中に女子生徒を見つけたのだ。
「だ、誰か! 誰かぁああ! イヤアアアア!!」
(…………)
カプノスには気付いていないようだった。
このままなにもせずやり過ごすのも手だ。
消耗を避ける、という思考が自身の中で決定的になろうとしたときだった。
「こんのおおおおおおおおおおおおお!!」
ひとりの女子生徒が颯爽と現れる。
炎を操り、桃闇天に浴びせた。
「くぅ! 怯んではいるけど、ここまで効かないものなの……!?」
「エ、エヴァンヒルデさん? ど、どうしてここに?」
「避難場所にいつまでも来ないから心配したんだよ! さぁ、行こう!」
アダムスカの妹・エヴァンヒルデがクラスメイトである彼女を助けにきたのだ。
その姿を見、カプノスの動きは止まる。
さっきまで身を隠そうとした動作が、逆の動きを見せた。
「ヤバい! 追いかけてきてる!」
「もういい、エヴァンヒルデさん……私を置いて逃げて」
「バカ言わないで! 絶対に諦めないんだから!」
「キシャアアアアアアアアアアアア!!」
桃闇天が逃げるふたりに襲い掛かった、次の瞬間。
────ズドン!
「がビッッ!?」
「え、な、なに?」
「急に倒れた……死んだの?」
亡骸は倒れ伏したまま、しばらくして塵となって消えた。
「なにがなんだかわからないけど……急ごう」
「うん!」
ふたりは廊下を駆けていく。
銃声は聞こえない。それを撃ったカプノスの姿さえ。
「……わたしが人助けなんて、夢の中だけだと思ってたよ。意外に身体は勝手に動くもんだな」
指で銃をクルクル回したのち、スムーズにホルスターへ入れる。
今までのように、リーネットたちに任せきりにはできないと悟った。
「本気だすかぁ。でもなぁ、現実世界だとどれくらい動けるんだろ。でも、四の五の言ってられないしなあ。合流するまでは自力でなんとかしてみるか」
帽子を深くかぶりつつ、カプノスは足早に廊下を渡り、階段を降りていく。
とりあえず見晴らしのいい外へ向かおうと思った。
「久々だ。《《二挺拳銃》》頑張っちゃおうかな」




